気候変動に対する最近の英国の変化

英国・気候変動委員会の役割と科学 中編
2026年1月30日

気候危機への対応が政治対立の火種となりつつある英国。その最前線で政策と科学の橋渡しを担ってきたキース・ベル教授に、カーボンバジェットや系統柔軟性への理解、産業ロビーやフェイクニュースとどう向き合い、透明で公平な意思決定をいかに実現するかを聞いた。

英国で揺らぎ始めた「超党派合意」と気候政策

安田:気候変動について、最近になって英国で問題となっていることは何かありますでしょうか?

ベル教授:つい最近まで、気候変動対策については党派を超えた支持がありました。しかし、リシ・スナクが首相に就任すると、その合意は崩れはじめました。第6次炭素予算はテレサ・メイ政権下で法制化され、パリ協定に基づく英国の国が決定する貢献(NDC)、つまり COP26 で約束した内容はボリス・ジョンソン政権下で決定されました。2025 年の最新のNDCは、再び気候変動委員会の助言にもとづいてキア・スターマーによって提案されたものです1 テレサ・メイ:第76代首相。保守党。2016年10月〜2019年7月、ボリス・ジョンソン:第77代首相。保守党。2019年7月〜2022年9月、リシ・スナク:第79代首相。保守党。2022年10月〜2024年7月、キア・スターマー:第80代首相。労働党。2024年7月〜

本質的に気候変動を否定している党派の多くは、気候変動問題を完全に否定するのでなく、しばしば経済的現実主義を傘に「今行動する余裕はない」「私たちは小さな国に過ぎない」「他国が行動しなければ意味がない」と主張します。

安田:なるほど…。日本の状況と似ていますね。私の方から、日本の状況も簡単に説明させてください。

残念ながら日本での政策決定や多くの審議会では、依然としてカーボンバジェットに関心が払われず、系統柔軟性(grid flexibility)に言及する研究者は、電力技術者でさえごくわずかです。

私自身はIEAの専門会合の委員も務めており、現在は英国に住んでいますので、再生可能エネルギーの大量導入にあたって柔軟性がいかに大切かを理解しています。しかし、日本では、連系線の増強の議論はありますが、柔軟性に焦点を当てた政策文書はごくわずかです。

独立した研究者として、私たちはしばしば不公平で不透明な議論に直面します。政策決定の場には、従来産業界の意見は歓迎される一方、気候変動や再生可能エネルギーの独立系研究者はほとんど招かれません。

英国はどのように議論の透明性、公平正、非差別性を担保しているのでしょうか?

産業界ロビーと原子力の影響力

ベル教授:基本的な確認ですが、日本には少なくとも排出削減目標があるのでしょうか?

安田:2050年カーボンニュートラルの目標はありますが、カーボンバジェットの議論は皆無で、水素発電やCCUS(二酸化炭素回収・再利用・貯留)のような投機的な技術に過度に依存しています。しかも水素にはグリーン水素だけでなくグレー水素も含まれる可能性もあります。かつ再生可能エネルギー目標は控えめです。日本と英国・欧州との間には大きな概念的隔たりがます。これは従来型産業が支配的だからなのでしょうか?

ベル教授:その一因は往々にしてあると思います。産業界と政府の癒着が、既存技術に有利な選択を促し、ディスラプティブな(破壊的な)変化を阻む傾向があます。英国では脱炭素社会への移行がより進展していますが、政策の一貫性と国民の支持が後押ししたと言えるでしょう。

たしかに、発電分野では英国は成功しています。しかし日本の議論は保守的で、業界ロビーの力が強いのではないでしょうか。ただし、電力は総排出量の一部に過ぎないので、運輸部門の燃料も重要です。

ところで日本では、原子力部門の影響力についてはどうでしょうか?

