「エネルギー性能の高い公共施設を建築する方法」で、エネルギー効率の高い建物の3原則を解説しました。第一は建物の形状をできる限りシンプルにすること、第二は予算度外視で究極の高効率建物をいったん設計した後、予算額に達するまで、費用対効果の低い設計・設備から引き算していくこと、第三は建物のエネルギー利用を「断熱>気密>日射コントロール>換気>通風>設備>再エネ熱>再エネ電気」の順番で検討することです。
本稿では、それらのクリアを前提にして、持続可能な公共施設をつくるために、行政の内外に理解してもらうための5つの効果について解説をします。これまでと同様に、技術面の知見に乏しい文系の事務職員でも分かるように、むしろ事務職員でも主導できるように解説します。
公共施設のエネルギー性能を高める効果は、光熱費の削減だけにとどまらず、多岐にわたります。日本では、暑さ寒さに耐えて光熱費をケチる傾向があり、光熱費の使用実績から削減見込額を出すと、エネルギー性能の高い建物はペイしないと評価されることもあります。すると、エネルギー性能の低い建物の方が選ばれてしまうことになります。そこで、効果を複合的に考察する必要があります。
知的生産性・学習効率の向上
第一の効果は、施設を利用する人々の知的生産性(学習効率を含む)の向上です。公共施設の中には、役所庁舎のようにオフィスとして使う施設や、小中高校のように教育の場として使う施設があります。こうした公共施設の目的の達成を促進することに役立つのです。
知的生産性に影響を及ぼす4つの環境のうち、一つが物理的環境とされています。物理的環境とは、温熱環境や空気質、光環境、空間の質のことです。適度な室温、適度な換気(二酸化炭素濃度の低さ)、適度な明るさ、適度な広さが、知的生産性に影響を及ぼすのです。なお、その他3つの環境とは、人間的環境(対人関係)、社会的環境(社会的地位、仕事内容)、個人的環境(モチベーション、体調、仕事のやりがい)です。
適切な方法によるエネルギー性能の向上は、物理的環境を改善するとともに、その維持コストを減らします。断熱・気密が年間の室温・湿度を安定させ、熱交換換気が二酸化炭素濃度の上昇を抑制し、照度を丁寧に管理し、冷暖房(採暖)のための狭い間仕切りを不要にするためです。
知的生産性と物理的環境の関係は、近年の研究によって明らかになってきています。村上周三他『教室の環境と学習効率』がその代表的な研究です(図表1)。本書には、室温25℃をピークに、低温側、高温側の両者で学習効率が低下する実験結果が示されています。また、換気量も学習効率に影響すると示されています。
物理的環境は、法律によって一定の範囲とすることが決められています。建築物衛生法に基づく建築物環境衛生管理基準によると、温度「17℃以上28℃以下」相対湿度「40%以上70%以下」二酸化炭素濃度「1000 ppm以下」などと定められています。対象となるのは、延床面積3,000㎡以上の建物と延床面積8,000㎡以上の学校施設です。
公共施設を新築する際のポイントは、基本設計の仕様書で、建築物環境衛生管理基準より厳しい室内環境や対象施設を指定しておくことです。例えば、温度「21℃以上26℃以下」などと指定するのです。具体的な基準等については、基準を厳しくする、範囲を広げると方向性を決めた上で、担当職員と専門家で検討すればいいでしょう。特に、学校を新築する場合、教育委員会に任せがちのため、首長部局の事務職員が配慮する必要があります。
公共施設の長寿命化
第二の効果は、建物の長寿命化です。公共施設を長期にわたって使用できれば、その分だけ税金の投入を減らせます。例えば、10億円の建設費を要し、10年ごとに1億円の維持管理費も要する公共施設を仮定しましょう。30年ごとに建て替える場合、60年間のトータルコストは、24億円です。一方、60年ごとに建て替える場合、60年間のトータルコストは15億円です。このように、公共施設を長寿命化するほど、必要な税金は少なくて済みます。
建物はどのような素材であっても劣化は免れず、鉄筋コンクリート造も例外でありません。強アルカリ性のコンクリートは、二酸化炭素に触れることによって、徐々に中性化していきます。中性化が、中の鉄筋にまで及ぶと、鉄筋の表面に形成されている被膜が破壊され、鉄筋が錆び始めます。
