再エネのコストは誰が負担するのか?

2015年12月28日

前回に続き、再エネにまつわる国内外の情報ギャップを見ていきたいと思います。今回は、前回の「便益」と少し関連して「受益者負担」という用語と概念について紹介したいと思います。「受益者負担」の対になる単語は「原因者負担」です。この2つ用語を巡って、やはり日本の内外で情報ギャップが存在するようです1

「原因者負担の原則」の落とし穴

再生可能エネルギー電源に限らず、どのような電源でも新しい電源を電力系統に接続する場合には、大抵、系統側に何らかの対策が必要となりコストが発生します。特に風力や太陽光発電のように出力が自然条件によって変動する電源の場合、その変動を管理するための対策やコストが必然的に発生します。

今まで発送電分離されていない垂直統合された電力システムでは、発電部門も送電部門も同じ会社が所有していたので、どちらがそのコストを負担するかはあまり大きな問題になりませんでした。しかし、電力自由化により発電会社が複数出てきたり、発送電分離が行われ発電部門と送電部門の経営が切り離されると、どちらがそのコストを負担するかという問題は非常に重要になります。

このように、新しい電源を接続しようとする場合に、系統側で発生する対策は誰が責務を負って誰がコストを支払うべきでしょうか?「え?新しく入ってくる人のせいでコストが発生するんだから、そのコストは新しい人に払ってもらうべきじゃないの?」と、もしかしたら多くの方は考えるかもしれません。その方が一見公平そうに見えます。実際日本では、風力や太陽光に蓄電池の併設が求められたり、系統増強コストの負担が請求されています。

この考え方は「原因者負担の原則」と呼ばれています。例えば電力系統利用協議会(ESCJ)が発行する「電力系統利用協議会ルール」では、特別高圧および高圧の工事負担の考え方として、この「原因者負担」という言葉がはっきりと明記されていました2

この「原因者負担」という言葉は、もともと環境汚染や公害の分野で用いられている用語です。すなわち、外部コスト(端的に言えば、何か問題ある行為によって発生したコスト)はその発生原因者が負担すべきであるという規範原則で、英語ではPPP(Polluter Pays Principle)として知られています。例えば、ある会社が対策コストを怠って汚染物質(例えば水銀や放射性物質やCO2)を環境に放出してしまった場合に、その会社が現状復帰や賠償などのコストを負うという考え方です。

しかし、再エネ電源は「汚染者(polluter)」でしょうか? 電力系統から見れば変動対策など余計な負担がかかるのは確かですが、化石燃料の消費やCO2排出量の削減など、多くの便益があるということは前回述べました。そこで英語圏では、さすがに新しい電源(再エネを含む)のことを “polluter” とあからさまに呼ぶことは少なく、別の用語、例えば “generator pays principle” や “causer pays principle” などが用いられます。海外でも原因者負担の原則を主張する論調は数少ないながらも若干見られますが、筆者が調査した限りでは、従来型電源を持つ発電事業者や既存大型産業の電力消費者がこのような主張を行う傾向があるようです3

新規技術を市場参入させる場合に、原因者=新規参入者にコストを負担させるということは、一見公平なように見えて実は公平ではありません。なぜならば公平感を感じるのは既存ルールによる恩恵を甘受している既存プレーヤーだけであり、新規プレーヤーに対しては高い参入障壁になりやすいからです。また技術的に見ても、原因者負担の原則は原因者に個別対応で解決せよと求めることになり、全体最適設計ができず無駄に高いコストや過剰な技術が求められがちです。蓄電池による平準化がその最たる例と言えます。

蓄電池の例は以下のように考えるとわかりやすいでしょう。例えば水を満たした小さなバケツ(再エネ発電所)に石が放り込まれた(変動が発生した)ときに水が溢れないように波を抑えるのは結構大変ですが、複数のバケツから流れ出る水を大きなプール(電力系統)に混ぜてしまえば、同じ石を投げ込んでも水面にさざ波は立つ程度で全体に与える影響は比較的小さくなります。プール全体で調整すれば比較的簡単なのに、あくまでバケツの方で個々に問題を解決しなさい、というのが原因者負担の原則に相当します。

もちろん欧州や北米でも電力用蓄電池の開発は盛んですが、それは風力の導入率が50%以上を超える将来を見越しての開発だったり、電力市場との取引を想定したりという合理的な理由があるからです(海外では蓄電池の費用便益分析も多く行われています)。風力や太陽光発電の導入率が低い日本で、発電所併設の蓄電池を補助金などを使って大量に導入することは、経済的にも技術的にも不合理なのです。

世界の潮流は「受益者負担の原則」

一方、「原因者負担の原則」の反意語としては、「受益者負担の原則」という用語があり、英語では “Beneficiary Pays Principle (BPP)” と呼ばれています(“user pays principle” と呼ばれることもあります)。前回登場した「便益 (benefit)」というキーワード(の派生語)がここに反映されていることがわかります。

