深化する容量メカニズムの国際潮流

2020年のパラダイムを再訪する
2025年8月27日

2020年に日本の電力システムへ導入された容量市場。世界的なエネルギー危機や脱炭素化、技術革新といった急速な変化の中で、容量メカニズムの役割やあり方は根本的な再考の時期を迎えている。本稿では、英国やPJMの事例、欧州各国の制度改革、カリフォルニアやオーストラリアの先進的な取り組みを踏まえ、容量メカニズムの国際潮流を整理する。

2020年の文脈

2020年に発表した一連の論考1「容量市場」とは何か:原発・石炭・独占を維持する官製市場」(2020年10月27日)、「冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(1)」(2020年12月1日)、「冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(2)」(2020年12月27日)は、日本の電力システムにおける容量メカニズム、特に「容量市場」の導入に対して、時宜を得た警鐘を鳴らした。

これらの分析は、容量メカニズムが電力自由化と変動性再生可能エネルギー(VRE)の拡大に伴う「ミッシングマネー問題」への対処法として浮上したものの、その制度設計には深刻なリスクが内在することを指摘していた。特に、中央集権的な市場(英国や米国PJMが採用)は過剰な設備投資と高コストを招きやすく、一方で戦略的予備力(ドイツが採用)は市場への歪みが少ないという、モデル間のトレードオフを重要な論点として提示した。

2020年の時点で、日本の制度設計が旧一般電気事業者による「規制の虜」に陥り、高コスト構造を固定化し、真のエネルギー転換を阻害する危険性を予見していたのである。

2020年以降の変化を加速させた要因

2020年以降、世界のエネルギー情勢は、このパラダイムを根底から揺るがす地殻変動に見舞われた。これらの変化は、容量メカニズムの役割と設計思想に根本的な再考を迫るものである。

第一に、2022年の世界的なエネルギー危機である。この危機は、各国政府が電力価格の異常な高騰時に市場介入を余儀なくされる現実を浮き彫りにした。その結果、従来は「一時的な措置」と見なされていた容量メカニズムが、将来の電力市場における「構造的な構成要素」として認識されるようになった2 Q&A: Capacity mechanisms in Europe’s fossil-free electricity system…, 7月 27, 2025にアクセス 。供給力確保の重要性が再認識され、それを制度的に担保しようとする政治的機運が高まったのである。

第二に、脱炭素化の要請のさらなる高まりである。気候危機への対応が各国の最重要政策課題となる中で、もはや容量メカニズムが単に技術中立的に供給力を確保するだけでは不十分となった。2020年の論考でも触れていたEUの炭素排出量制約(550g/kWh)は、今や多くの地域で最低基準と見なされるようになり、化石燃料への依存を継続させるような制度は正当性を失いつつある3冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(2)」(2020年12月27日)

第三に、破壊的な技術革命の進展である。太陽光や風力に加え、特に蓄電池のコストが劇的に低下し続けている4冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(1)」(2020年12月1日)。この技術革新は、電力システムの課題を「単に発電容量(kW)を確保すること」から、「変動する再エネを補完するための柔軟性(フレキシビリティ)を確保すること」へと質的に変化させた。仮想発電所(VPP)やその他の分散型エネルギー資源(DER)の台頭も、従来の中央集権的なモデルに挑戦状を突きつけている。

これらの変化は、容量メカニズムの核心的機能そのものが変容していることを示唆している。2020年の議論の中心であった、主にガス火力などのピーク電源の固定費を回収するという「ミッシングマネー問題」への対応は、もはや過去の課題となりつつある。英国の容量市場は今や蓄電池が主役となり5 GB T-4 Capacity Market Results – Timera Energy, 7月 27, 2025にアクセス 、カリフォルニア州はVREと蓄電池が支配するグリッドの時間帯別ニーズに合わせて制度全体を再設計している6 California’s Slice of Day Framework: Understanding Impacts on Resource Adequacy and Resource Value – Ascend Analytics, 7月27, 2025にアクセス。オーストラリアは蓄電池を含む「ディスパッチ可能な容量」への投資を政府が直接保証する制度を導入した7 Capacity Investment Scheme – DCCEEW, 7月 27, 2025にアクセス

