2018年8月、3週間の日程でアメリカ各地を訪ね、エネルギーやイノベーションに関係する機関や専門家からヒアリングして回りました。訪問したのは、ワシントンDC、ボストン、デンバー、サンフランシスコです。アメリカ国務省の International Visitor Leadership Program (IVLP) の一環です。国務省及び関係者の皆さまに心から感謝申し上げます。
持続可能な地域づくりの観点では、コロラド州デンバーの取組みに関心を持ちました。デンバーは、市の人口約60万人、都市圏人口250万人の大都市です。都市圏で見ると、名古屋市に匹敵する規模です。アメリカ中西部に位置する内陸都市で、石油産業の拠点として発展を遂げました。日本との直行便も就航しています。
本レポートでは、地域経済政策の最重点事項にイノベーションを掲げ、地域ぐるみで取り組んでいることについて、大きく3つの視点から紹介します。
イノベーションは科学技術の専売特許でなく、多様な人々の交流が重要
第一の取組みは、デンバー・スタートアップウィークです。これは、毎年のある週に、劇場や屋外、オフィスなど、街のあちこちでイノベーションや起業、コミュニティに関するセミナーやミーティング、イベントを集中的に開催する取組みです。2012年から始まっています。同様の取組みは世界各地で開かれ、デンバーのものは世界最大級といわれています。
狙いは、地域の企業や住民による起業やイノベーションを促進すると同時に、世界各地の起業家や専門家とネットワークを構築することです。2018年のスタートアップウィークでは、9月24日から28日までの5日間で約350プログラムが開催されました。事務局を務めるのは、まちづくり団体の Downtown Denver Partnership です(写真1)。
ポイントは、多様な人々の交流と知見の交換を促すことにあります。スタートアップウィークに集まるのは、起業家や専門家、エンジニアだけでなく、住民、それも多くの素人が集まります。そして、成功した起業家の知見をシェアしたり、素人の素朴な疑問を専門家にぶつけたり、ワークショップで議論を交わしたりすることで、新たな発想を引き出しやすくしています。イノベーションすべきことを予め決めるのでなく、混沌の中から新たなアイデアが生まれるのを待つのです。
また、アントレプレナーシップを重視する点が、日本のイノベーション政策とは大違いです。日本では、科学技術こそがイノベーションの中心と考えられていますが、デンバーを含むアメリカでは、起業家精神と経営スキルこそがイノベーションの中心と考えられています。そのため、エンジニアを含むあらゆる人々の経営スキルを高めようとしています。
デンバーのスタートアップウィークは、アメリカ流イノベーション促進策の典型なのです。
古い建物のリノベーションと集客施設の立地、街中居住の促進で賑わいを生み出す
デンバーでは、職住分離から職住同所へと、都市計画の考え方を変えつつあります。モータリゼーションの発展したデンバーでは、郊外の住宅地から中心部のオフィス街へ車で通勤するのが当たり前の都市で、行政もそうした都市計画を進めてきました。しかし、近年は、中心部で積極的に集合住宅を整備しています(写真2)。
職住同所による街中居住は、住む人の利便性だけでなく、街の賑わいも高めます。モータリゼーションの盛んな地域で、職住分離が進むと、街中の商業施設や集客施設は、夜間と休日に閑散となります。これら施設は、平日と休日等で集客が異なるため、稼働率(採算性)が低下します。一方、郊外の施設は、平日日中の集客が少ないという問題を抱えています。街中居住が増えれば、施設の集客力は自ずと高まります。
デンバーは、街中居住の促進と合わせて、集客施設の街中立地を進めています。代表的な事例は、メジャーリーグ・ロッキーズのスタジアムです。建設地を郊外にするか、街中にするか議論し、街の賑わいを創出する観点で、ユニオン駅近くの街中に建設されました。
同様に、3つの大学がデンバー市街地に立地しています。デンバー都市圏大学、コロラド大学デンバー校、デンバーコミュニティ大学の3大学が、敷地を共有し、デンバー中心部に隣接しています。もっとも賑わう繁華街のモールからは、500m程度の徒歩圏内です。このように、異なる学校が敷地を共有しつつ、利便性の高い街中に立地することは、土地の限られている日本のまちづくりでも参考になります。
