気候変動委員会の意義と役割、その成果

英国・気候変動委員会の役割と科学 前編
2025年12月24日

英国の気候変動委員会は、政府から独立した立場でエビデンスに基づく助言を行う機関として2008年に設立された。本稿では、気候変動委員会の委員を務めるキース・ベル教授へのインタビューを通じて、気候変動委員会の役割やガバナンス、政策への影響を探る。

このインタビュー記事について
本稿は、英国・気候変動委員会の委員を務めるキース・ベル(Keith Bell)・ストラスクライド大学教授への聞き取り調査(インタビュー)の一部を再構成したものであり、2025年9月11日に英国・グラスゴーの同大電子電気工学科の研究室において行われた。インタビューは、諏訪亜紀・京都女子大学教授および安田陽・ストラスクライド大学アカデミックビジターが行った。

なお、本稿は、日本学術振興会 科学研究費(科研費) 基盤研究(C)「自然エネルギー80%,脱石炭火力を可能にする地域エネルギー計画と電力需給解析」(研究代表者・竹濱朝美 立命館大学教授)の助成を受けた研究成果の一部を一般向けに公表するものです。聞き取り調査実現にご協力頂いた竹濱朝美 立命館大学教授および歌川学 産業技術総合研究所 主任研究員に御礼申し上げます。

気候変動委員会の役割

諏訪:本日はお時間をとっていただき、ありがとうございます。

本日は2つのテーマがありますが、そのひとつは気候変動委員会(Climate Change Committee: CCC)1 Climate Change Committee (CCC)。英国の「気候変動法」2008年改正時によって設立された非政府公共組織 (NDPB: non-departmental public body)。NDPBは、政府省庁からほぼ独立して業務を遂行するが、議会を通じて国民に説明責任を負っている政府省庁に属さない公共組織として定められる英国特有の組織で、他に英国放送協会(BBC)などがある。に関するものです。

あなたのチームが作成した電力ネットワークに関する報告書を非常に興味深く拝読致しましたが、本日は、技術的な点ではなく、政策報告書が政府の決定にどのように影響するかという点を中心に質問差し上げたいと思います。

キース・ベル教授(2025年9月11日、インタビュー時に安田撮影)

ベル教授:まずは気候変動委員会の簡単な歴史からはじめましょう。これは政府の政策のために独立した証拠(エビデンス)を提供することを目的とした、非常に特化した機関です。

気候変動委員会は2008年気候変動法を根拠に設立されました。気候変動対策の必要性について与野党の合意が得られた重要時期でした。委員会自体は政府の政策決定を行うことはできませんが、政府が気候変動委員会の助言に対応することは法的に義務付けられています。これは日本や他国の同様の機関にはあまり見られない重要な点です。

気候変動委員会は主に2つの目的で設立されました。

第一に、カーボンバジェット2 地球温暖化を特定のレベル(例えば産業革命前比で1.5℃または2℃)に抑えつつ、人類の活動によって依然として排出可能な二酸化炭素(CO2)の総正味量(気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による説明)。炭素予算とも訳される。英国では、2008年気候変動法によって、温室効果ガスの排出量の上限を設定する「カーボンバジェット」という制度が設けられた。気候変動委員会の役割は英国が5年間に排出できる温室効果ガスの総量に制限を設けるものとして定められている。英国は法的拘束力のあるカーボンバジェットを設定した最初の国である。、つまりCO₂だけでなくすべての温室効果ガスを含む総排出量に関する助言を行うことです。「5年」という期間は、経済や気象、その他の短期要因による変動を平準化するために設定されました。政府は、気候変動委員会の助言に対して回答する義務を負い、その助言は議会で審議されます。

気候変動委員会の第二の役割は、排出量削減における政府の進捗状況と気候変動による影響に対する準備や適用策を議会に毎年報告することです。これに対しても、政府は正式な回答をしなければなりません。

これは政府が常に気候変動委員会の助言に従わなければならないという意味ではありません。しかし、回答する法的義務があるため、議会は行動を起こさないことへの疑問を呈したり、勧告に従わない決定に正当性を示さなければなりません。

この仕組みによって、政府に気候変動委員会の助言を真剣に受け止めるようプレッシャーがかかるわけです。これまで政府は、気候変動委員会が提案した6つのカーボンバジェットすべてを採用し、それぞれが法制化されています。つまり政府は法的にこれらを達成する義務を負っているのです。