諏訪:原子力発電は運転時の二酸化炭素排出量が少ないという観点から評価されがちです。また、原子力発電が座礁資産になることをおそれています。なお、2011年の福島の原子力発電の事故の後は、再生可能エネルギーに関する議論がありましたが、最近では議論は再び原子力に回帰し、時には欧州や英国、米国の事例を都合よく引用するケースも見られています。

安田:一方で、自動車業界は依然として燃料電池や水素を支持していて、これによって電気自動車の高い目標やその達成が遅れている状況です。再生可能エネルギーや電気自動車に関する目標は控えめな状態が続き、石炭火力発電所は今なお建設されています。

日本は山岳地帯や深海など地理的条件が厳しいですが、一方で長い海岸線があり、水深が浅い海域も一部にあります。しかし残念ながら、大規模な洋上風力発電所はまだわずかで、最初の入札は英国に遅れること約20年、しかも第1ラウンドでは落札者が後になって契約を辞退しました。国内の風車製造は市場が成熟する前に撤退し、国内の産業基盤に空白を残しました。

ベル教授:それは政策に偏りが生じている可能性がありますね…。国内メーカーが存在しない場合、支援は石油・ガス産業などロビー活動が強い分野に流れがちです。英国では再エネを取り巻く基本構造が変化しました。つまり、再生可能エネルギーは長期的な電気料金削減と輸入依存度の低下を旗印として推進されているのです。

なお、人々に「現状より電気料金が安くなる」のではなく「反実仮想2 計量経済学などで使われる用語で、現実とは異なる仮定をおいた場合どのような影響があるか(例えば現在英国では再エネ導入率が50%に達しているが、仮に再エネが導入されていなかったらどうなっていたか)を調べるためのモデル・シナリオ。例えば、気候変動委員会の活動とは異なるが、英国では風力発電の導入によって風力発電のおかげで2010〜2023年の14年間で英国全体で1,040億ポンド(約21兆円)の経済的メリットが消費者にもたらされたとの研究もあり、仮に再エネが導入されていなかったら、電力料金は(ガス価格の上昇によりここ数年高騰しているが)さらにもっと上がっていた可能性があることが指摘されている。 よりは安い」のだと伝えるのはなかなか難しいですが、輸入依存度を低減するという点はわかりやすいと思います。

電力システムの信頼性への懸念とフェイクニュース

安田:日本の独立系研究者たちも同様の主張をしていますが、産業界や政府関係者の意見はそれとは異なるかもしれません。再生可能エネルギーに対する懸念として、電力システムの信頼度がしばしば挙げられますが、それは本当に問題だと思われますでしょうか?

ベル教授:確かに、再生可能エネルギーが支配的な電力システムで信頼度が確保できるかをしばしば不安視する意見があります。私は、電気技術者としてこの電力システムが安定して機能することを実証しようと努めています。

どこかで停電が起きると、人々はすぐに「再生可能エネルギーのせいだ」と決めつけます。しかし、化石燃料、原子力、水力に依存した電力システムでも大規模な系統崩壊は起きています。

重要なのは技術的設計を正しく行うことです。スペイン・ポルトガルでブラックアウトがあった後も、私はメディアで説明を行い、事実が判明する前に再生可能エネルギーが原因だと決めつけるべきではないと強調しました。

安田:私も日本でまったく同じ主張をしています。しかし、私たちの声は小さく、フェイクニュースや非科学ナラティブが蔓延しています。

ベル教授:それは難しいですね…。国際的な事例が参考になるかもしれません。すでに成功している事例を示すとともに、失敗した事例やそこから得られた教訓についても率直に伝えることです。例えば、南オーストラリアでは同期発電機の容量が非常に低い状態で電力システムが運用された実績があり3 火力発電機や水力発電機などの従来の同期発電機は慣性があるため、電力システムの事故で周波数が動揺しても自動的に元に戻る性質が備わっている。一般に、インバータによって接続された再エネ電源(非同期機)が増えると、相対的に運転する同期発電機が少なくなり、期待できる慣性応答が少なくなって電力システムの安定度が損なわれることが懸念されている。しかし、南オーストラリアでは、風力+太陽光の導入率がkWhベースで70%を超える状況でも電力システムが健全に運用されている。、これは目覚ましい進歩です。

安田:ありがとうございます。まさにそれこそが、私たちが本日ベル教授にお会いしてお聞きしたかった点です。

日本の政策決定の構造は、英国と似たように見える点も一部ありますが、「pretention(やったふり)」があまりにも多く見られるように感じます。英国ではどのようにして科学的なエビデンスと産業界の圧力のバランスをとりながら、科学的かつ論理的な姿勢を保っているのでしょうか?

