イエローベスト運動と温暖化問題

2019年5月9日

燃料税値上げをきっかけにはじまったイエローベスト運動は、フランスにどのような影響をもたらしたのか。温暖化対策と財政政策の緊張関係は、国民討論を通じて公平な社会の形成へとつながっていくのか、現地でのインタビューをもとに考察する。

イエローベスト運動とは?

今年の1月末に、フランスに行って、燃料税(炭素税)の引き上げ反対がきっかけとなったとされているイエローベスト運動に関わっている人などにインタビューしたり、デモにくっついて行ったりした。

背中に書いてるあるのは、「あいつらはお金をたくさん持ってるかもしれないけど、俺たちには仲間がたくさんいるぜ!」という感じの言葉。|写真:明日香壽川

昨年11月に始まり、毎週末に市民が街頭に出て黄色いベスト(反射チョッキ)を着てデモをするのがイエローベスト運動だ。警察発表によると、1月26〜27日はフランス全体で69,000人(パリは4,000人)、1月19〜20日はフランス全体で84,000人(パリは7,000人)の参加者だった。その後、運動自体は沈静化に向かっていたものの、2019年3月16日のデモでは、フランス内務省によると、パリでおよそ10,000人の参加者があり、そのうちの一部が過激化し、パリの街の中心シャンゼリゼ通りでは、高級ファッション店や老舗カフェとして知られる「フーケ」のガラスが割られ、デモ鎮圧部隊とデモ隊とが衝突した。

最近では、週末ではないが5月1日のメーデーにおいて、仏内務省によると、164,000人がフランス全土で集会に参加した。このうち28,000人がパリで行進し、2人の抗議者と14人の警察官が負傷した。フランスの報道機関Occurrenceによると、パリでは、7,400人の警察官が配置され、15,300人の手荷物の「予防検査」が実施され、330人の逮捕者をした。警察は580以上のショップ、レストラン、カフェの閉鎖を命じ、多くの地下鉄駅が閉鎖された。

日本でも、メディア報道などを通して、何かフランス全体で死傷者が出るような騒動が起きているという漠とした認識はあるかと思う。しかし実際には、もう少しシビアな状況であり、数十人の死傷者が出ている。また、日本では、どのような人が参加しているのか、実際に何を訴えているか、燃料税の問題がどの程度中心的な問題なのか、どの程度暴力的なのか、マクロン大統領はどのように対応しているのか、などの細かい内容に関する報道も極めて少ないと思う。

きっかけとなった燃料税値上げ

温室効果ガス排出削減が大きな目的の一つである燃料税値上げがイエローベスト運動の始まるきっかけとはなったのは確かだ。もともと、フランスには環境税の一部として石油製品特別税(通称が燃料税)があり、税収総額は年間340億ユーロ(2018年)程度であった。2015年から、この石油製品特別税に炭素税が追加され、毎年少しずつ増えていくことになっていた。それで計画通り、2019年1月に、フランスで一般的に使われている軽油(ディーゼル)価格が1リットルあたり0.065ユーロ値上げされることになっていたところ、これに対する反発が起こり、結果的にフランス政府は値上げを見送った。

ただし、運動のきっかけではあったものの、今は、燃料税は中心的な問題ではなく、他の様々な問題が噴出している。燃料税(炭素税)反対という言葉だけを聞くと、フランス市民が、マクロンが重視している温暖化対策に反対、あるいは温暖化問題は軽視していると連想するかもしれない。しかし、実際は、そんな単純な話ではないというのが見聞した結果だ。

まず、マクロンにとって不運とも言える背景があった。それは、(1)もともとサルコジ元大統領の時代から燃料税の値上げの時期や幅は決まっていた[1]、(2)燃料税引き上げの時期と石油の国際市場価格の値上がった時期が重なった、などである。また、燃料税値上げは温暖化対策だけではなく大気汚染対策にもなるが、このこともあまり理解されていないようであった。さらに、税収の使途についても政府の説明不足だったという意見はよく聞いた。ただし、緊縮財政をめざす中での財政補填が目的の一つでもあり、一部は再エネ投資への補助など環境転換(Ecological transition)に使われるものの、社会保障費の削減などの大きな税収還元を考える財政的余裕がなかったというのもあったかと思われる。

[1] 炭素税として、2014年に7ユーロ/t-CO2が2022年には86.2ユーロ/t-CO2

配慮が足りなかった制度設計

「今から振り返ってみて、燃料税引き上げに関して、どのような制度設計をすれば良かったのか?」というのを何人かの研究者に聞いたところ、(1)低所得者に対して一律にエネルギー補助金(エネルギーチェック)を払う、(2)地方で交通手段を自動車に依存せざるをえない人たちのために公共交通を整備する、などが主な回答であった。