デンバーでは、このような街中居住・立地を進める際、既存の古い建物をリノベーションして、再活用することを積極的に推進しています。デンバーの中心部には、レンガ造の古い建物が数多く残っていて、街の荒廃の象徴となっていました。それらを再生し、オフィスや商業施設、住宅などとしているのです。日本の大都市ならば、更地に戻して、高層ビルやタワーマンションになってしまうでしょう。
リノベーションによる再活用は、新築に比べて賃料をそれほど上げずに済み、オフィスや店舗の街中集積も促進しています。代表例は、ユニオン駅の駅舎です。鉄道業務の縮小に伴って生じた空スペースに、ホテルやカフェなどが出店し、賑わっています。駅近くの工場は、地ビールを提供するレストランになりました。同様の事例は、中心市街地のあちこちで見かけることができます(写真3、4、5)。
つまり、起業家にとって重要な要素が街中に揃っているわけです。デンバーには「手頃な賃料のクールなオフィスと住居」「美味しくて居心地のいいカフェとレストラン」「様々な専門家とラボへのアクセス」「若くて優秀な若者」が豊富にそろっています。
モータリゼーションから公共交通と自転車の街へ変身
デンバーの挑戦は、モータリゼーション社会にも及んでいます。アメリカでの脱モータリゼーションのまちづくりは、オレゴン州ポートランドがよく知られています。ポートランドは、高速道路建設を断念したことをきっかけに、都市の膨張を抑制する政策を立て、公共交通を充実させてきました。これに対し、デンバーは、いったん都市の膨張とモータリゼーションの普及が進んだ後に、脱モータリゼーションへ転換しようとしています。
その中核は、公共交通事業を担うデンバー地域交通局(Regional Transportation District: RTD)です。デンバーは内陸都市で、外から訪れるときの玄関口は、デンバー国際空港となります。こことデンバー中心部のユニオン駅の間は、高速鉄道で結ばれています。空港と都心部が鉄道で直結し、アメリカでは珍しく鉄道が移動の主役となっています。
空港と直結するユニオン駅が、デンバー都市圏の交通ハブになっています。ユニオン駅から近郊の中小都市までは、近郊鉄道や高速バスでつながっています。ユニオン駅は行き止まり構造のため、階段を上り下りする必要なく、空港鉄道から近郊鉄道へ移動できます。高速バスへの乗り換えも、エスカレーターでホームの下に降りるだけです。ユニオン駅を発着するほぼすべてのバスが、ユニオン駅地下のバスターミナルに乗り入れ、一つの島形のプラットホームに集約されています(写真6、7)。
ユニオン駅と市街地の間は、路面電車とフリーモールライドと呼ばれる無料バスで結ばれています。駅からバスターミナルを通って、エスカレーターで再び地上に出ると、目の前に路面電車とフリーモールライドの乗り場があります。路面電車は、大きく4方面に向かい、ユニオン駅とダウンタウンデンバーと呼ばれる中心部やデンバー周辺の住宅地を結んでいます。電停は枝線となるバスとつながっています(写真8、9、10)
フリーモールライドは、デンバーのシンボルにもなっています。駅と市庁舎の間に約3㎞の直線の通りがあり、その間を数分おきに走っています。区間のほとんどのエリアは、このバス以外の通行が禁止されていて、実質的に歩行者道路になっています。ライドは、ブロックの角ごとに停車し、ドアを開けて、自由に乗り降りできます。沿線は、レストランやカフェ、ブティックなど多くの店が立ち並び、歩行者で賑わっています(写真11)。
デンバーは、自転車の走行環境も整備しています。自転車レーンや駅駐輪場が整備され、多くの人が自転車を利用しています。路面電車と並行する自転車道も整備中です。路面電車の電停前には、電動スクーターのシェア設備もあります(写真12・13)。
デンバー市経済開発局は、持続可能なまちづくりが起業家にとっての魅力を高めると考えています。そして、コミュニティを巻き込み、都市計画や条例を策定しています。
折しも、デンバー市のあるコロラド州では、アメリカ史上初の同性愛を公表するジャレッド・ポリス州知事が誕生しました。コロラド州では、これまで以上に寛容な地域づくりが進み、多様な人々の交流が活発になるでしょう。同州と州都デンバー市のこれからに、要注目です。
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地域政策デザインオフィス「政策ブログ」より再構成