これらが示すのは、現代の容量メカニズムの主目的が「発電アデカシーの確保」から「システム全体の柔軟性とレジリエンスの調達」へと進化しているという事実である。この本質的な変化を理解することこそが、日本の現行制度を批判的に検証する上での不可欠な出発点となる。

隘路にはまる中央集権オークションモデル:英国とPJMの教訓

英国:柔軟な未来への適応と高コストの代償

英国の容量市場(Capacity Market, CM)は、2014年に技術中立的なT-4(4年先)およびT-1(1年先)オークションを通じて供給信頼度を確保する目的で導入された。導入から10年が経過したレビューでは、制度はおおむね目的を達成したと評価される一方、改善の必要性も指摘されている8 Capacity Market: 10-year review (2019 to 2024) – GOV.UK, 7月 27, 2025にアクセス

近年のオークションは需給が逼迫し、約定価格は記録的な高水準で推移している。2020/21年供給分では1kWあたり£18.00/であった価格が、2023年には£63/kW/、2024年には£65/kW/と高騰し、直近の2028/29年供給分のオークションでも£60/kW/という高値で約定した。

この価格高騰の背景には、劇的な電源構成の変化がある。特に、蓄電池(Battery Energy Storage Systems, BESS)は近年のオークションにおける「明確な勝者」として台頭し、最新のT-4オークションではディレーティング(減衰率)後で1.9GWの容量を確保した9 GB T-4 Capacity Market Results – Timera Energy, 7月 27, 2025にアクセス 。これは過去数年と比較して飛躍的な増加である10 Review of the T-4 2025/26 GB capacity market auction | Frontier Economics, 7月 27, 2025にアクセス。同様に、デマンドレスポンス(Demand-Side Response, DSR)も過去最大級の落札量を記録し、需要側の柔軟性の重要性が増していることを示している11 GB T-4 Capacity Market Results – Timera Energy, 7月 27, 2025にアクセス

その一方で、かつて容量市場の主役と目されたガス火力発電への新規投資は、高い約定価格が続いているにもかかわらず、政策リスクや長期的な収益の不確実性から低迷したままである12 GB T-4 Capacity Market Results – Timera Energy, 7月 27, 2025にアクセス 。これは、容量市場が主に化石燃料の新規建設を促進するという当初の想定が崩れつつあることを示している。

英国の経験が示す重要な点は、制度の適応性、特にディレーティング手法の継続的な見直しである。蓄電池のような新技術の価値を市場で正しく評価するためには、その信頼度貢献度を測るディレーティング手法がきわめて重要となる。導入当初、英国では蓄電池の運転データが不足していたため、揚水発電のデータを基に算出されていた13 Storage de-rating factors methodology review – EMR Delivery Body, 7月 27, 2025にアクセス

しかし、現在では約4GWの蓄電池が系統に接続されたことを受け、エネルギーシステム運用者(National Energy System Operator, NESO)は実際の運転データを反映させるべく、手法の見直しを進めている14 Capacity Market: Could battery de-rating factors increase in 2024? – Modo Energy, 7月 27, 2025にアクセス 。この手法は、ユニットがどれだけの電力を供給できるかを示す「技術的可用性(Technical Availability)」と、持続時間による制約を考慮する「等価固定容量(Equivalent Firm Capacity, EFC)」の積で計算される15 Storage de-rating factors methodology review – EMR Delivery Body, 7月 27, 2025にアクセス 。こうした技術進歩に合わせた制度の不断の進化こそが、市場の機能を維持する上で不可欠なのである。

公式には「技術中立」を掲げる英国の容量市場は、その実、市場のニーズを反映するかたちで明確な勝者を選び出している。オークションの結果は、蓄電池とDSRが勝利し、新規ガス火力が敗退するという明確なトレンドを示している16 GB T-4 Capacity Market Results – Timera Energy, 7月 27, 2025にアクセス 。これは、明示的な補助金によるものではなく、変動性再エネが増加する中でシステムが高速応答可能な柔軟性を渇望しているという市場の要請を反映した結果である。

