2017年からはじまったドイツの自然エネルギー入札制が地域所有のコミュニティ風力発電事業を壊滅の危機へと追いやっている。世界的に進みつつある固定価格買取制度から入札制への移行がコミュニティ風力発電にどのような影響を与えるのか、世界風力エネルギー協会のレポートから見ていこう。
固定価格買取制度から入札制へ
自然エネルギー導入を支援する政策枠組みとして、固定価格買取制度(FIT)が多大な効果を上げてきたことは世界各国で、現在進行形で実証されている。ドイツは2000年という早期に本格的なFITを国の政策として採用し、自然エネルギー導入支援政策の模範を示すポジションを確立してきた。また、協同組合法のもと、地域のさまざまなステークホルダーがエネルギー協同組合を立ち上げる動きが活発化し、地域所有型ビジネスモデルの普及や地域金融機関によるファイナンスという面で、コミュニティパワーの動きを牽引してきた。このように、ドイツは「エネルギー転換の成功モデル」として語られ、政策、市場設計、ビジネスモデルなど、日本でも長年参照されてきた。
一方、導入量が増え、2010年前後から自然エネルギーの市場統合を促していく段階に入り、2012年にはプレミアム制度(FIP)が導入され、その後、太陽光での試行を経て、2017年に入札制が導入された[1]。
[1] ドイツのFITからFIP、入札制への移行の経緯と制度の詳細については、西村健祐(2019)「ドイツの市場プレミアムはどう機能するのか」京都大学大学院 経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座 コラム、山家公雄(2019)「再エネプレミアム制度(FIP)その1 ドイツ10年間の経験学ぶ①:再エネの成熟化と「直接販売」の導入」京都大学大学院 経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座コラム、山家公雄(2019)「再エネプレミアム制度(FIP)その2 ドイツ10年間の経験に学ぶ②:強制「直接販売」と入札」京都大学大学院 経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座 コラムを参照。
スタート当初から、入札制は「市場メカニズムを活用してもっともコスト効率的に自然エネルギーの導入を進めるものである」というナラティブが、主に政策立案者や自然エネルギー産業アクターから発信される一方、プロジェクトを開発する事業者の負うリスクが高まる点やそれに付随して参入するアクターの多様性が損なわれる可能性があること、また、新たなリスクに伴うプレミアムのために投資コストは必ずしも下がらない可能性がある、といった懸念がコミュニティパワーを推進する団体や機関から寄せられてきた。
入札制開始から約3年が経過し、こうしたナラティブがどの程度現実を捉えていたのか、世界風力エネルギー協会が発表したレポートから読み取ることができる。
入札制とコミュニティ風力発電 評価レポート
世界風力エネルギー協会は、2019年9月に「入札制のもとでのコミュニティ風力発電:批判的評価(Community Wind under the Auctions Model: A Critical Appraisal)」というレポートを発表した。このレポートでは、入札制に移行したドイツの風力発電の市場動向が詳細に調査・分析されている。
レポートの知見を読み解く上での前提として、ドイツでは入札制への移行にともない、自然エネルギー法(EEG)に「コミュニティエネルギー」の枠組みが加えられ、下記の定義と優遇措置が導入されたことを確認しておこう。
コミュニティエネルギーの定義
- 投票権をもつ株主として、少なくとも10名の自然人がいること
- 投票権の少なくとも51%が、事業を実施する地域に少なくとも1年以上在住する自然人に帰属すること
- いずれの株主も投票権は10%以下であること
コミュニティエネルギーに対する優遇措置
- 事業実施の猶予期限である30ヶ月に追加して24ヶ月延長できる
- 申請時の連邦イミッション防止法(BImSchG)にもとづく許認可の取得義務が免除される
- 入札に必要とされる保証金が半分に免除される
- 最高額の入札価格で事業を実施することができる(標準価格手続き)
政策立案者としては、コミュニティエネルギーの枠組みを加えることで、それまでのドイツのエネルギー転換の成功モデルを機能的に継続させようとする意図があったと思われる。しかし、コミュニティ風力発電評価レポートによると、移行後の3年間は、下記のように要約されており、最終的にまったくの逆効果となってしまった。
- 2017年:「コミュニティエネルギー」が入札を支配し、価格が下がった
- 2018年:コミュニティエネルギーに対する入札条件が厳しくなり、価格は著しく上がった
- 2019年:風力発電の市場が崩壊し、入札価格は上がり、コミュニティエネルギーは追いやられた
以下、各年の主要なポイントを見ていこう。
2017年:「コミュニティエネルギー」が入札を支配し、価格が下がった
