変質・逆走する日本の容量メカニズム

容量市場と脱炭素電源オークションに対する再評価
2025年10月1日

日本の容量市場と「長期脱炭素電源オークション」は、供給力確保と脱炭素の名目とは裏腹に、既存の火力設備を延命し、消費者負担を拡大させる仕組みに傾いている。VOll/LOLEの不在、蓄電池・VPPの軽視、LNG枠の優遇、独立監視の弱さなど、設計と運用の根本にある問題を、国際比較とデータで検証する。

目的と実態の乖離

日本の容量市場の公式な目的は、将来の供給力(アデカシー)を確保することにある1 飯田哲也(2020), 「冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(1)。しかし、その制度設計と運用結果は、この高尚な目的が、より粗雑な「総発電量の維持」や「停電防止」といった曖昧な目標にすり替わっているのではないかという深刻な疑念を抱かせる。

本稿では、その運用実態が、社会全体の費用を最小化するという経済合理的な目的から乖離し、むしろ非効率な既存設備の延命を目的としていることを論証する。

エスカレートするコスト

日本の容量市場は、その発足当初から物議を醸してきた。2024年度供給分を対象とした最初のオークションは、1kWあたり14,137という高値で約定し、総額1.6兆円に達するという結果に、「大騒動」が巻き起こった24年後の供給電力9割強を確保 容量市場初入札約1.7億kW約定」 – エコニュース, 7月 27, 2025にアクセス。これは、電力消費者や新規参入者から既存の大手電力会社への大規模な富の移転であると広く認識された。

この傾向は悪化の一途をたどっている。2028年度供給分を対象とした直近のメインオークションでは、総約定額が過去最高の1兆8,506億円に達した3容量市場、約定総額が過去最高/28年度向け、平均単価1万1千円超」- 電気新聞, 7月 27, 2025にアクセス。2020年の論考で指摘した通り、この結果は、制度の主たる受益者が旧一般電気事業者が保有する既存の火力発電所であることを裏付けている4 飯田哲也(2020),「冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(2)

表1. 日本の容量市場メインオークション結果(2024~2028年度供給分)

供給年度 オークション年度 目標調達量(万kW) 約定総容量(万kW) 約定価格(円/kW) 約定総額 (億円) 備考
2024年度 2020年度 17,747 16,769 14,137 15,987 初回オークション、上限価格近傍で約定
2028年度 2024年度 11,134
(総平均)
18,506 約定総額が過去最高を記録
出典:電気新聞(2025)をもとに作成

経済的厳密性の欠如:VoLL/LOLEの不在

日本の容量市場におけるもっとも根本的な欠陥は、調達量を決定するプロセスに透明で経済合理的な根拠が欠けていることである。世界の先進的な制度では、まず社会が許容できる供給信頼度の水準(Loss of Load Expectation, LOLE)と、それを逸脱した場合の社会的コスト(Value of Lost Load, VoLL)を定義し、その基準を最小費用で満たすために必要な容量を科学的に算定する。

この点で、スペインの事例は日本の欠陥を浮き彫りにする。スペインは、その容量市場の正当性の根拠として、公に€22,879/MWhという高いVoLLと、1.5時間/年という厳格なLOLEを設定した5 New push for the capacity market: pillars are set – Haya Energy Solutions, 7月 27, 2025にアクセス。英国も同様に、3時間/年という明確な信頼度基準(LOLE)を定め、独立した専門家パネルがその算定プロセスを厳しく精査している6 De-rating Factor Methodology for Renewables Participation in the Capacity Market – EMR Delivery Body, 7月 27, 2025にアクセス

これに対し、日本ではこうした経済的規律の根幹をなす指標が明確に定義・公開されていない。これは、調達目標量が社会費用の最小化という観点から最適化されているのではなく、既存の発電設備の多くが確実に落札できるような高い水準に設定されていることを示唆している。

結論として、日本の容量市場は、本来あるべきアデカシー確保のツールとして機能しているとは言い難い。それは、旧態依然とした大手電力会社の非効率な火力発電設備群に対する延命治療装置であり、その費用は、不透明なプロセスを通じて消費者と新規参入者が負担させられるという、大規模な富の移転システムに他ならない。