受益者負担とは、あるものを導入する場合に一時的にコストが発生しますが、それは最終的に便益を生み出すものなので、便益を享受する人たちがそのコストを少しずつ負担しましょう(しかしそのコストよりも得られる便益の方が上回ります)という発想です。

欧州や北米の送電会社や規制機関はそのことに気が付きはじめ、多くの議論の末、今やルールはすっかり「受益者負担の原則」に転換しています。その理由は、原因者、すなわち発電事業者がそれぞれ個々に変動対策をするよりも、送電会社が全体で一括してまとめて対策を行った方が技術的にも容易で、全体コストが安上がりになるからです。

送電会社が一時的に負担した再エネの変動対策コストや送電網増強コストは、電気代に転嫁され受益者である電力消費者が支払います。電力消費者にとって負担コストは一時的に上昇しますが、将来の便益が見込めるという理解が市民に広まっているからこそ、多くの国で再エネが支持されているわけです。日本では、特にドイツの電気代の上昇ばかりが喧伝されていますが、「便益」や「受益者負担」の発想なしにコスト上昇だけを強調したところで、偏りのない公平な国際動向分析にはなり得ないのは、これまでの議論から明らかです。

再エネの導入や電力系統の増強・新設にあたって、この受益者負担の原則を取るべき、という海外文献は実際に非常に多く見られます。例えばつい先頃(2015年7月に)公表されたドイツの経済エネルギー省 (BMWi) の「ドイツのエネルギー転換のための電力市場」という白書(英語版)にも “user pays principle” という用語が見られます4。また、米国のFERC(連邦エネルギー規制委員会)が2011年に策定した送電線建設の費用配分などを定めた「オーダー1000」でも “beneficiary pays approach” が明言されています5

世界では再エネのおかげで電力インフラへの投資が進む

欧州や北米では、風力やそれを受け入れるための送電線への投資が積極的に進んでいます。それは、国民の間でも政策決定者の中でも、風力には大きな便益があるという共通認識があるからです。再エネを導入するためには一時的にコストが発生しますが、それは決して迷惑設備でも無駄な捨て金でもありません。欧州や北米では、政府や産業界から発表される多くの報告書で、費用便益分析が行われているのは前回ご紹介した通りです。そして費用便益分析の結果、再エネの導入や送電線の新設によって費用便益費が1を上回り、プロジェクトが正当性を持つ(justified)と予測・試算する報告書が多数公表されているということも述べました。

例えば欧州の送電会社の連盟であるENTSO-Eという団体が2年に一度公表する「系統10ヶ年計画」(2014年版)6という報告書があります。この報告書では、本文100ページに対して、附属書が200ページもあり、そこに欧州全域の各送電線新設・増設計画プロジェクト全125件のリストが列挙されています。これを一瞥しただけでも、欧州の送電線に対するインフラ投資が如何に活況かということがわかります。英語版しかありませんが、図表や地図を見るだけでも楽しいので、是非みなさんもダウンロードしてみください。この送電線建設プロジェクトのリストを見て、スゲー・・・と驚かない人は多分いないと思います。

上記のように欧州では、再エネの導入や送電線の増強・新設が「原因者負担の原則」から「受益者負担の原則」に変わり、送電会社が責務を持つことになりました。それは決して不公平な強制でも罰ゲームでもありません。そのほうが社会コストが最適化されるからです。しかも定量的な費用便益分析が数多く行われ、かけたコストを上回る便益が得られることがわかったため、国民も産業界も政府もその計画にゴーサインを出して投資が進み、イノベーションが生まれ、電力インフラの建設といったビジネスが活況になっています。

かたや日本では、本来得られるはずの便益がほとんど何も語られず、透明性の高い費用便益分析があまり行われず、それゆえ電力インフラへの投資も冷え込み、イノベーションもあまり進みません。本来、必要なコストはかけないと得られるべき便益も得られません。必要なコストをケチるということは、これはデフレマインドにほかなりません。日本の再エネに対する姿勢は、まさにデフレマインドに陥っている状態だと言えるでしょう。

以上、ご紹介してきたように、世界の再エネの議論が「原因者負担の原則」から「受益者負担の原則」へ変わりつつあるという国際動向の中で、このような情報(というより発想)が日本にはほとんど伝わってきていません。それゆえ、便益を考えずコストのみの偏った議論で再エネに対する投資が正当に評価されないまま、国のエネルギー政策が議論されています。「受益者負担の原則」というキーワードひとつ取ってみただけでも、日本が陥っている情報ギャップの深刻性がおわかりいただけると思います。