この市場ニーズを具体的なオークション結果に変換する核心的なメカニズムが、ディレーティング手法に他ならない17 Capacity Market: Could battery de-rating factors increase in 2024? – Modo Energy, 7月 27, 2025にアクセス 。NESOが2時間持続の蓄電池と4時間持続の蓄電池のEFCをどう計算するか、DSRの価値をどう評価するかが、それらの技術の競争力を直接的に決定する。したがって、現在進行中の手法見直し協議は単なる技術的な調整ではなく、未来の電源構成をかたちづくる中心的な政策決定の場となっている。

静的で時代遅れのディレーティング手法では、蓄電池の価値を正しく捉えることはできず、市場は機能不全に陥っていただろう。この事実は、成功する容量市場には、技術の進歩に追随できる高度に専門的かつ適応能力の高い規制機関(NESOのような組織)の存在が不可欠であることを物語っている。

PJM:市場の失敗とコスト急騰が示す警鐘

日本の容量市場がモデルとしたとされる米国PJM(ペンシルベニア・ニュージャージー・メリーランド広域連系)は、現在、深刻な危機に直面している18冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(2)」(2020年12月27日)。PJMの容量オークション価格は、2024年のオークションで前年比約10倍という衝撃的な高騰を記録した後、2025年に実施された2026/27年供給分のオークションでは、設定された価格上限である$329.17/MW-dayに全エリアで張り付くという異常事態となった。

この結果は、6,700万人の電力消費者に大幅な料金負担増をもたらすことが確実視されている19 PJM capacity prices set another record with 22% jump – Utility Dive, 7月 27, 2025にアクセス 。これほど高騰した価格は新規投資を強力に促すはずだが、落札された電源構成は依然として化石燃料に大きく依存しており、天然ガスが45%、石炭が22%を占める一方で、太陽光は1%、風力は3%に過ぎない20 PJM Releases Record-High Capacity Auction Results | Sierra Club, 7月 27, 2025にアクセス

この危機の根源には、複数の構造的問題が存在する。第一に、AIの普及にともなうデータセンターの爆発的な電力需要増という需要ショックである21 PJM capacity prices set another record with 22% jump – Utility Dive, 7月 27, 2025にアクセス

第二に、この需要増に対応すべき供給側の制約である。PJMの系統接続キューには210GWものプロジェクトが滞留しており、その95%が安価なクリーンエネルギーである22 PJM Releases Record-High Capacity Auction Results | Sierra Club, 7月 27, 2025にアクセス 。この管理不行き届きが、安価な新規電源の市場参入を阻害し、人為的な供給不足を生み出して価格を高騰させている23 Latest PJM power capacity auction clears maximum price in all zones, 7月 27, 2025にアクセス

第三に、そして最も深刻なのが、非競争的な市場構造である。独立市場監視機関(Monitoring Analytics)は、その年次市場監視報告書において、PJMの容量市場は競争的ではないと断じている24 2024 State of the Market Report for PJM Volume 1: Introduction, 7月 27, 2025にアクセス 。報告書は、市場がほぼすべてのオークションで「3社ピボタルサプライヤー(TPS)テスト」に不合格であり、構造的な市場支配力が常態化していると指摘する25 2024 State of the Market Report for PJM Volume 1: Introduction, 7月 27, 2025にアクセス 。さらに、市場参加者がさまざまな戦術を用いて市場支配力緩和措置を回避可能であることや、収入相殺のない加算金の容認といった制度上の欠陥が、市場の目的そのものを損なっていると厳しく批判している26 2024 State of the Market Report for PJM Volume 1: Introduction, 7月 27, 2025にアクセス

事態は、市場メカニズムがもはや自主的に公正かつ妥当な価格を形成できないレベルにまで悪化しており、政治的な介入を必要としている。ペンシルベニア州知事の申し立てを受け、連邦エネルギー規制委員会(FERC)が次の2回のオークションに価格上限を設定することを承認したのは、市場が失敗したことを公に認めたに等しい27 Latest PJM power capacity auction clears maximum price in all zones, 7月 27, 2025にアクセス