合理的なアデカシー確保メカニズムは、まず「許容できる停電リスク(LOLE)」と「停電の社会的コスト(VoLL)」を定義し、その基準をもっとも安価に達成できるリソースの組み合わせを調達する。スペインや英国はこの手順を踏んでいる7 New push for the capacity market: pillars are set – Haya Energy Solutions, 7月 27, 2025にアクセス

日本はこの経済的規律を欠いているため、オークションの結果は、本来であれば市場から退出するべき非効率な発電所が、巨額の収益を得るという倒錯した状況を生み出している。これは「ミッシングマネー問題」の解決ではなく、特定の事業者への「ギャランティードマネー(保証された資金)」の注入であり、民主的で開かれた市場では当然とされる経済的規律を完全に欠落させている。

柔軟性育成の失敗:蓄電池とVPPの冷遇

日本の容量市場では、蓄電池やバーチャルパワープラント(VPP)が「発動指令電源」という区分で参加すること自体は制度上可能である8 容量市場の概要について, 7月 27, 2025にアクセス。しかし、そのルールは複雑であり、特に1,000kW未満の小規模リソースはアグリゲーターを介さなければ参加できず、参入障壁が高い9 容量市場のご案内 – 東北電力VPP, 7月 27, 2025にアクセス。さらに重要なのは、これらのテクノロジーがもつ高速応答性柔軟性といった価値を適切に評価する仕組みが欠けている点である。

これは、国際的な潮流とはまったく逆行している。英国では、市場のニーズと進化するディレーティング手法に後押しされ、系統用蓄電池がいまや容量オークションの主役となっている10 GB T-4 Capacity Market Results – Timera Energy, 7月 27, 2025にアクセス

オーストラリアは、将来の重要なリソースとしてVPPや分散型リソースを明確に位置づけ、それらを容量投資スキーム(Capacity Investment Scheme, CIS)に統合するための具体的な検討を積極的に進めている11 Australia Accelerates Clean Energy Procurement with Streamlined Capacity Investment Scheme and 2025 Tender Roadmap, 7月 27, 2025にアクセス

カリフォルニア州のSlice of Day(SOD)フレームワークは、その複雑さにもかかわらず、蓄電池がもつ時間軸にそったユニークな貢献価値を評価しようとする先進的な試みであり、日本の画一的な制度設計とは対照的である12 California’s Slice of Day Framework: Understanding Impacts on Resource Adequacy and Resource Value – Ascend Analytics, 7月 27, 2025にアクセス

「脱炭素電源オークション」という名の矛盾

日本のエネルギー政策の矛盾がもっとも露呈しているのが、「長期脱炭素電源オークション」である。この制度は、表向きには脱炭素電源への新規投資を促進することを目的としている13 長期脱炭素電源オークションとは|要件やわかりやすく解説 – PEAKS MEDIA, 7月 27, 2025にアクセス。しかし、その制度設計は、新規のLNG火力発電所のために大規模な枠を確保するという、驚くべき矛盾を内包している14 初回長期脱炭素電源オークションの振返りと次回入札に向けた論点 – KPMGジャパン, 7月 27, 2025にアクセス

その結果は明白である。2023年度におこなわれた第1回オークションでは、落札総容量9.76GWのうち、実に5.75GW(約59%)がLNG火力で占められた15 初回長期脱炭素電源オークションの振返りと次回入札に向けた論点 – KPMGジャパン, 7月 27, 2025にアクセス。これらの発電所は20年間の長期にわたる収益保証を受け、日本の化石燃料インフラとCO2排出を2040年代半ばまで固定化(ロックイン)することになる。

表2. 第1回 長期脱炭素電源オークションの結果(2023年度応札分)

電源種別 応札容量
(万kW)
落札容量
(万kW)
落札率 備考
LNG専焼火力 575.6 575.6 100% 20年間の収益保証
系統用蓄電池 569.8 138.8 24.4% 激しい競争
揚水式水力 179.0 179.0 100%
バイオマス専焼 31.8 31.8 100%
LNG混焼 0.0 0.0
合計 1,356.2 976.6 72.0%
出典:KPMGジャパン(2025)をもとに作成