鉄筋コンクリートでは、中の鉄筋が錆びると、その強度を維持できなくなります。それには2つの原因があります。一つは、鉄筋の断面が縮小することにより、鉄筋の強度が低下します。もう一つは、錆による体積膨張が内部で圧力を発生させ、周囲のコンクリートの破断・ひび割れに至ると、コンクリートの強度が低下します。すなわち、鉄筋コンクリートとしての構造的な強度を保てず、その建物が使用できなくなるのです。
鉄筋コンクリートの劣化を防ぐ(遅らせる)には、表面を空気に触れさせない必要があります。例えば、ペンキで塗装すれば、鉄筋コンクリートと空気の間に塗装被膜ができるため、劣化を防ぐことができます。一方、塗装には剥がれやすいという弱点があります。とりわけ風雨にさらされると、その弱点は顕著になります。鉄筋コンクリート造のマンションで、15年おきに足場を組み、外壁塗装(大規模修繕)をするのはそのためです。
鉄筋コンクリートの劣化を防ぐもっとも効果的な方法は、断熱材で覆うことです。二酸化炭素と風雨から外壁を守ることに加え、外気の変化による影響も緩和できます。コンクリートは、気温や湿度の変化によってもひび割れを起こすことがあるからです。もちろん、室温を一定範囲にし、空調へのエネルギー投入量を減らすことにもなります。つまり、一石二鳥、三鳥の効果が期待できるのです。
これに対し、日本で人気の外壁へのタイル張りは、公共施設に採用すべきでありません。確かに、外壁からの劣化を防ぐ効果は、断熱材や塗装と同様にあります。けれども、断熱材のように外気の影響緩和やエネルギー効果はありません。一方、塗装に比べれば高価となります。タイル張りの追加的な効果は、見た目にしかないのです。
外壁タイルは、防災や事故防止の観点からも問題です。タイルの剥離・落下の恐れがあるためです。詳しくは、専門コンサルタント「さくら事務所」のサイトをご覧ください。
定期的な設備更新費用の抑制
第三の効果は、設備更新費用の縮小です。建物の長寿命化と似ていますが、異なる概念です。例えば、10億円の建設費を要し、10年ごとに1億円、20年ごとにさらに1億円の設備更新費を要する公共施設Aと、12億円の建設費を要し、10年ごとに5千万円、20年ごとにさらに5千万円の設備更新費を要する公共施設Bを仮定しましょう(図表2)。Aの60年間のトータルコストは、17億円です。同じ期間のBのトータルコストは、15億5千万円です。このように、公共施設の躯体性能を高め、設備に頼らずにエネルギー性能を高めると、必要な税金は少なくて済みます。
設備は、どのような設備であっても、躯体と比べ物にならないくらい早く消耗します。長寿命で知られるLED照明で約8~10年。高効率の空調・給湯設備で約10年~15年。さらに長寿命の太陽光発電パネルでも20年~40年。太陽光発電で不可欠のパワーコンディショナーは約10年。丁寧にメンテナンスしたとしても、一定の年限がくれば、使えなくなってしまいます。
一方、躯体は丁寧に建設・メンテナンスすれば、数百年間でも使い続けられます。もちろん、メンテナンスしなければ躯体も劣化が進みますが、それは躯体の性能を高めても、高めなくても同じことです。そもそも躯体をメンテナンスしない場合は、エネルギー性能だけでなく、構造の劣化も進みますので、いずれにしても使用できなくなります。
実際、公共施設のエネルギー性能向上で先んじているドイツ政府は、躯体のエネルギー性能を高めることが、設備更新費も抑えることになると認めています。2018年4月17日に東京で開かれた「日独省エネシンポジウム~商業ビル・公共建築物・住宅におけるソリューション」(在日ドイツ商工会議所主催)において、ドイツ連邦政府の建築都市空間開発庁国家機関建築物エネルギー対策コミッショナーは、連邦政府ビルが新しくなるにつれ、躯体性能を高めてきた結果、必要な冷暖房設備が減少し、設備更新費を下げていると報告しています。
