蓄電池6倍増目標

バッテリー・ディケイド連載 第1回
2025年3月19日

日本でも系統蓄電池市場が熱い。今の蓄電池は、10年前の太陽光発電の状況に似ていると感じる。

市場拡大が技術革新とコスト低下を促し、それらがポジティブ・フィードバックでさらなる市場拡大へとつながった構図がまったく同じで、ちょうど離陸期から本格導入に移行しつつある状況が、かつての太陽光発電市場の黎明期を思い起こす。

蓄電池の主力市場である電気自動車(EV)市場も本格普及期に入り、定置型蓄電池のコスト低下をもたらしている。太陽光発電がこの10年間にたどってきたように、これからの蓄電池は飛躍的な成長が見込まれる。

本連載では、これを「バッテリー・ディケイド(蓄電池の10年)」と呼び、EVを含む蓄電池とその周辺にある領域の歴史や技術、資源、地政学、市場などの幅広いトピックスを取り上げて、解説してゆく。なお、本稿では特に明記しない場合、蓄電池(バッテリー)はリチウムイオンを指す。


昨年末にアゼルバイジャンで開催された気候サミットCOP29では、再生可能エネルギーの普及をさらに加速させるために、世界の定置型蓄電の容量を2030年までに6倍の1.5 TW(2022年比)に高める目標が合意された1 COP29 Global Energy Storage and Grids Pledge 。バッテリー・ディケイド時代の幕明けに相応しい目標といえよう。

蓄電池市場としては、EV用途がおよそ9割を占める。近年の急速なEV市場の拡大によって、コストが急激に下がってきたことが、電力市場用の定置型蓄電池の市場拡大の要因のひとつとなっている(図1)。

電力市場用の定置型蓄電池で6倍増1.5 TWは、容量にして4〜6 TWhに及ぶ。EVを含む蓄電池市場全体で言えば、15〜30 TWh規模の累積容量に匹敵する。

単年度の市場規模では3〜6 TWhとなり、国際エネルギー機関(IEA)の予測(EVを含めて2030年に6 TWh、定置型蓄電池は0.5 TWh2 IEA Apr.19th, 2024 “Annual battery demand by application and scenario, 2023 and 2030)とほぼ合致するとはいえ、かなり野心的だ。

ただし蓄電池は、太陽光発電と同じように典型的な破壊的変化もしくはS字曲線による市場拡大の特徴を示しており、IEAの控えめな予測を絶えず上回ってきた歴史があり、これを易々と超えてゆく可能性もありうる(別回で解説予定)。

また、政策・市場・技術面で電力市場での定置型蓄電池の利用環境が整ってきたことももうひとつの大きな要因だろう。2017年12月にテスラが南オーストラリア州に導入した世界初の大型系統蓄電池(ホーンズデール)がその歴史的なエポックである(写真1)。さらにその後、その大型系統蓄電池は、世界で初めて疑似慣性を提供するという2度目の歴史的なエポックを引き起こした(別回で解説予定)。

写真1. 世界初の大型系統蓄電池(ホーンズデール)

出典:Consolidated Power Projects Australia Pty Ltd (CPP)

あらためて整理すると、電力市場用の定置型蓄電池の設置場所は、電力メーターの内側(BTM, Behind The Meter)手前側(FTM, Front The Meter)の大きく2通りがある(図2)。

図2. 電力市場用の定置型蓄電池の設置場所の区分

出典:Pieter D’haen, 17 JULY 2023, ‘Understanding “Behind the Meter” and “In Front of the Meter” in the Utilities Sector: A Comprehensive Overview’. SSE Energy Solutions.

一般的にこの場合の「メーター」は需要側を意味し、BTMと言えば家庭や事業所内に設置される蓄電池を指す。多くの場合は太陽光発電とともに設置され、太陽光発電の自家消費を最大化する。アグリゲータや電力小売会社と契約してデマンド・リスポンス(DR)や仮想発電所(VPP)に用いられることも期待されている。

同じように、FTMとはいわゆる系統蓄電池であり、上述の南オーストラリア州のホーンズデールが嚆矢(こうし)であり、世界的にも日本でも急増している蓄電池の利用方法である。

ただし、上流側(発電側)でも太陽光発電や風力発電所の送電メーターの内側に置かれる蓄電池も広義にはBTMともいえるだろう。太陽光発電や風力発電が需給調整可能な発電所とすることができ、「24時間発電できる」という意味から「RTC(Round The Clock)発電所」とも呼ばれる。インド・ラジャスタン州、マハラシュトラ州、カルナタカ州で合計1.3GWの太陽光と風力に100MWhの蓄電池が設置された参考事例である3 インドのRTCプロジェクト:Kwong-Wing Law (2023) ”ReNew Power’s award-winning Round-The-Clock project in India” NATIXIS.

日本では北海道北部風力発電が上流側(発電側)のBTMであり、九州などを中心に蓄電池併設によるFITからFIPへの転用が促されている事例も同様である。

事例は少ないが、下流側(需要側)でもFTMがあり、コミュニティ蓄電池と呼ばれ、オーストラリアなどに事例がある4 The Government of South Australia, “Community batteries at Magill and Edwardstown

次回以降は、バッテリー・ディケイド時代に知るべき「新しい蓄電池の教養」のランドスケープ全体を眺めながら、ひとつずつ解説してゆく。

@energydemocracy.jp蓄電池の10年が始まるよ🔋🌟 世界の定置型蓄電池容量を2030年までに6倍に拡大する目標が立てられたんだって! EV市場の急成長でコストが下がってきて、蓄電池市場が大きく成長すると期待されているんだ🚗⚡ 電力メーターの内外に設置される蓄電池の用途も広がってきているよ。 次回以降、蓄電池のことをもっと詳しく解説していくから楽しみにしててね!♬ Boyz N Da Club (Radio Edit) – Shermanology

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1959年、山口県生まれ。環境エネルギー政策研究所所長/Energy Democracy編集長。京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻修了。東京大学先端科学技術研究センター博士課程単位取得満期退学。原子力産業や原子力安全規制などに従事後、「原子力ムラ」を脱出して北欧での研究活動や非営利活動を経て環境エネルギー政策研究所(ISEP)を設立し現職。自然エネルギー政策では国内外で第一人者として知られ、先進的かつ現実的な政策提言と積極的な活動や発言により、日本政府や東京都など地方自治体のエネルギー政策に大きな影響力を与えている。

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