PJMの惨状は、日本の容量市場にとってもっとも直接的かつ深刻な警告である。中央集権的なオークションは、強固な市場支配力緩和策と効率的な系統接続プロセスがともなわなければ、需給逼迫時に消費者から既存事業者への大規模な富の移転メカニズムへと容易に変質しうる。

PJMの危機は、単なる需給のミスマッチではない。安価な新規参入者を妨げる市場構造の欠陥が、既存事業者に莫大なレント(超過利潤)を保証する「作られた品不足」プレミアムを生み出しているのである。これは、日本の制度設計が辿り着きかねない、もっとも警戒すべき未来の姿と言える。

ハイブリッド・戦略モデルへと舵を切る欧州

ドイツ:「戦略的予備力」から「複合型容量市場」へ

ドイツは現在、電力市場の価格シグナルを歪めないよう、予備力として確保した電源を市場から隔離しておく「戦略的予備力(Strategic Reserve)」制度を運用している28 Q&A: Capacity mechanisms in Europe’s fossil-free electricity system, 7月 27, 2025にアクセス 。2025/26年の冬季に向けては約6.5GWの予備力が確保されている29 Secure system operation: Bundesnetzagentur confirms electricity grid reserve capacity requirements, 7月 27, 2025にアクセス 。このモデルは、2010年代半ばに、全面的な容量市場よりも安価で市場介入の少ない選択肢として採用された経緯がある30冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(2)」(2020年12月27日)

しかし、ドイツ政府は方針を大きく転換し、2028年からの稼働を目指して技術中立的な「複合型容量市場(Combined Capacity Market, CCM)」を導入する意向を表明した。この政策転換の背景には、エネルギー転換の加速と、将来的に水素への転換が可能な新規ガス火力発電所への投資を確実に確保する必要性が高まったことがある31冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(2)」(2020年12月27日)

提案されているCCMの設計は、洗練されたハイブリッド型である32 Overview of the design of a combined capacity market – Bundeswirtschaftsministerium, 7月 27, 2025にアクセス

  • 中央集権的要素(CCM-C):水素対応ガス火力のような資本集約的な新規大規模電源を対象に、中央入札を実施し、長期契約(例:15年)を付与することで投資の確実性を担保する。
  • 分散的要素(CCM-D):小売事業者に容量証書の保有を義務付ける「容量義務モデル」のように運営される。こちらは、DSRのような分散型の柔軟性オプションの統合を促し、より革新的で適応性の高い市場となることを目指している。

このCCMは、重要な大規模プロジェクトに対する中央集権的なオークションの「投資確実性」と、小規模な分散型リソースに対する分散型市場の「柔軟性と革新性」という、二つのアプローチの長所を組み合わせることを意図している33 Overview of the design of a combined capacity market – Bundeswirtschaftsministerium, 7月 27, 2025にアクセス

フランス:分散型モデルの抜本的改革

フランスはこれまで、小売事業者が顧客のピーク需要を賄うための容量証書を保有する義務を負う、分散型の「容量義務モデル」を運用してきた34 State aid: French capacity mechanism approved – European Union, 7月 27, 2025にアクセス 。しかし、この制度はその複雑さと不透明性からしばしば批判の対象となってきた35 飯田哲也(2020), 冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(1)

この現行制度は2026年に刷新され、送電系統運用者(TSO)であるRTEが管理する、より中央集権的な新モデルに移行する36 Prepare for the new capacity mechanism – RTE Services Portal, 7月 27, 2025にアクセス

  • 新制度では、RTEが冬季ピーク期間に必要な容量を中央オークションで一括して調達する。
  • 小売事業者はもはや証書を保有する義務を負わず、代わりにピーク時の消費量に比例した税金を支払い、これが落札者への容量支払いの原資となる。
  • これにより、小売事業者の義務は簡素化され、同時に調達プロセスは「共同体にとって最良の価格」で信頼度を確保するために中央集権化される。

これと並行して、フランスは2025年末から、10MWを超えるすべての発電設備(再エネを含む)にバランシング市場への参加を義務付けるという、もうひとつの重要な改革を断行する37 France mandates renewables participation in balancing mechanism from 2026 – Pexapark, 7月 27, 2025にアクセス 。これは、VREの大量導入によって生じる系統運用の課題に直接対応するものであり、利用可能な柔軟性リソースのプールを拡大することを目的としている。