気候変動委員会はパリ協定を受けて2019年に新たな助言を発表し、排出削減目標を80%から100%に引き上げるよう提言しました3 Net Zero – The UK’s contribution to stopping global warming − 英国政府はこの助言を受けて、2019年6月に気候変動法(Climate Change Act 2008)の改正を行い、ネットゼロ目標を明文化した。。これが英国がネットゼロ目標を採用した経緯です。

2033年〜2037年を対象とする第6次カーボンバジェットは、それまでの80%削減目標に基づく従来のものとは異なり、初めてネットゼロ目標に整合した予算となりました。気候変動委員会は2020年に第6次カーボンバジェットに関する助言を発表し、政府はこれを受け入れて法制化しました4 2033年〜2037年の期間中、GHG排出量の上限値が設定され、2035年までに1990年比で78%の削減が求められている

ご存知の通り、選挙サイクルは短期的な思考を助長しがちです。どの政権も最優先事項は「再選されること」です。したがって、気候変動委員会の各次のカーボンバジェットに関する責務のひとつは、コストと社会的影響を考慮しつつも、その達成可能性を示すことにあります。

2008年の気候変動法はこの点を極めて明確に規定しています。第10条では、カーボンバジェットに関する助言を行う際、気候変動委員会は「経済状況、財政状況、社会的状況」を考慮しなければならないと定めています。

気候変動委員会のガバナンス

安田:気候変動委員会の組織構成について詳しくお聞かせ下さい。

ベル教授:そうですね、気候変動委員会がどのように構成されているかというと、この委員会は独立した公的機関として運営されています。つまり、政府省庁とは別個に管理されているのです。委員会の任命にあたっては、英国政府、スコットランド政府、ウェールズ政府、北アイルランド行政機関の4つの行政機関すべてが合意しなければなりません。

候補者の経歴もすべて公開されています。気候変動委員会事務局は比較的小規模で、通常8名の委員に加え委員長、そして常勤職員約50名で構成されています。

実際には2つの委員会が存在し、ひとつは緩和策、すなわち温室効果ガス排出削減に、もうひとつは気候変動への適応策を担当しています5 気候変動対策における緩和策とは、温室効果ガスの排出を削減することであり、再生可能エネルギーの導入やエネルギー効率化(省エネルギー)などが挙げられる。適応策とは、今後予測される気候変動による被害を最小限に抑えることであり、例えば自然災害に対するインフラ対策や農業の気候変動対策などが挙げられる。

かつては、この2つの業務は比較的独立していましたが、近年では両者の連携強化が図られています。例えば合同委員会を開催し、エネルギーシステム全体が気候変動の影響に適応する方法についての検討を進めてきました。ただ、事務局の分析能力には限界があるため、気候変動委員会は外部にも調査を委託しています。コンサルタントに依頼する場合もあれば、研究者に依頼する場合もあります。こうした委託報告書はすべて公開されており、透明性が維持されています。

第7次カーボンバジェット6対象期間2038年〜2042年。2025年2月に発表され、政府はこれを受けて準備を進めている。の策定作業で特に工夫した点のひとつは、市民パネルの導入です。

社会構造を映し出せるようなグループを形成する、さまざまな所得水準、政治的傾向、教育背景を持つ約26名の一般市民に集まってもらい、各分野の排出削減に寄与しうる選択肢としてさまざまな政策オプション提示しました。そして、「これについてどう思いますか?」「どちらを望みますか?」というような意見を求めました。これは気候変動対策に対する人々の意見を姿勢を理解する手段でした。

諏訪:気候変動委員会のメンバーには誰がなるのでしょうか? また、委員会の独自性はどのように維持するのでしょうか?

ベル教授:気候変動委員会では、新たなポストが募集される際は、常に公募が実施されます。応募資格は政府関係者や学者に限定されず、誰でも応募可能です。例えば私が委員会に加わった際、スコットランド政府に勤める友人から募集情報を紹介されました。

当時、委員会は「特に電力システムに関する専門知識を持ち、スコットランドに精通した人材」を求めていました。私はまさにスコットランド在住の電力工学の研究者ですから適任と思いと思い、応募しました。この公開募集の方針により、原則として誰でも、つまり産業界の関係者であっても、応募可能です。一方、これは時折議論を呼ぶこともあります。政治的利益相反の懸念もあるからです。

しかし、英国の4つの行政機関すべてに共通する基本原則は、委員会は気候科学、経済学、工学、行動科学、ビジネスなど幅広い専門性を包括的に代表すべきであるという点です。例えば、気候科学者2名、行動科学の専門家1名、数名の技術者、そしてビジネス経験者を擁する構成が考えられます。このバランス感覚によって、政府への助言が技術的のみならず実践的基盤を持つと考えられています。

諏訪:なるほど。ただ、そうは言っても専門性と既得権益のバランスを維持するのは大変ではありませんか?