1年目の入札は3回実施され、コミュニティエネルギーの枠組みで入札および約定されたプロジェクトが見かけ上は大半を占めた。第1回目は807MWの約定量のうち、コミュニティエネルギーが776MW(96.1%)を落札し、第2回目は1,013MWの約定量のうち、958MW(94.6%)を、第3回は1,000MWのうち、933MW(99.3%)をそれぞれ落札した。
この数字は、従来から支持されてきた地域所有の風力発電が引き続き促進されているように見えるが、世界風力エネルギー協会が「コミュニティエネルギー」の枠組みで入札した事業主体の詳細を調査したところ、優遇措置を得ることを目的に締切の間際に大手開発事業者が形式的に定義を満たして立ち上げたものが含まれていることが判明している[2]。そのため、これらの事業は、必ずしも従来のコミュニティ風力発電と同様の形態ではないと考えられる。
[2] あるプロジェクトでは株主の過半数が地主とその家族、残りが開発事業者の社員で構成されていたことが明らかになっており、また、それぞれの出資額は100ユーロと少なく、事業費の大半が地域外の投資家の投資によって賄われるとすれば、風力発電の生み出す付加価値の多くが地域外へと流出する可能性があると指摘されている(WWEA (2018) ”Community Wind in North Rhine-Westphalia: Perspectives from State, Federal and Global Level”, World Wind Energy Association, Bonn.)。
加えて、約定された事業の地理的分布には偏りがあり、本来、電力需要が多い南部に立地が望まれるものの、結果はきわめて限定的であった。さらに、価格レベルは多くの専門家が実現可能と考える水準よりもはるかに低いものとなった。
2018年:コミュニティエネルギーに対する入札条件が厳しくなり、価格は著しく上がった
2年目に入ると、前年の結果を受け、立法府がコミュニティエネルギーに対する優遇措置のほぼすべてを停止したため、入札条件は劇的に厳しくなった。具体的には、連邦イミッション防止法の許認可を完全にクリアしなければ入札に参加することができなくなったこと、事業実施の猶予期限が30ヶ月になったことが大きな影響を与えた。
4回実施された入札の結果として、第1回目は709MWの約定量のうち、コミュニティエネルギーは155MW(21.9%)、第2回目は604MWの約定量のうち、113MW(18.8%)、第3回目は666MWの約定量のうち、43MW(6.5%)、第4回は363MWの約定量のうち、58MW(16.0%)であった。コミュニティエネルギーの参加が激減したことが明確に現れている。
さらに、価格面では、標準価格手続き(入札での最高価格で事業実施できる)によりコスト低減圧力が減ったため、約定価格は前年よりも上昇するという結果となってしまった。2017年の参照地点での風力発電の価格が3.82¢/kWhである一方、2018年の入札では4.73〜6.26¢/kWhであった。
2019年:風力発電の市場が崩壊し、入札価格は上がり、コミュニティエネルギーは追いやられた
3年目は、前年からの傾向に加え、ドイツの風力発電市場そのものの崩壊が大打撃となった。実施された3回の入札では合計で2,000MWの入札枠が期待されていたが、落札は1,002MWと半分に留まった。価格面でも6.1〜6.2¢/kWhと高い水準に留まっている。
そして、8月に実施された第3回目の入札でコミュニティエネルギーの約定量はついにゼロとなってしまった(第1回目は476MWの約定量のうち、コミュニティエネルギーは92MW(19.3%)、第2回目は276MWの約定量のうち、12MW(4.2%))。
以上のことから、入札制への移行とその後の調整のプロセスを経て、事実上、ドイツにおける新規のコミュニティ風力発電は壊滅の危機へと追いやられてしまった。
入札制が目指した3つの目標はすべて未達成
改めて、ドイツ政府が目指してきた3つの目標(導入量、コスト効率性の向上、アクターの多様性の確保)は、入札制への移行により達成されたのかを見ておこう。
まず、導入量について、3年間の入札量および約定量の推移を見ると、顕著に減少していることがわかる(表1)。2018年10月以降、入札量および約定量が大幅に入札枠を下回っており、導入目標は達成されていない。
表1. ドイツ陸上風力発電の入札(2017〜2019年)
17年 5月 |
17年 8月 |
17年 11月 |
18年 2月 |
18年 5月 |
18年 8月 |
18年 10月 |
19年 2月 |
19年 5月 |
19年 8月 |
合計 | |
入札枠(MW) | 800 | 1,000 | 1,000 | 700 | 670 | 670 | 670 | 700 | 650 | 650 | 7,510 |
入札量(MW) | 2,137 | 2,927 | 2,591 | 989 | 604 | 709 | 388 | 499 | 295 | 239 | 11,378 |
約定量(MW) | 807 | 1,013 | 1,000 | 709 | 604 | 666 | 363 | 476 | 276 | 208 | 6,122 |