スペイン:脱炭素化を明確に志向する新制度

スペインは、これまでの個別対策に依存する状態から脱却し、本格的な容量市場の導入へと舵を切った。2025年に最初のオークションを実施し、2026年の市場稼働を目指している。この動きは、2025年に発生した大規模停電によって系統の脆弱性が露呈したことが直接的な引き金となった38 Spain’s Grid Modernization and the Rise of Renewable Flexibility: A Blueprint for Sustainable Growth – AInvest, 7月 27, 2025にアクセス 。その制度設計は、EUの規則に準拠した、強固な経済的・規制的基盤の上に成り立っている39 DEEP DIVE INTO SPANISH ENERGY LAW: AN ANALYSIS OF LEY 24/2013 AND ITS EVOLVING FRAMEWORK – ResearchGate, 7月 27, 2025にアクセス

  • 高い停電価値(VoLL):スペインは、停電の社会的コストを示す VoLL(Value of Lost Load)を、欧州でも最高水準の €22,879/MWh に設定した。これは、供給信頼度に対して社会が非常に高い価値を置いていることを反映している40 New push for the capacity market: pillars are set – Haya Energy Solutions, 7月 27, 2025にアクセス
  • 厳格な信頼度基準(LOLE):供給不足時間期待値(Loss of Load Expectation, LOLE)は、英国やフランスで一般的な3時間/年よりも厳しい5時間/年に設定された41 New push for the capacity market: pillars are set – Haya Energy Solutions, 7月27, 2025にアクセス

高い VoLL と低い LOLE の組み合わせは、高水準の固定容量と柔軟性容量を調達するための強力な正当性と明確な必要性を生み出す。このメカニズムは、高効率のコンバインドサイクルガス火力(CCGT)、エネルギー貯蔵、DSRといった資産を明確に優遇するように設計されている42 New push for the capacity market: pillars are set – Haya Energy Solutions, 7月27, 2025にアクセス 。さらに、厳格な排出量上限(550g CO2/kWh)を設けることで、石炭火力を事実上排除し、クリーンな容量の導入を促進する43 Spain plans first capacity market auctions for summer 2025 – Energy Storage – ESS News, 7月 27, 2025にアクセス

欧州の市場は、2020年時点では戦略的予備力(ドイツ)、分散型義務(フランス)、中央集権オークション(英国)といった多様なモデルが混在していたが44 飯田哲也(2020), 冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(1)、2025年までに明確な収斂の動きが見られる。ドイツはハイブリッド型へ、フランスは中央集権型へ移行し、スペインはゼロから中央集権型を構築している45 Overview of the design of a combined capacity market – Bundeswirtschaftsministerium, 7月 27, 2025にアクセス

これらの新しい、あるいは改革された制度は、中央機関による管理、オークションによる価格決定、そして特定の政策目標(柔軟性、低炭素)の達成という共通の特徴を持つ。これは、純粋な「エネルギー市場のみ」では不十分であり、旧来の単純な容量メカニズムは、VREが主流となる未来の課題に合わせて調整された、より洗練されたツールに置き換えられなければならないという欧州全体のコンセンサスを示している。

もはや単なる「容量(MW)」ではなく、特定の「能力(柔軟性、低排出)」が取引の対象となっているのである。

「エネルギー市場のみ」アプローチとその2025年的課題

デンマーク:VRE導入の優等生が直面する新たな障壁

デンマークは、2024年に純発電量に占める再生可能エネルギーの割合が88.4%に達し、その大半を風力が占める世界的なリーダーである46 Electricity from renewable sources reaches 47% in 2024 – News articles – Eurostat, 7月 27, 2025にアクセス 。この成功は、自由化されたエネルギー市場のみのモデル、北欧の水力やドイツの火力との強力な国際連系、そして国内の柔軟な火力発電所に支えられてきた47 Liberalisation of the Danish power sector, 1995-2020, 7月 27, 2025にアクセス