ベル教授:私の経験上、気候変動委員会の独立性が非常にうまく機能している理由は、私たちが扱うテーマの範囲が非常に広範であることです。

個々の企業は特定の小さな領域に関心を持つかもしれませんが、議論の大部分においては利益相反は生じません。私自身の経験からも、独立性を維持することは特に難しくありません。私たちの管轄範囲が非常に広いため、どの企業の利益も、私たちが議論する内容のごく一部にしか関連しないからです。

例えば、私の登録内容には、ストラスクライド大学の教員であり、研究教授職がスコティッシュ・パワー社から資金提供を受けていることが明記されています。資金は私個人ではなく大学が受け取りますが、これは完全に開示されています。また、さまざまな企業から資金提供を受けた研究も行ってきましたが、完全に公開物を編集できる独立性を保持できる場合にのみ、そのような資金を受け入れています。発表前に結果のレビューや編集を企業が要求する場合には、単純に、私はそのようなプロジェクトを受けません。全委員の外部役職、顧問職、および株式保有状況は公開されています。透明性は委員会の信頼性を維持するために絶対不可欠です。

気候変動対策と政治

安田:固定価格買取制度が導入された当初は与野党の合意があったとおっしゃられました。日本でも与野党合意がありましたが、10年も経つとそれがすっかり忘れられ、批判や露骨な反対の声も増えています。これは日本以外の国でも見られる現象でしょうか。

ベル教授:これはあくまで個人的な意見であり、気候変動委員会の公式見解ではありませんが、政治的分極化があると、長期的な気候政策の持続が著しく困難になります。気候変動委員会は、まさにこの問題に対抗するために設計されました。日常的な政治から独立した、エビデンスベースの助言を提供することで、私たちの独立性により、選挙サイクルではなく、数十年のスパンでものごとを考えることが可能になります。

しかし現実には、政治的意志が崩壊すれば最良の分析さえも損なわれる恐れがあります。だからこそ気候変動対策への超党派的な支持が依然として極めて重要です。先ほど申し上げた通り、世界中の政治はより二極化しています。これは英国だけでなく多くの国々でも見られる現象です。ポピュリズムの台頭は、人々が政策について、特に気候変動対策について語る方法を変えてしまいました。

これはあくまで私個人の考えであって、気候変動委員会の公式見解ではありませんが、気候対策が、まあ、目に見えない程度、つまり人々の日常生活に直接影響を与えていなかった時代の方が、政党を超えた、より広範な社会的支持を維持するのは容易だったと思います。例えば英国では、気候変動法以降に達成した排出削減の大半は、電力部門の脱炭素化によるものです。正直なところ、たまたま閉鎖された発電所の隣に住んでいたり、好むと好まざるにかかわらず風力発電所の近くに住んでいたりしない限りは、電力部門が脱炭素しているかどうかには人々は気づきにくいものです。

エネルギー利用者である大多数の人々にとって、目に見える変化はありません。確かに電気代への影響は議論の余地がありますが、近年の電力コストにおけるより大きな問題は、ガス価格の高騰とガス火力依存度の高さにあると言えるでしょう。つまり大まかに言えば、誰も気づかないうちに我々は大きな進歩を遂げてきたといえます。

しかし次の段階、すなわちこれから起こる変化は、異なります。もはや静かに進めることはできません。暖房システムや自動車の種類を変えること、これらは人々が直接実感する変化です。電気自動車については、実際のところ私はあまり心配していません。私の経験では、電気自動車を購入した人の大半は実際に気に入っているからです。価格は下がりつつありますが、公共充電ポイントへのアクセスは依然として大きな課題です。自宅に駐車場がなければ、どこで充電するのでしょうか?そしてその費用は?また、公共の充電ポイントに依存しているとすれば、エネルギー供給先に関する選択肢が限られているという点で、一種の独占問題も生じ得ます。