政府は「2050年までに脱炭素化すること」を条件としているが16 長期脱炭素電源オークションの 概要について (応札年度:2024年度実施分), 7月 27, 2025にアクセス、その実現を担保する具体的な拘束力のあるメカニズムは存在せず、これは「略奪的遅延(predatory delay)」の典型例と言える。

この方針は、世界の常識から完全に逸脱している。欧州では、容量メカニズムの対象となる電源には厳格なCO2排出量上限(550g/kWh)が課され、対策の施されていない新規ガス火力の建設は事実上不可能である17 Spain plans first capacity market auctions for summer 2025 – Energy Storage – ESS News, 7月 27, 2025にアクセス。オーストラリアのCISも、対象を明確にクリーンなディスパッチ可能容量に限定している18 Capacity Investment Scheme – DCCEEW, 7月 27, 2025にアクセス

さらに、第1回オークションでは、系統用蓄電池のカテゴリーで応札が殺到し、落札率が約24%にとどまる激しい競争が繰り広げられた一方で、LNG火力の枠はほぼ無競争で埋まった19 初回長期脱炭素電源オークションの振返りと次回入札に向けた論点 – KPMGジャパン, 7月 27, 2025にアクセス。これは、このオークションが真に技術中立的な競争を促すものではなく、新規ガス火力発電所の建設を優遇するために電源別の枠が設けられた、出来レースに近い制度であることを示唆している。

日本の二本立てのアプローチは、政策として矛盾している。一方の「容量市場」は、古く非効率な発電所を延命させるために資金を注ぎ込み、もう一方の「脱炭素電源オークション」は、新たな化石燃料発電所を建設するために資金を注ぎ込んでいる。そして、その両方のメカニズムが、ネットゼロの電力システムに真に必要とされる革新的なテクノロジー(系統蓄電池やVPP)への確実な投資経路を構築することに失敗している。

これはエネルギー転換戦略とは呼べない。むしろ、脱炭素と供給力確保を隠れ蓑に、消費者が負担する資金を使って既存事業者の化石燃料資産基盤を温存・更新する「現状維持戦略」に他ならない。

既存事業者の圧倒的支配

2020年の論考で指摘した「規制の虜」という問題は、日本の電力市場において依然として根深い構造的問題である20飯田哲也(2020), 「冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(2)。旧一般電気事業者10社がいまなお発電と小売の約8割を支配する寡占的な市場構造は、公正な競争を阻害する根本的な要因となっている。

そして、容量市場のオークションで、約定価格が上限価格の直下で画一的に決まる傾向214年後の供給電力9割強を確保 容量市場初入札約1.7億kW約定 – エコニュース, 7月 27, 2025にアクセス は、有効な競争が働いておらず、市場支配力が行使されている可能性を強く示唆している。

この状況を、PJMと比較すると、日本の問題の深刻さがより鮮明になる。PJMには、強力な権限を持つ独立市場監視機関が存在し、その報告書は市場支配力が「常態化」していると厳しく指摘している222024 State of the Market Report for PJM Volume 1: Introduction, 7月 27, 2025にアクセス。監視機関は、売り手が市場支配力を行使する具体的な手口を詳細に分析し、改善勧告をおこなっているが、それでもなお問題は解決されていない。

日本には、PJMの監視機関のような真に独立し、強力な権限を持つ組織が存在しない。電力・ガス取引監視等委員会がその役割を担うが、既存事業者の構造的な市場支配力に根本から切り込み、市場設計そのものを是正する能力には大きな疑問符が付く。

設計に組み込まれた不公正な優位性

日本の容量市場の制度設計は、複数の点で既存事業者に不公正な優位性を与えている。

既存設備の優遇:容量市場は、すでに減価償却を終えた既存の火力発電所を保有する事業者に、莫大な棚ぼた利益(ウィンドフォールプロフィット)をもたらす。これらの事業者はゼロに近い価格で応札しても、高い市場全体の約定価格を受け取ることができる。一方で、蓄電池や再エネのような新規参入者は、高い資本コストを負担しなければならず、同じ土俵で競争することはできない。

LNG火力の特別扱い:「脱炭素電源オークション」におけるLNG火力専用の枠の設置は、このような大規模プロジェクトを開発できる大手電力・ガス会社を利するための、非競争的で優遇的な制度の典型例である。

