世界中で自然変動性再生可能エネルギー(VRE)の急速な導入が進む中、日本では依然として「統合コスト」や「システムLCOE」といった概念を用い、再エネ導入が電力システムに巨額の負担を強いるという議論が支配的である。しかし、世界のエネルギー経済学や電力市場の最前線では、過去10年間の劇的な技術革新と政策進化を経て、その理論的枠組みは根底から覆されている。
本稿は、Hirthらの古典的研究を出発点としつつ、蓄電池の破壊的進化がもたらしたパラダイムシフト、そして容量メカニズムや電力市場の最新の進化の視座から、第7次エネルギー基本計画で繰り広げられた日本での議論の致命的な誤謬を明らかにする。
2015年の呪縛:プロファイルコストとミッシング・マネー
Hirthらは2015年、VRE統合に伴うコストを経済学的に体系化し、「プロファイルコスト」がその大宗を占めると指摘した(特に利用率効果)1 Hirth, L. et al., (2015). Integration costs revisited – An economic framework for wind and solar variability. Renewable Energy, 74, 925-939. 。
プロファイルコストとは、VREが「いつ」発電するかという時間的プロファイルの違いによって生じる価値の減少分を指す。つまり、同じ1MWhでも「需要が高く電気価格が高い時間」に発電するか、「需要が低く価格が安い時間」に発電するかで価値が変わり、その差がコストとして表される。形式的には、VREの発電が需要と完全に同じ時間パターンであればプロファイルコストはゼロと定義され、高価格の時間帯に相対的に多く発電すればプロファイルコストは「負(マイナス)」、低価格の時間帯に相対的に多く発電すればプロファイルコストは「正(プラス)」となる。
Hirthらの定量的な推計では、風力については普及率が低いときはゼロかやや負(価値を高める)と見積もられるが、普及率が30〜40%程度になると、プロファイルコストは約15〜25ユーロ/MWhに達すると分析されており、 風力の市場価値低下の主要因(統合コスト全体の約3分の2)を占めるとされている。
これは、電力システム全体で見ると、VREが大量に発電する時間帯に市場価格が下落し、稼働率が低下した残余システム(主に火力発電)が固定費を回収できなくなる現象を指す。
本論考で理論的に検証した仮説の核心は、このHirthらの「プロファイルコスト」と、容量メカニズムを生み出してきた伝統的な「アデカシーコスト(供給信頼性維持コスト)」が、概念的に重複しているという点である。両者は結局のところ、VREによって収益機会を奪われた火力発電設備の固定費回収問題、すなわち「ミッシング・マネー問題」の裏表の記述に過ぎない。
かつて、このコストはエネルギー転換の重大な障壁であった。しかし、2025年の現在、前提条件は一変した。
技術的転換:コストから収益機会へ
最大の変化は、蓄電池コストの劇的な低下である。Hirthらが「プロファイルコスト」として懸念した価格変動(昼間の暴落と夕方の高騰)は、安価になった蓄電池にとっては最大の「アービトラージ(裁定取引)収益」の源泉へと転換した。
カリフォルニア独立系統運用機関(California Independent System Operator, CAISO)の実証データは、この転換を裏付けている2 California ISO (2025). 2024 Special Report on Battery Storage. (図1)。
図1. カリフォルニアで蓄電池による日中の充電と夕方の放電の進展

蓄電池は日中の太陽光余剰を充電(2024年に負荷の14.7%)し、夕方のピークに放電(2024年にエネルギー供給の8.6%)することで、Hirthらの言うプロファイルコストを「解毒」しながら収益を上げている。かつて厄介者として扱われていた「変動」は、いまや柔軟性リソースを呼び込むための強力な「価格シグナル」となったのである。
新たな評価軸:WACCとSCOE
再生可能エネルギーへの転換を前提とするならば、従来の統合コストや容量メカニズムの議論で欠けていた、以下の2つの新たな分析視座を加えることが不可欠である。
投資リスクの定量化(WACC)
Wyszomierski らが指摘するように、単純なLCOE(均等化発電原価)比較は無意味である3 Wyszomierski, R. et al., (2025) The Cost-Effectiveness of Renewable Energy Sources in the European Union’s Ecological Economic Framework. Sustainability 2025, 17, 4715. 。重要なのは、政策の不確実性がもたらす「加重平均資本コスト(Weighted Average Cost of Capital, WACC)」すなわち投資リスクである。資本集約的なVREや蓄電池にとって、政策リスクによるWACCの上昇は、技術コストの低下を打ち消すほどの障壁となる。
社会的便益の内部化(SCOE)
Cabrera らは、LCOEに代わる指標として「エネルギーの社会的費用(Social Cost of Energy, SCOE)」を提唱している4Cabrera, I.R. et al.,(2025), The role of social costs in enhancing the levelized cost of energy, Energy Research & Social Science, Volume 127, 2025, 104268, ISSN 2214-6296. 。これは、単に炭素コストを加算するだけでなく、火力発電の廃止によって「回避される健康便益(Avoided Health Benefits)」などをコストから減算(便益として内部化)する枠組みである。
国際的な制度進化:容量から柔軟性へ