(1)はカナダ政府などが検討している制度で、制度導入によってマイナスの経済影響を受ける人への補填(dividend)である。実際にEnergy Poverty(低所得者が電気代を払えないような状況)はEU各国で大きな問題になっており、EU全体での電力価格自由化の動きの障害にもなっている。

(2)に関しては、必要だとは思われるものの、公共投資の是非としては議論があり、すぐに状況が変わるようなものではないだろう。

イエローベスト運動は、総体としては、アメリカでのウォール・ストリート占拠運動(オキュパイ運動)に似ている。つまり、持たざる人の持つ人に対する抗議運動である。ただ、ウォール・ストリート占拠は、どちらかと言うとリベラルや左翼の人が主導的であったとされる一方で、イエローベスト運動は、右翼も左翼も参加していて、いわば下から上への抗議となっている。参加者は低所得者が多く、年配の人も多い中、一部の血気盛んな若者が暴力に走っているという感じであった。ただし、機動隊の初期の挑発的な対応や危険なフラッシュボールと呼ばれるゴム弾の使用も、両者の緊張関係をエスカレートしたと言われている。

温暖化問題の位置付け

イエローベスト運動と環境保全運動との関係だが、1月27日には、フランス全体で温暖化問題に対するデモもあって、パリでも1万人近くが集まった(隣のベルギーでは、1月から週1回、高校生が授業に出ないで、より厳しい温暖化対策を求めるデモ “Fridays for Future” をしており、4週目を迎えた1月31日には各地で3万人以上が参加した)。イエローベスト運動と環境保全運動とが合体したようなデモもあり、両者の連携は必要と考える人は多いと思われる。パリでの温暖化デモに参加した人の中にもイエローベストを着た人はいた。ただ、イエローベスト運動と環境保全運動を一緒にすべきではないと思う人がいるのも事実で、私が参加した地方のデモでも、そのような対立を垣間見た。また、一般的な身の回りの環境問題(例えば、水や大気や食の安全など)と温暖化問題との違いに関して、一般市民の間に十分には認識されていないという感じはあった(これは日本でも同じ)。

いずれにしろ、運動に参加している人の要求は、基本的に経済的なものが中心である。具体的には、マクロンが進めている新自由経済的な政策(印象としては、大企業やお金持ち優遇)に反対している。昨年の税制改革の一環としての富裕税(130万ユーロを超える純資産に対する0.5〜1.5%の累進課税)の廃止に対しても大きな反発が起きた。さらに、温暖化対策は重要なものの、その経済的負担を低所得者だけが被るのは不公平という認識が強くある(これが一番大事なポイントかもしれない)。

一方、マクロンの方は、「人件費や法人税などが高いとフランスに投資が来ない」「炭素税は温暖化対策やエネルギー転換に不可欠」「低成長と高失業率で苦しむフランスを変えるには大胆な税制改革が不可欠」と、投資環境や自然環境を良くするための合理的な政策を自分は断行しているだけという主張で、議論はあまりかみあってない感があった。

マクロンが優秀なのはみな認めるものの、傲慢な物言いを時々するのも確かで、そういう表面的なところや、その強圧的(少なくともそう見える)手法が、自分たちは取り残されていると思う人たちにはすごく嫌われているようだ。また、パリでデモに参加している人、特に破壊的な活動をしている人の多くはパリ以外から来ているという話もあり、中央と地方との対立という側面もある。さらに、マクロンの環境政策や温暖化政策は見せかけというイメージも出来てしまっている(これには、昨年、人気者だった環境大臣ニコラ・ユーロが、マクロンへの失望から辞任したことも影響している)。

面白いことに、日本から来ていることをデモの参加者に言うと、「お金の亡者のゴーンを逮捕してくれてありがとう」と何度もお礼(?)を言われた。

エネルギー・温暖化政策は財政政策

いずれにしろ、税をどうするか、財政政策をどうするか、不平等をどこまで認めるか(公平とは何か)、民主主義とは何か、社会正義とは何か、という根源的な問題が問われている。また、マクロンが進めている政策は、ある意味では、シラク時代から続いている自由主義的な経済政策の延長でもあり、低所得者層には積年の恨みのようなものもある。その意味では根が深く、フランスの社会システム全体を変える/変えないという大きな話にも発展している。