ベル教授:過去は今よりも楽でした。2008年から2010年にかけては、政治的な合意がより強固でした。保守党は三度の選挙で敗北し、デイヴィッド・キャメロン氏4 第75代首相。保守党。2010年5月〜2016年7月が率いる政権下で、より中道的で環境重視の姿勢へと方向転換しました。今では遠い昔の話のように感じられますが。

諏訪:世論が変化しつつあるということでしょうか?

ベル教授:世論調査は二者択一で構成されることがあります。(英国で行われた社会課題に関するある調査では)気候変動に対する懸念が第5位でした。しかし5位に過ぎなかったからといって、それが重要でないという意味ではありあません。

ランカスター大学の社会科学者であり気候変動委員会の顧問を務めるレベッカ・ウィリス教授は最近、議会のある委員会で政治家の想定と市民の実感のギャップがあると述べました。私の記憶では、国会議員たちは気候変動を懸念している国民は30~40%程度だと見積もっていましたが、実際の数値は60~70%に近いとのことです。国民は一枚岩ではなく、多様な声が存在するのですが、さらにソーシャルメディアのフェイクニュースが事態を一層複雑にしています。

産業界の視点からすれば、政策が明確かつ一貫性があり、収益の機会が見込めるなら投資は進みます。英国で再生可能エネルギーが拡大したのも、その条件が整っていたからです。次の段階は、建物の暖房や産業部門においても同様に、明確で一貫した政策を打ち出すことです。

政治リスクは重要です。デンマークの風力発電事業者オーステッドが米国で苦戦しているのは、政治リスクの読み違いがあったとも指摘されています。欧州や英国では、再生可能エネルギー投資に関して長年政治リスクが低い状況が続いてきましたが、他の分野では依然としてリスクが存在します。また、北海新油田開発については過大に語られがちですが、完全に開発したとしても、2030~2050年の生産量は現在の水準に比べてごくわずかにすぎません。

安田:では、エネルギー転換をさらに続けるためのカギは何だと思いますか?

ベル教授:それは良い質問ですね。私自身も完全な答えを見つけられてはいません。気候政策が人々の生活に直接影響を与えはじめている今、私たちはより困難な段階に差し掛かっています。それでも、多くの変化はそれほど混乱を招くものではありません。

例えば、ガスボイラーではなくヒートポンプに切り替えてで家を暖めることは、設置さえ済んでしまえば生活上の違いはほとんどありません。不便なのは移行の過程だけです。

あえて言うなら、重要な点は、明確でエビデンスにもとづいた情報を提供し続けること、そして議論を避けるのではなく、進んでそれに参加する姿勢にあると思います。もはや無視できる猶予はありません。そして、そのコミュニケーションを担うのに最適な立場にあるのは誰なのか? 適切なスキル、適切なイメージ、そして幅広い理解を備えた存在が求められているのです。

(後編につづく)

このインタビュー記事について
本稿は、英国・気候変動委員会の委員を務めるキース・ベル(Keith Bell)・ストラスクライド大学教授への聞き取り調査(インタビュー)の一部を再構成したものであり、2025年9月11日に英国・グラスゴーの同大電子電気工学科の研究室においておこなわれた。インタビューは、諏訪亜紀・京都女子大学教授および安田陽・ストラスクライド大学アカデミックビジターがおこなった。

なお、本稿は、日本学術振興会 科学研究費(科研費) 基盤研究(C)「自然エネルギー80%,脱石炭火力を可能にする地域エネルギー計画と電力需給解析」(研究代表者・竹濱朝美 立命館大学教授)の助成を受けた研究成果の一部を一般向けに公表するものです。聞き取り調査実現にご協力頂いた竹濱朝美 立命館大学教授および歌川学 産業技術総合研究所 主任研究員に御礼申し上げます。