薄曇りの中にもひとすじの光明

このような情報ギャップのせいで、日本の再エネ産業はまだまだ先が見通せず投資も横にらみで停滞しがちですが、良い材料も少しずつ生まれてきています。先ほどは「このような情報が日本にはほとんど伝わってきていません」と述べてしまいましたが、実は全く皆無ではなく、少しずつ秀逸なレポートも公表されています。例えば、経済産業省から欧州および北米の送電線投資に関する調査報告書7が公表され、海外の「受益者負担の原則」に関する詳細な情報と分析が日本語でも読めるようになっています。

また、今年4月に発足したばかりの電力広域運営推進機関(OCCTO)では、電力系統の広域連系のあり方について議論が進み、その「業務指針」8の中で「受益者」という用語が明示的に登場しています。これは、OCCTOの前身であるESCJのルール9では存在しなかった用語と考え方が盛り込まれたことを意味しており、目立たないながらも確実な前進と見ることができます。

今の日本に最も求められているのは、偏りのない目で海外動向を適切に分析し、情報ギャップを埋め、冷静に議論することです。再エネの導入を国民負担が増すばかりで無駄な捨て金とみるか、次世代への便益が見込める価値ある投資とみるか、日本がデフレマインドを脱却して経済を再生させるためにはどうしたらよいか、グローバル経済でイニシアティブをとるためにはどうしたらよいか、今こそ国を挙げて考える時期ではないでしょうか。

註1:本稿は、「環境ビジネスオンライン」2015年11月30日号に掲載されたコラム『再エネに関する情報ギャップ(その2:原因者負担と受益者負担)』を加筆修正したものです。原稿転載をご快諾頂いた環境ビジネスオンライン編集部に篤く御礼申し上げます。

註2:電力系統利用協議会 (ESCJ):「電力系統利用協議会ルール」, 2014年12月16日最終改訂
「原因者負担」の用語は、第3章13節および第6章13節に見られます。なお、ESCJは2015年3月31日に解散し、現在は電力広域運営推進機関 (OCCTO) にその業務が引き継がれています。OCCTOの系統ルールについては註8を参照のこと。

註3:例えば下記の報告書は、原子力の専門家が親切にも再エネのコストについて評価してくれた報告書ですが、再エネの接続コスト算出のために“generator pays principle” という表現が明示的に使われています。この文献は、本コラム2015年3月30日掲載の「バックアップ電源以外の選択肢」でも紹介しています。

ちなみに、この報告書の主張の矛盾点を指摘する文書も見られます。下記の文献では、OECD/NEAの接続コスト算出にあたって、“generator pays principle” が再エネのみに適用され、原子力発電に対して考慮されていない点を指摘しています。この接続コスト算出問題は国際的にも議論が続いている模様です。

  • Lennart Söder: “Nuclear Energy and Renewables: System Effects in Low‐carbon Electricity Systems, Method comments to a NEA report”, Royal Institute of Technology, Stockholm (2012)

註4:Federal Ministry for Economic Affairs and Energy (BMWi): “An Electricity Market for Germany’s Energy Transition – White Paper by the Federal Ministry for Economic Affairs and Energy” (2015)

註5: United State Federal Energy Regulatory Commission (FERC): “Transmission Planning and Cost Allocation by Transmission Owning and Operating Public Utilities”, Order No. 1000 (2011)

註6:ENTSO-E: Ten Year Network Development Plan 2014 (2014)

註7:経済産業省:「平成26年度新エネルギー等導入促進基礎調査 (再生可能エネルギー導入拡大のための広域連系インフラの強化等に関する調査)
業務報告書」 (2015)

註8:電力広域的運営推進機関 (OCCTO):「送配電等業務指針」, 平成27年4月28日施行, 平成27年8月31日変更

註9: 註1に同じ。

アバター画像

1989年3月、横浜国立大学工学部卒業。1994年3月、同大学大学院博士課程後期課程修了。博士(工学)。同年4月、関西大学工学部(現システム理工学部)助手。専任講師、助教授、准教授を経て2016年9月より京都大学大学院 経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座 特任教授。 現在の専門分野は風力発電の耐雷設計および系統連系問題。技術的問題だけでなく経済や政策を含めた学際的なアプローチによる問題解決を目指している。 現在、日本風力エネルギー学会理事。電気学会 風力発電システムの雷リスクマネジメント技術調査専門委員会 委員長。IEA Wind Task25(風力発電大量導入)、IEC/TC88/MT24(風車耐雷)などの国際委員会メンバー。主な著作として「日本の知らない風力発電の実力」(オーム社)、翻訳書(共訳)として「洋上風力発電」(鹿島出版会)、「風力発電導入のための電力系統工学」(オーム社)など。

次の記事

再エネの便益が語られない日本

前の記事

パリ協定をどう見るべきか?

Latest from 自然エネルギー市場

COP REloaded?

自然エネルギーにより重点をおかない限り、パリ

Don't Miss