期待も相当含まれているものの、温暖化問題や温暖化対策に関する認識が変わりつつある(変わらざるを得ない)ことも、このイエローベスト運動のポジティブな効果とも考えられなくもない。つまり、温暖化対策というのは、「地球にやさしくしましょう」というような単純で抽象的な話ではなく、自分が払わなければならない具体的な税金や財政に関わる問題で、社会システム全体をどう多くの人と折り合いをつけながらスムーズに転換していくかを考えるという政治経済的な問題という認識である。その意味で、エネルギーや温暖化の議論がより深いレベルに移行したと言えなくもない。

国民討論の開始

マクロン側の対応として興味深いのは、「国民討論」を行ったことだ。具体的内容は、(1)マクロンが積極的に地方に行ってタウンミーティングを実施(住民、正確には市町村の町長たち数十人と5時間くらいぶっ続けで対話をする)、(2)4つの大きな問題(環境エネルギー転換、税制・財政、民主主義、公共サービス)に関する基本方針を政府がネットを通して説明し、期限を設けて質問や意見を受け付け、それに対して政府が答えるような双方向のコミュニケーション用のプラット・フォームを作成、などだ。まさに、日本でも必要とされている「熟議」や「公論形成」に、それなりには近いものとも言える。

この国民討論は、3月15日が終了予定であったものの、実際には数週間延長され、大統領との直接的な討論に加え、全国10,000以上のタウンミーティングでは合計で50万人が参加したとされる。ただし、評価に関しては、政権側は成功したとしているものの、世論調査では、それほど市民が納得できるものではなかったという結果になっている。

ちなみに、2019年1月25日、フランスのテレビでこの「国民討論」に関する特集番組があった。そこでまとめられた政府に対する要求ランキングは、上から、(1)生活必需品の消費税免税、(2)医療関連施設の予算増加、(3)富裕税の復活、(4)税の減免措置の再調査、(5)脱税などへの懲罰強化、の順であった。

1月末には、「赤いスカーフ」運動というものが始まり、パリで1万人がデモに参加した。イエローベスト運動の暴力性に反発して組織されたものだとされるが、実際には、政府寄りのマクロン支持者で所得階層的には上の方の人が多く参加している。黄色の次は赤と、色とりどりで混沌としてきていて傍観者的には面白い。

議論の深化に期待

イエローベスト運動の今後の展開、特に、収束するのか、過激化するのか、などに関しては、いろいろな意見がある。ただ、少々楽観的かつナイーブに考えれば、みながそれぞれの立場から、あるいは立場を超えて考えて、議論して、連帯して行動するという意味では、フランスの健全な民主主義の体現なのかもしれない。18世紀末のフランス革命も、貴族への課税が拒否されたことが発生要因の一つであり、個が中心という意味で1968年の五月革命との相同性を指摘する声もある。

ただ、前回の選挙で、マクロンはいわば消去法で大統領に選ばれたとも言える。つまり、支持基盤は決して盤石ではない。そのような中での最大の懸念は、極右のポピュリストがマクロン批判をうまく利用して支持を広げてしまうことだ。そうなっては欲しくない。

最後に、今回の運動の教訓として一番重要な「温暖化対策は大事なものの、その経済的負担を低所得者だけが被るのは不公平」は、まさに地球規模での温暖化対策の責任分担に関して、途上国と先進国の間にある対立の要因そのものだ。そのような意味でも、今回のイエローベスト運動を海の向こうでの出来事と簡単に片付けず、エネルギーや温暖化の問題における公平性などに関するより深い議論が日本を含む他の国でも展開されることを期待したい。もちろん、具体的な制度設計においては様々な配慮をすべきということも、重要かつ実際には実行することが難しい教訓でもある。

WEBRONZA「イエローベスト運動と温暖化問題(上)(2019年4月2日)」「イエローベスト運動と温暖化問題(下)(2019年4月3日)」より改稿

アバター画像

東京生まれ。東北大学東北アジア研究センター・同環境科学研究科教授。東京大学農学系研究科修士課程修了(農学修士)、インシアード(INSEAD)修了(経営学修士)、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(学術博士)。京都大学経済研究所客員助教授などを経て現職。2010年〜2012年は(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターも兼務。著書に、『グリーン・ニューディール: 世界を動かすガバニング・アジェンダ』(岩波新書、2021年)、『脱「原発・温暖化」の経済学 』(共著、中央経済社、2018年)、『クライメート・ジャスティス:温暖化と国際交渉の政治・経済・哲学』(日本評論社、2015年)、『地球温暖化:ほぼすべての質問に答えます!』(岩波書店、2009年)など。

次の記事

エネルギー貯蔵がドイツのエネルギー転換の次の偉業になる

前の記事

箱に収まる電力会社

Latest from 気候変動・エネルギー政策