しかし、この成功モデルにも陰りが見えはじめている。直近で実施された大規模な洋上風力発電の入札が、一件の応札もなく不調に終わったのである。この失敗の原因は、開発事業者が建設の権利を得るために入札で支払う「ネガティブビディング」に上限がないという不健全な入札設計、事業者が系統接続コストを全額負担する点、そして既に再エネで市場が飽和しがちな中での将来の売電価格の不確実性にあると指摘されている。

この事例は、たとえ十分に機能しているエネルギー市場のみのモデルであっても、エネルギー転換の次なる段階に必要な巨額の投資を呼び込むためには、慎重に設計され、リスクが低減された投資枠組みが不可欠であることを示している。差額決済契約(CfD)のような収益安定化メカニズムの欠如が、投資家にとって大きな阻害要因となったことは明らかである。

デンマークのモデルは、単なる「エネルギー市場のみ」ではなく、より複雑である。全国規模の単一の容量市場は存在しないものの、送電系統運用者(TSO)である Energinet は、システムの柔軟性と安定性を確保するために、複数の的を絞ったメカニズムを運用している。これには、需給逼迫時に備える戦略的予備力や、送電網の周波数を安定させるための mFRR(手動周波数回復予備力)および aFRR(自動周波数回復予備力)の容量市場が含まれる48 Outlook for ancillary services 2023-2040 – Energinet, 7月 27, 2025にアクセス 。これらの市場は、VREの出力変動に対応するために不可欠な、迅速な調整力を確保する上で重要な役割を果たしている。

さらに、デンマークの成功のカギは、電力システムと地域熱供給システムとの間のセクターカップリングにある。全世帯の約66%をカバーする広範な地域熱供給網に設置された電気ボイラーやヒートポンプは、電力価格が低い(=再エネの発電量が多い)時間帯に稼働して熱を生成・貯蔵し、電力需要の柔軟性を大規模に提供する49 Denmark – Renewable Energy Products – International Trade Administration, 7月 27, 2025にアクセス 。これらの熱供給設備は、戦略的予備力や mFRR/aFRR 市場に参加することで、系統安定化に貢献し、その対価として財政的支援を受けている50 Demand response in district heating systems: on operational and capital savings potential, 7月 27, 2025にアクセス

テキサス州(ERCOT):システム崩壊後の容量市場への抵抗

2021年の冬季大寒波「Uri(ウリ)」による壊滅的な大規模停電は、テキサス州が誇る「エネルギー市場のみ」モデルの根本的な見直しを迫る契機となった51 Resource Adequacy in ERCOT: How Long-term Market Design, 7月 27, 2025にアクセス。初期の改革(フェーズI)では、価格上限を 9,000/MWh から 5,000/MWh に引き下げ、緊急時にガス火力発電所への燃料供給を確保する「ファーム燃料供給サービス」を創設するなどの行政的な措置が講じられた52 Resource Adequacy in ERCOT: How Long-term Market Design, 7月 27, 2025にアクセス

現在進行中の議論の核心は、異常気象などの極端な事象に備えるための「需要家側信頼度メカニズム(load-side reliability mechanism)」の導入である。その具体的な手法として、以下のような複数の案が検討されている53 Resource Adequacy in ERCOT: How Long-term Market Design, 7月 27, 2025にアクセス

  • ディスパッチ可能エネルギークレジット(DECs):新規のディスパッチ可能な電源を実質的に補助する制度
  • バックストップ信頼度サービス(BRS):戦略的予備力の一形態
  • 小売事業者義務(LSEO):分散型の容量義務制度
  • 中央集権的な容量オークション:PJM型の本格的な容量市場

テキサス州は、歴史的に分散型の市場主導アプローチを好む傾向があり、PJM型の完全な容量市場の導入には依然として強い抵抗がある54 Resource Adequacy in ERCOT: How Long-term Market Design, 7月 27, 2025にアクセス 。議論の焦点は、冬季大寒波「Uri(ウリ)」で露呈した、名目上の設備容量ではなく運転可能な容量と燃料の確保という課題にあり、これをいかにして市場原理を損なわずに達成するかに置かれている。