コミュニティエネルギー約定量(MW) | 776 | 958 | 993 | 155 | 113 | 43 | 58 | 92 | 12 | 0 | 3,201 |
コミュニティエネルギー割合(%) | 96.1 | 94.6 | 99.3 | 21.9 | 18.8 | 6.5 | 16.0 | 19.3 | 4.2 | 0.0 | 52.3 |
平均約定価格(¢/kWh) | 5.71 | 4.28 | 3.82 | 4.73 | 5.73 | 6.16 | 6.26 | 6.11 | 6.13 | 6.20 | 5.44 |
最低価格(¢/kWh) | 4.20 | 3.50 | 2.20 | 3.80 | 4.30 | 4.00 | 5.00 | 5.24 | 5.40 | 6.19 | 4.18 |
最高約定価格(¢/kWh) | 5.78 | 4.29 | 3.82 | 5.28 | 6.28 | 6.30 | 6.30 | 6.20 | 6.20 | 6.20 | 5.61 |
出典:世界風力エネルギー協会 2019(データ:Bundesnetzagentur, FA Wind)
次に、コスト効率性の向上について、上述の通り、入札制のもとでの約定価格は1年目にいったん下がったものの[3]、その後上昇に転じ、留まっている(表1)。コストへの影響はさまざまな要因が複雑にからみ合っているため、今後、より詳細な分析が必要であるが、上記の結果を踏まえれば、「入札制によってコスト効率化が図られる」といった単純な評価は難しい。
[3] 1年目に価格が下がった要因のひとつとして、事業者はコミュニティエネルギー優遇措置によって延長される事業実施の猶予期限を念頭に置き、将来のコスト低下を織り込んで価格設定を行っていたことが考えられる。
そして、アクターの多様性の確保について、「コミュニティエネルギー」の定義と優遇措置によって参入が促されたのは、風力発電を純粋な投資対象と見るビジネス志向のアクターであったことが1年目の結果から推察することができる。これらは、地域の多様なステークホルダーが参加する従来のエネルギー協同組合とは似て非なる事業主体であり、「入札制によってアクターの多様性が確保された」という評価をすることも難しい。
以上のことから、いくつかの留保は必要であるものの、3つの目標はいずれも達成されていない。果たして、今後、ドイツのコミュニティ風力発電はこのまま衰退していくのか、なんらかの善後策がとられるのか、見通しは不透明となっている。
入札制とエネルギー転換の変容
本稿では、世界風力エネルギー協会のレポートを手がかりに、入札制に移行したドイツのコミュニティ風力発電の動向を見てきた。政策論において、入札制は「コスト効率化」の文脈を中心に議論されることがほとんどだが、このレポートの知見が示すのは、むしろコスト効率化以外の面でエネルギー転換のあり方そのものに大きな影響が生じるということである[4]。
[4] ミゲル・メンドーサ、デイビッド・ヤコブス、ベンジャミン・ソヴァクール 著、安田陽 監訳(2019)『再生可能エネルギーと固定価格買取制度(FIT)グリーン経済への架け橋』(京都大学学術出版会)では、原書が出版された2009年の時点で、入札制が市場の競争環境の悪化を招く可能性があることが指摘されている(P276)。
特に、「コミュニティエネルギー」を定義し、優遇措置をとるという手法は、従来のエネルギー協同組合と同様の取り組みを機能的に継続させようとする政策意図のもとに展開されたと考えられるが、結果的にそれらの衰退へとつながってしまった。エネルギー協同組合のもとで、自然エネルギーが地域所有され、その便益が地域に分配されてきたことがドイツの自然エネルギーの社会的受容性に大きく貢献してきたことを踏まえれば、今後、ますます各地で自然エネルギーに対する反対運動が広がっていく可能性も示唆される。
一方で、エネルギー市場の多種多様な進化とデジタル化、セクターカップリングなどの流れの中でエネルギースタートアップたちが新たな機会を見出し、従来のエネルギー協同組合とは異なるかたちで地域のエネルギーのあり方を分散型に変容させる動きも進行している[5]。こうしたスタートアップたちが生み出すテクノロジーやビジネスモデルが、自然エネルギーコミュニティになんらかのイノベーションをもたらすのか、これについては期待半分、懸念半分といったところだろうか。
[5] 例えば、ネクストクラフトベルケ、ゾンネン、ルメナザ、サーモンド、ユビトリシティ、タド、ベターベスト、ソノモーターズなど。
日本でも大規模太陽光発電はすでに入札制がはじまっており、固定価格買取制度の見直しにおいては、「競争電源」と「地域活用電源」の2つのモデルが想定されている。この検討に対して、ドイツの経験から学べることは、政策的に定義を加えることの困難性であり、意図せざる結果が招来するリスクである。はじめから政策意図を100%有効に実現させる方策を構想することは不可能であるが、少なくともその試行錯誤を許容するプロセスを確保することが必要であると思われる。