世界各国の市場設計は、もはや「容量(kW)」の確保だけではなく、「柔軟性」の調達へと進化している。
- 欧州(EU): 新たな電力市場設計(EMD)改革により、「非化石柔軟性支援スキーム」を導入。英国では、容量市場(T-4オークション)において、蓄電池がガス火力を押しのけ「勝者」として台頭している 。ディレーティング(減衰率)手法を蓄電池の実績に合わせて精緻化したことで、高騰する市場価格がそのまま蓄電池への強力な投資シグナルとして機能し、9GWもの容量確保につながった。ドイツの「複合容量市場(CCM)」案では、脱炭素化された柔軟性リソースがピーク負荷を削減する価値を市場化している。
- 米国: カリフォルニア州は、供給力(Resource Adequacy)評価を「スライス・オブ・デイ(SOD)」フレームワークへと刷新した。従来のピーク時一点評価から24時間の時間帯別評価へ移行することで、太陽光の変動を補完する蓄電池の放電能力や、時間帯ごとの柔軟性の価値を精緻に定義している。
- オーストラリア: 「容量投資スキーム(CIS)」により、政府がクリーンな調整力(蓄電池等)に対して収益保証を提供し、投資リスク(WACC)を低減させるハイブリッド型アプローチを採用している。
第7次エネ基での「統合コスト論」への批判的検討
翻って第7次エネルギー基本計画で展開された日本の議論はどうか。松尾らによる統合コスト・限界システムLCOE分析5 松尾 雄司, 礒永彰, 東仁, 福留潔, 岩船由美子, 荻本和彦(2022)「変動性再生可能エネルギー大量導入時の限界システム LCOEの評価方法に関する検討」『エネルギー・資源学会論文誌』Vol.43, No.4, pp.129-139.、およびそれを引用した経済産業省の審議会資料6 経済産業省 (2025). 「発電コスト検証に関するとりまとめ」発電コスト検証ワーキンググループ. 2025年2月6日.は、以下の3点において致命的な誤謬を犯している。
第1の誤謬:蓄電池の「価値」の無視
経済産業省の審議会資料は、蓄電池を単なる「コスト加算要因」として扱っている。しかし今日の日本においてさえ、現実の市場では蓄電池は卸売市場、需給調整市場、容量市場で「収益を積層する(Revenue Stacking)」価値創造資産である。この多面的な価値を無視し、コスト面のみを強調するのは明らかな誤謬である。
第2の誤謬:非現実的な割引率
松尾論文や経産省資料は、3%前後という極めて低い割引率を前提としている。しかし、FIP制度下で市場リスクに晒される現在の再エネ事業において、このような低リスク前提はあり得ない。
日本政府は、自らFIP制度で高リスク(高ボラティリティ)な環境をつくり出しながら、評価モデルでは低リスク(低WACC)を仮定するという矛盾を犯している。これは投資リスクを過小評価し、本来高いWACCを持つはずの化石燃料や原子力を不当に有利に見せる操作に他ならない。
第3の誤謬:社会的便益の欠落
Cabrera らの SCOE の視点を適用すれば、石炭火力の廃止は、PM2.5やNOxの削減を通じて年間数百億円規模の「回避される健康便益」をもたらす。日本の分析モデルは、この巨大な正の外部性を完全に捨象している。
「コスト最小化」から「社会的総便益の最大化」へ
Hirthらが提起した統合コスト問題は、現代においては、適切な市場設計と蓄電池によって解決可能な「管理すべき変数」となった。
日本の電力市場には、以下の転換が必要である。
- 分析枠組みの刷新: 「コスト最小化」という静的な視点を捨て、健康便益やエネルギー自給率向上を含む「社会的総便益(SCOE)最大化」へ移行すること。
- 政策リスクの排除: 第3回長期脱炭素電源オークションで議論されている蓄電池への「6時間ルール」のような、投資家の予見可能性を奪いWACCを高める規制を見直すこと。
- 柔軟性市場の確立: 蓄電池が持つ「日内シフト」の価値と、長期的な「エネルギー制約」に対応する価値を、それぞれ正当に評価する市場メカニズムを構築すること。
「再エネは高い」という言説は、古い経済学と不適切な前提条件が生み出した幻想に過ぎない。今こそ、最新の技術の現状にもとづいて柔軟性を前提とする電力市場や容量メカニズムへと、合理的な政策転換が求められている。
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- 1Hirth, L. et al., (2015). Integration costs revisited – An economic framework for wind and solar variability. Renewable Energy, 74, 925-939.
- 2California ISO (2025). 2024 Special Report on Battery Storage.
- 3Wyszomierski, R. et al., (2025) The Cost-Effectiveness of Renewable Energy Sources in the European Union’s Ecological Economic Framework. Sustainability 2025, 17, 4715.
- 4Cabrera, I.R. et al.,(2025), The role of social costs in enhancing the levelized cost of energy, Energy Research & Social Science, Volume 127, 2025, 104268, ISSN 2214-6296.
- 5松尾 雄司, 礒永彰, 東仁, 福留潔, 岩船由美子, 荻本和彦(2022)「変動性再生可能エネルギー大量導入時の限界システム LCOEの評価方法に関する検討」『エネルギー・資源学会論文誌』Vol.43, No.4, pp.129-139.
- 6経済産業省 (2025). 「発電コスト検証に関するとりまとめ」発電コスト検証ワーキンググループ. 2025年2月6日.