デンマークの入札不調は、エネルギー市場のみでは収益安定化策なしに投資を惹きつけられないことを示し、テキサス州の議論は、信頼度確保のために何らかの追加メカニズムが必要であることを示している。一方で、英国やオーストラリアのような「容量市場」を持つ国々は、そのメカニズムを実質的に、蓄電池や再エネといった望ましい技術への投資リスクを低減するための長期契約(事実上のCfD)を供与する手段として活用している55 GB T-4 Capacity Market Results – Timera Energy, 7月 27, 2025にアクセス

もはや、「エネルギー市場のみ」か「容量市場」かという二元論的なイデオロギー対立は時代遅れである。すべてのシステムが直面している根本的な問題は、卸電力価格だけでは、エネルギー転換に必要な数十億ドル規模の長期投資を支えるにはあまりにも変動が激しく不確実であるという点に尽きる。成功しているモデルとは、そのメカニズムの名称が何であれ、目標とする技術に対して銀行融資可能な長期の収益源を創出できる制度なのである。

アデカシー政策の新たなフロンティア

カリフォルニア州:「スライス・オブ・デイ」革命

カリフォルニア州公益事業委員会(CPUC)は2022年、供給力確保(Resource Adequacy, RA)プログラムを根本的に改革する「スライス・オブ・デイ(Slice of Day, SOD)」フレームワークを導入し、2025年から完全実施に移行した。

この改革は、RAの評価軸を従来の「月間のピーク需要1時間」から、各月の「24時間プロファイル」へと移行させる画期的なものである。この制度の下で、小売電気事業者(LSE)は、各月の「最悪の日」のすべての時間帯において、需要を賄うのに十分な供給力を確保していることを証明しなければならない。風力や太陽光の貢献度は、時間帯別・地域別の「超過確率プロファイル」を用いて評価され、蓄電池の充電に必要な電力量も明示的にモデル化される56 California’s Slice of Day Framework: Understanding Impacts on Resource Adequacy and Resource Value – Ascend Analytics, 7月 27, 2025にアクセス

この変更は、各電源の価値評価に絶大な影響を与えた57 California’s Slice of Day Framework: Understanding Impacts on Resource Adequacy and Resource Value – Ascend Analytics, 7月 27, 2025にアクセス 。太陽光や風力の価値は、時間帯や立地によって大きく変動するようになった(例:南カリフォルニアの太陽光は北カリフォルニアより価値が高い)。特に、単独蓄電池のRA価値は大幅に低下し、かつ複雑化した。

蓄電池はもはや単純なMW価値を持つのではなく、その価値は需要の少ない時間帯の余剰容量を需要の多い時間帯へシフトさせる能力によって決まるようになった。この変更は、特に12時間を超えるような長時間蓄電池の価値を過小評価する結果となり、旧制度下で蓄電池を調達したLSEに大きな課題を突きつけている58 California’s Slice of Day Framework: Understanding Impacts on Resource Adequacy and Resource Value – Ascend Analytics, 7月27, 2025にアクセス

SODは、容量の「」だけでなく「タイミング」が決定的に重要となる、再エネと蓄電池が主体のグリッドの物理的現実を反映しようとする、世界でも先駆的な試みである。

オーストラリア:容量投資スキーム(CIS)による投資リスクの低減

オーストラリアの容量投資スキーム(Capacity Investment Scheme, CIS)は、伝統的な容量市場とは一線を画す、連邦政府による収益保証制度である。石炭火力発電所の閉鎖に伴う供給力不足を補うため、2030年までに32GWの新規容量(再エネ23GW、ディスパッチ可能電源9GW)の導入を目標としている59 Capacity Investment Scheme – DCCEEW, 7月 27, 2025にアクセス

この制度では、政府が競争入札を通じて再エネやディスパッチ可能電源プロジェクトと長期契約(CISA)を締結する。この契約は、プロジェクトの収益が事前に合意された下限(フロア)を下回った場合に補填し、上限(シーリング)を上回った場合は収益を分け合うという「収益の安全網」を提供する60 Capacity Investment Scheme – DCCEEW, 7月 27, 2025にアクセス。これにより、投資家の財務リスクが大幅に低減され、プロジェクトの資金調達が容易になる。