日本の容量メカニズムの設計は、単なる欠陥ではなく、意図された「特徴」である可能性が高い。それは、資金を既存の大手電力会社に還流させ、彼らの市場支配を維持し、競争的で分散化されたエネルギーシステムへの移行を遅らせるために、意図的に構築されたシステムである。

2020年に指摘した「規制の虜」は、いまや制度として完全に定着してしまった。PJMの危機が示すように、このような歪んだ市場の行き着く先は、消費者コストの無限の上昇と、市場そのものの崩壊である。

レジリエントで安価な脱炭素化社会に向けた政策提言

これまでの国際比較分析と日本の現状に対する批判的評価にもとづき、日本の電力システムが真にレジリエントで、安価かつ脱炭素化された未来を実現するための具体的な政策提言を以下に示す。

短期的な緊急措置(今後12ヶ月以内)

  • 制度の凍結と抜本的見直し:現行の「容量市場」および「長期脱炭素電源オークション」を直ちに凍結する。同時に、国際的なベストプラクティスにもとづき制度を再設計することを明確な目的とした、独立した第三者による抜本的なレビューを開始することを公表する。
  • 経済的基盤の確立:スペインの事例に倣い、日本の「停電価値(VoLL)」を算定し、透明性の高い手法で国家的な信頼度基準(LOLE)を設定するための、独立した公開の調査研究を委託する23New push for the capacity market: pillars are set – Haya Energy Solutions, 7月 27, 2025にアクセス。これにより、将来のいかなる供給力確保メカニズムも、経済合理性という強固な土台の上に構築されることを保証する。

中期的な制度再設計(1~3年)

  • ハイブリッドモデルへの転換:PJMをモデルとした現行の中央集権オークションを廃止する。代わりに、ドイツの新しい統合型容量市場(Combined Capacity Market, CCM)24Overview of the design of a combined capacity market – Bundeswirtschaftsministerium, 7月 27, 2025にアクセスや英国の進化し続ける制度を参考に、ハイブリッド型または戦略的予備力を中心としたモデルを導入する。これには以下の要素を含むべきである。
    • クリーンな柔軟性電源のための専用オークションオーストラリアのCISを参考に、新規の系統蓄電池、デマンドレスポンス、VPP、その他のゼロカーボン柔軟性リソースを対象とした、専用のオークションまたは収益保証制度を創設する
    • 真の戦略的予備力:それでもなお必要とされる火力発電容量は、ドイツの現行モデルのように、市場価格を歪めないよう市場から隔離された、限定的な戦略的予備力として確保する25 Secure system operation: Bundesnetzagentur confirms electricity grid reserve capacity requirements, 7月 27, 2025にアクセス
  • 厳格な炭素基準の導入:EUの政策に倣い、容量支払いの対象となるすべての電源に対し、厳格な排出性能基準(例:550g CO2/kWh、経年的に基準を強化)を義務付ける26 Spain plans first capacity market auctions for summer 2025 – Energy Storage – ESS News, 7月 27, 2025にアクセス 。これにより、「脱炭素電源オークション」から新規の未対策化石燃料発電所を即座に排除する。

長期的なビジョン(3年以上)

これらの提言は、日本のエネルギー政策を、既存事業者の利益を保護する内向きの姿勢から、世界の潮流と気候危機の要請に応える、オープンで競争的かつ未来志向のパラダイムへと転換させるためのロードマップである。

その実行には強い政治的リーダーシップが不可欠であるが、座して現状維持を続けることは、より大きなコストとリスクを将来世代に押し付けることに他ならない。

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1959年、山口県生まれ。環境エネルギー政策研究所所長/Energy Democracy編集長。京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻修了。東京大学先端科学技術研究センター博士課程単位取得満期退学。原子力産業や原子力安全規制などに従事後、「原子力ムラ」を脱出して北欧での研究活動や非営利活動を経て環境エネルギー政策研究所(ISEP)を設立し現職。自然エネルギー政策では国内外で第一人者として知られ、先進的かつ現実的な政策提言と積極的な活動や発言により、日本政府や東京都など地方自治体のエネルギー政策に大きな影響力を与えている。

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