日本では、建築技術に比べて設備技術が発展してきたため、公共施設のエネルギー性能強化でも、設備に依存する設計が見られます。LED照明に、高効率空調(エアコン)、高効率給湯器(エコキュート)、太陽光発電パネル、蓄電池(リチウムイオン電池)、それらを制御するBEMS(ビルエネルギーマネジメントシステム)などです。
しかし、設備依存の建物と躯体依存の建物では、計算上のエネルギー性能は同じでも、そのランニングコストが大きく異なってくるのです。ランニングコストは、自治体財政から支出される税金です。定期的な設備更新費を最小化するためにも、躯体のエネルギー性能を高めておく必要があるのです。
地域の建築事業者の技術力向上
第四の効果は、地域の建築事業者の技術力向上です。建物の躯体性能を向上させることは、作業工程が増え、施工に注意が必要となるため、建築事業者の手間賃を増加させることになります。とりわけ、中小規模建物や住宅、既存建物の躯体性能の向上は、大資本のゼネコンからすれば、営業コストばかりかかってしまうため、地域の中小建設会社や工務店が市場の主力になります。よって、公共施設に限らず、エネルギー性能の高い建物を普及しようとすれば、こうした事業者の技術力を高めることが重要になります。
地域の建築事業者の抱える課題は、技術力を高めにくい環境にあることです。大資本のゼネコンと異なり、社員の技術力を高める開発や教育への投資は小規模になりがちです。それをサポートするシステムは市場にありますが、玉石混交なのが現実で、建築物理学の観点からすると間違った独自工法を普及するサポートやフランチャイズもあります。また、高性能の建物を手がける経験も少なく、従来型の建物だけを建てているため、高い技術を実地で身につける機会も少ないのです。
そこで、公共施設の新築・改修の機会を活用し、地域の建築事業者の技術力を高めることが必要になります。公共施設そのものは、高いエネルギー性能を要求すれば、技術力のある域外の事業者が受注するかも知れません。けれども、自治体と地域の建築事業者等で予め協議会を構成し、発注に際して協議会による現場研修を条件としておけば、その技術を地域の事業者が実地で学べます。並行して、専門家を招いての座学研修、海外の専門機関でのトレーニング、会員の現場における実装など、協議会で勉強を重ねれば、より効果的でしょう。
地域の建築事業者は、新たな付加価値を提供できるようになるため、地域産業の振興という意味も持ちます。産業振興の観点で、技術研修に補助金を支出することも考えられます。従来の補助金は、建物や設備に支出されていましたが、そうでなく、地域の人材育成に支出するのです。それは、大手資本と異なって人材育成が後回しになりがちな地域の中小企業に、人材や技術力の下駄をはかせ、対抗できるようにすることを意味します。技術力と収益力が高くなれば、その補助金はやがて不要になります。
また、公共施設を通じた技術力の向上は、地域の建築事業者の持続性を高め、地域の持続性を高めることにもつながります。建築事業者の存在が、地域の文化や定着のインセンティブ、災害への対応力と関係してくるからです。建築事業者やその従業員は、しばしば地域の祭りや伝統文化の担い手になっています。下請け的な仕事から、付加価値の高い仕事への転換は、仕事の面白さややりがい、社会的な意義に直結し、そこで暮らしていくことへの意欲と関係してきます。災害が発生したときには、救助・復旧・復興の全プロセスで、地域の建築事業者の存在が必要になります。
ショーケース
第五の効果は、地域住民への高断熱・高気密建物のショーケースとなることです。高断熱・高気密の建物の欠点は、それを体感したことのない人にとって、完全に未知の世界です。そのため、普段から低断熱・低気密の住宅や建物で、当たり前かつ無意識的に暑さ寒さに我慢している人は、自らの所有する建物を高断熱・高気密に改築・改修するモチベーションにしばしば欠けます。光熱費の削減効果だけでは、投資回収の年数が長くなり、投資意欲が湧きにくいのです。
そのため、自治体としては様々な方法で高断熱・高気密建物のメリットを住民に知らせる必要があり、その有力な方法の一つが公共施設の高断熱・高気密化です。公共施設には、自治体職員だけでなく、多くの住民が出入りします。その機会に、居心地の良さを体感するとともに、ロビーなどでの説明展示を見て、理解を深めることになります。