一方、一部のメディアは「政府が食べるものを指図している」などと騒ぎ立てますが、これは事実無根です。そんなことは起きておらず、起きる可能性も低いです。気候変動委員会としての提言は、社会全体として肉類、特に排出量が多い羊肉や牛肉の消費を減らすべきだというものです。もちろんこれは特に農家からは反発を招きますが、「肉を一切食べるな」と言っているわけではありません。「減らした方がよい」と提案しているだけです。健康的な代替食品に置き換えれば、それには健康上のメリットもあります。第7次カーボンバジェット策定作業で私の同僚たちは、農業連合を含む農家や農業関係者と農業に必要な転換について多くの時間を費やして議論しました。

安田:日本から見ると、英国の脱炭素政策はとても進でいるように見えますが、やはり課題はあるのですね…。

ベル教授英国全体を見ると、再生可能エネルギーの導入は非常に順調に進んでいます。特に30年前と比べると、その変化は計り知れません。この国の多くの場所で、また洋上にも風車が設置されています。出発点を考慮すれば、英国はこの分野でもっとも成功した先進国のひとつとしてその成果を誇りに思うべきでしょう。これは大きな達成です。

同時に、再生可能エネルギーのコストは劇的に低下しました。これは「実践による学習」も一因です。これは英国だけでなく世界的な傾向です。例えば中国における太陽光パネル製造はコスト削減をもたらし、業界全体の経験が世界中の運用・保守手法の改善につながっています。つまり、一貫した政策と国民の支持が相まって、この成功を本当に推進してきたのです。

(中編へ続く)

@energydemocracy.jpCCCって何?🇬🇧 独立×エビデンス🔬→政府は回答義務⚖️ 6つのカーボンバジェット採用、ネットゼロへ🌍 再エネは順調🌀 次は暖房&クルマ電化🚗⚡ 市民パネルで納得度UP📣📊 #CCC #気候変動 #ネットゼロ #再生可能エネルギー

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    Climate Change Committee (CCC)。英国の「気候変動法」2008年改正時によって設立された非政府公共組織 (NDPB: non-departmental public body)。NDPBは、政府省庁からほぼ独立して業務を遂行するが、議会を通じて国民に説明責任を負っている政府省庁に属さない公共組織として定められる英国特有の組織で、他に英国放送協会(BBC)などがある。
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     地球温暖化を特定のレベル(例えば産業革命前比で1.5℃または2℃)に抑えつつ、人類の活動によって依然として排出可能な二酸化炭素(CO2)の総正味量(気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による説明)。炭素予算とも訳される。英国では、2008年気候変動法によって、温室効果ガスの排出量の上限を設定する「カーボンバジェット」という制度が設けられた。気候変動委員会の役割は英国が5年間に排出できる温室効果ガスの総量に制限を設けるものとして定められている。英国は法的拘束力のあるカーボンバジェットを設定した最初の国である。
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     Net Zero – The UK’s contribution to stopping global warming − 英国政府はこの助言を受けて、2019年6月に気候変動法(Climate Change Act 2008)の改正を行い、ネットゼロ目標を明文化した。
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    2033年〜2037年の期間中、GHG排出量の上限値が設定され、2035年までに1990年比で78%の削減が求められている
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    気候変動対策における緩和策とは、温室効果ガスの排出を削減することであり、再生可能エネルギーの導入やエネルギー効率化(省エネルギー)などが挙げられる。適応策とは、今後予測される気候変動による被害を最小限に抑えることであり、例えば自然災害に対するインフラ対策や農業の気候変動対策などが挙げられる。
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    対象期間2038年〜2042年。2025年2月に発表され、政府はこれを受けて準備を進めている。
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環境エネルギー政策研究所(ISEP)主任研究員 / ストラスクライド大学 電子電気工学科 アカデミックビジター / 九州大学洋上風力研究教育センター 客員教授。1989年3月、横浜国立大学工学部卒業。1994年3月、同大学大学院博士課程後期課程修了。博士(工学)。同年4月、関西大学工学部(現システム理工学部)助手、専任講師、准教授、2016年京都大学大学院 経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座 特任教授を経て、2024月4月より現職。専門分野は風力発電の耐雷設計および系統連系問題。現在、日本風力エネルギー学会理事、日本太陽エネルギー学会理事、IEC/TC88/MT24(国際電気標準会議 風力発電システム第24作業部会(風車耐雷))議長など、各種国際委員会専門委員。主な著作として「2050年再エネ9割の未来」(山と渓谷社)、「世界の再生可能エネルギーと電力システム」シリーズ(インプレスR&D)、翻訳書(共訳)として「風力発電導入のための電力系統工学」(オーム社)など

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