@energydemocracy.jp「再エネは危ない」「日本は小さいからやっても意味ない」 そんなフレーズ、聞き飽きていませんか?🤔 🇬🇧 英国・気候変動委員会メンバーのベル教授に、 ⚡ カーボンバジェットって何? ⚡️ 系統柔軟性で再エネ大量導入は本当に可能? ⚡️ 産業ロビーや原子力ロビーとどう向き合う? ⚡ フェイクニュースからどう社会を守る? を聞きました。 日本のエネルギー議論の「もやもや」を言語化したい人へ。 フルインタビューは Energy Democracy の記事でチェック👇 #エネルギー転換 #再エネ #気候危機 #気候政策 #電力システム #イギリス #南オーストラリア #エネルギー民主主義

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    テレサ・メイ:第76代首相。保守党。2016年10月〜2019年7月、ボリス・ジョンソン:第77代首相。保守党。2019年7月〜2022年9月、リシ・スナク:第79代首相。保守党。2022年10月〜2024年7月、キア・スターマー:第80代首相。労働党。2024年7月〜
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    計量経済学などで使われる用語で、現実とは異なる仮定をおいた場合どのような影響があるか(例えば現在英国では再エネ導入率が50%に達しているが、仮に再エネが導入されていなかったらどうなっていたか)を調べるためのモデル・シナリオ。例えば、気候変動委員会の活動とは異なるが、英国では風力発電の導入によって風力発電のおかげで2010〜2023年の14年間で英国全体で1,040億ポンド(約21兆円)の経済的メリットが消費者にもたらされたとの研究もあり、仮に再エネが導入されていなかったら、電力料金は(ガス価格の上昇によりここ数年高騰しているが)さらにもっと上がっていた可能性があることが指摘されている。
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    火力発電機や水力発電機などの従来の同期発電機は慣性があるため、電力システムの事故で周波数が動揺しても自動的に元に戻る性質が備わっている。一般に、インバータによって接続された再エネ電源(非同期機)が増えると、相対的に運転する同期発電機が少なくなり、期待できる慣性応答が少なくなって電力システムの安定度が損なわれることが懸念されている。しかし、南オーストラリアでは、風力+太陽光の導入率がkWhベースで70%を超える状況でも電力システムが健全に運用されている。
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    第75代首相。保守党。2010年5月〜2016年7月
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環境エネルギー政策研究所(ISEP)主任研究員 / ストラスクライド大学 電子電気工学科 アカデミックビジター / 九州大学洋上風力研究教育センター 客員教授。1989年3月、横浜国立大学工学部卒業。1994年3月、同大学大学院博士課程後期課程修了。博士(工学)。同年4月、関西大学工学部(現システム理工学部)助手、専任講師、准教授、2016年京都大学大学院 経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座 特任教授を経て、2024月4月より現職。専門分野は風力発電の耐雷設計および系統連系問題。現在、日本風力エネルギー学会理事、日本太陽エネルギー学会理事、IEC/TC88/MT24(国際電気標準会議 風力発電システム第24作業部会(風車耐雷))議長など、各種国際委員会専門委員。主な著作として「2050年再エネ9割の未来」(山と渓谷社)、「世界の再生可能エネルギーと電力システム」シリーズ(インプレスR&D)、翻訳書(共訳)として「風力発電導入のための電力系統工学」(オーム社)など

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京都女子大学現代社会学部教授。専門は環境政策・再生可能エネルギー政策。主に再生可能エネルギーに関する合意形成の研究に取り組んでいる。著書として”Local energy governance : opportunities and challenges for renewable and decentralised energy in France and Japan” (2022年Routledge)、 “Sustainability and the Automobile Industry in Asia: Policy and Governance” (2020年Routledge)、『コミュニティと共生する地熱利用』(2018年、学芸出版社)など。International Geothermal Commission for Standards (IGCS)専門委員。

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