実際、EUでは、公共施設を高断熱・高気密建物のショーケースとして位置づけています。建物のエネルギー性能に関する2010年5月19日のEU指令(前文24)は「環境とエネルギーが公共施設で考慮されつつあること、したがって公共施設が定期的にエネルギー認証の対象とされていることを周知する事例と、公共施設がなるべきである」と述べています。そして、2019年1月1日以降に新築される域内の公共施設について、ニアリーゼロエネルギー性能(躯体と設備の性能だけでできる限りゼロエネルギー消費に近づける性能)を達成することを求めています。
日本でも、環境省が高断熱・高気密の住宅に宿泊体験する事業を行っていました(図表3)。やはり、温熱環境を体験することが効果的な啓発方法だからです。ただ、どうしてもこの方法では効果を実感できる人が限られてしまいます。そこで、誰にとってももっとも身近な建物で、誰でも訪れることのできる自治体の公共施設を、高断熱・高気密建物のショーケースとすることが重要になります。
公共施設を高断熱・高気密建物のショーケースとする際には、構想段階からそのことを住民に共有しておくと効果的です。第一の理由は時間です。どうしても公共施設は、構想から実際の供用まで数年の時間がかかります。ですので、供用開始から啓発を始めるよりも、構想段階から啓発を始めておけば、住民所有の建物にその考え方を取り入れる可能性が高まります。第二の理由はメリットとデメリットを共有しやすいことです。どうしても高断熱・高気密建物はイニシャルコストが増加しますが、構想や建設の途中経過を共有することで、なぜイニシャルコストが増加するのか、目に見えて明らかにできるからです。
そして、公共施設で働く自治体職員への啓発効果が、もっとも期待できます。職員は、地域住民でもあります。職員たちの住宅を高断熱化する早道でもあるのです。
5つの効果+光熱費の削減
改めて、公共施設のエネルギー性能を向上させることについて、光熱費を削減する5つの効果を整理しましょう。
- 効果1:公共施設を利用する人々の知的生産性・学習効率の向上
- 効果2:公共施設の長寿命化
- 効果3:設備更新費用の抑制
- 効果4:地域の建築事業者の技術力向上
- 効果5:地域住民への高断熱・高気密建物のショーケース
これらに加えて「効果6:光熱費の削減」が期待できるのです。
したがって、公共施設のエネルギー性能の向上を考える行政職員は、これら6つの効果を分かりやすく整理し、首長や幹部、関係部局に理解してもらう必要があります。これまで自治体でエネルギー政策を担当し、しばしば「幹部や関係部局、財政部局が理解してくれない」と相談を受けることがありました。そのときは、十分に相談に応じられないこともありましたが、これから相談を受ける方々は、私のような失敗を繰り返さないでください。
以上の6効果を分かりやすく説明されれば、多くの誠実な首長や公務員は、必ずや理解してくれるはずです。なぜならば、公共施設にかかわるトータルコストを削減しつつ、その公共投資から最大かつ多面的な効果を得られるからです。もし、首長や幹部、財政部局であれば、こうした6つの効果を得る提案が出るまで、何度でも提案を作り直させてください。公共施設は、数十年、もしかすると百年単位で使用する公有財産だからです。
そして、自治体として持続可能な公共施設を新築・改築すると決めたとき、次のハードルは、設計する建築士や建築を請け負う建設会社になります。建設会社等も、躯体の断熱性を重視した建築には、不慣れだからです。建設会社等のやりやすい工法や、デザイン性ばかりの設計を提案されるかも知れません。
そのときは、躯体の断熱性に深い知見を有する専門家をアドバイザーとして雇い、その助言に基づいて、建設会社等と折衝するのが効果的です。建物のエネルギー性能に関するセミナー等がしばしば開催されていますので、文系職員であっても、日ごろからそうしたセミナー等で勉強して、ネットワークを築いておくことが求められます。
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地域政策デザインオフィス「政策ブログ」より再構成