最近では、プロジェクトの審査期間を短縮するため、入札プロセスが2段階から1段階に合理化された。また、VPPや地域蓄電池といった小規模な分散型リソースを制度の対象に含めるための協議も活発に行われている61 Australia Accelerates Clean Energy Procurement with Streamlined Capacity Investment Scheme and 2025 Tender Roadmap, 7月 27, 2025にアクセス

入札の評価は価格だけでなく、系統信頼度への貢献実現可能性、そして特に社会的な受容性(ソーシャルライセンス)先住民との連携といった多面的なメリット基準にもとづいておこなわれる62 Capacity Investment Scheme – DCCEEW, 7月 27, 2025にアクセス

中国:前例のない規模で進む国家主導の市場化

中国は、世界最大かつもっとも急速に拡大する再エネ設備を管理するため、国家主導で電力セクターの抜本的な改革を進めている。2025年第1四半期には、風力と太陽光の設備容量が初めて石炭火力を上回った。改革の目標は、エネルギー、容量、アンシラリーサービスの各市場が協調して機能する、統一された全国電力市場を創設することにある。

2025年1月に施行された「エネルギー法」は、この市場メカニズムをエネルギー転換の法的基盤と位置づけた。また、2025年4月にはアンシラリーサービス市場とスポット市場に関する基本ルールが策定され、2025年末までの全国的なスポット市場の展開が目標とされている63 China advances power market reform to support renewable integration and system flexibility, 7月 27, 2025にアクセス

VREの導入が急増する中で、信頼度を確保し、柔軟性リソースに適切なインセンティブを与えるための容量価格メカニズムの精緻化は、この改革の核心的な要素のひとつとなっている64 2025 China Power Market Outlook – RMI, 7月 27, 2025にアクセス

小括

カリフォルニア州とオーストラリア州の最も革新的な政策は、単純な容量オークションを超え、脱炭素化されたグリッドに必要な特性(時間帯別の可用性、柔軟性、低リスク)を直接評価する、あるいは必要な投資を直接保証するという、洗練されたデータ集約的な枠組みを創り出している。

PJMや英国のような伝統的な容量市場が、火力中心の時代の設計思想から脱却できずに苦慮しているのとは対照的である。カリフォルニア州の SOD は、「どの時間帯にどのような能力が必要か」という問いに答え、そのニーズを満たす能力にもとづいてリソースを評価する、「容量」から「能力(ケイパビリティ)」への転換を体現している65 California’s Slice of Day Framework: Understanding Impacts on Resource Adequacy and Resource Value – Ascend Analytics, 7月 27, 2025にアクセス

 一方、オーストラリア州の CIS は、投資の障壁(収益リスク)を特定し、複雑な市場が適切な価格シグナルを生み出すことを期待するのではなく、政府がそのリスクを直接引き受ける金融商品を創出している66 Capacity Investment Scheme – DCCEEW, 7月 27, 2025にアクセス

これらのモデルは、従来の手法よりはるかに複雑で介入主義的であるが、エネルギー転換という特定の目的に合わせて構築されている。アデカシー政策の未来が、高度に精緻化されたデータ駆動型の性能評価か、あるいは的を絞った直接的な投資リスク低減のいずれかにあることを示唆している。

@energydemocracy.jp 2020年の容量市場、今や「柔軟性」と「レジリエンス」が主役⚡️🌍 世界は制度改革ラッシュ!英国・PJMは高コスト化、欧州はハイブリッド型へ🇬🇧🇩🇪 カリフォルニアや豪州は新技術&投資リスク低減で未来を切り開く🌞🔋 エネルギーの未来、見逃せない! #エネルギー #脱炭素 ♬ オリジナル楽曲 – Energy Democracy JP

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1959年、山口県生まれ。環境エネルギー政策研究所所長/Energy Democracy編集長。京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻修了。東京大学先端科学技術研究センター博士課程単位取得満期退学。原子力産業や原子力安全規制などに従事後、「原子力ムラ」を脱出して北欧での研究活動や非営利活動を経て環境エネルギー政策研究所(ISEP)を設立し現職。自然エネルギー政策では国内外で第一人者として知られ、先進的かつ現実的な政策提言と積極的な活動や発言により、日本政府や東京都など地方自治体のエネルギー政策に大きな影響力を与えている。

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