パリ協定以降の原発

2016年3月2日

パリ協定採択とその後の流れの中で、原子力発電を温暖化対策の切り札として推進する動きがある。こうした議論は従来からあったが、福島原発事故以後の世界的な市場環境の変化の中でさまざまな疑問・警鐘が浮上している。主要な論者の議論からその内容を見ていこう。

はじめに

パリ協定が採択された直後、ハーバード大学のネーオミ・オレスケス教授はガーディアン紙に次のように書いた。「これでやっと温暖化否定論の商人たちはいなくなったと思ってはならない。否定論は異形で再現している。それは<再エネだけでは問題を解決できない、原発が不可欠だ>という言説だ。」同教授はCOP21交渉の最中にジム・ハンセン博士らが「気候変動を防止するには原発を即時、大規模に導入することが必要だ」と論じたことを紹介している。

ハンセン博士らの原発必要論

ハンセン博士らは何を主張しているのか?パリでの記者会見と、ガーディアン紙への寄稿文から洗い出してみる。

…温暖化は前例のない道徳的挑戦だ。これを我々が解決しなければ将来世代を止めようのない温暖化に突き落とすことになる。これを防止するためすべての手段を最大限に活用するべきだ。エネルギー需要は今後急速に増大する。原子力発電、特に次世代原子炉はこの問題に対応できるような大規模でクリーンなエネルギーを提供する。

しかし、再エネにはそれができない。再エネは安価でもないし、信頼性もない。世界のエネルギー需要に対応する大規模化は不可能だ。再エネで100%エネルギー需要を賄えるとする意見は再エネの不安定さを軽視している。それに現実的でない仮定を置いている。温暖化防止は希望的観測や感情や偏見でなく事実に基づくべきだ。原子力なしに温暖化を防止する信頼性のある径路は存在しない。

原子力は無限のクリーン・エネルギーを恒久的に供給し、世界文明を稼働できる。廃棄物の処理は技術的に可能だ。原子力を道具箱から排除すると温暖化防止は失敗する。すべての手段を使用するべきだ。今後原子炉を毎年115基ずつ2050年まで建設し続ければ、世界の電力を完全に脱炭素化し、同時に途上国の人口の急増に対応し、世界経済の成長を可能にする。フランスとスウェーデンが過去20年程度でこの規模の原発建設を実現したことからして実現できないことはない。ただ、安全確保と核拡散防止のため強固な国際協定が必要だ。安全を保障する技術はすでにある…。

国際的に拡がりのある原発必要論

こうした原発必要論はパリ協定ができた直後から攻勢に出ている。1つの例は米国のフォーブス誌の記事だ。この記事はこう論じている。

…2℃目標実現の為には世界の電力供給は2050年に脱炭素化している必要があるが、それは再エネだけでは不可能だ。再エネと原子力のミックスが不可欠だ。原子力はすでに成熟した技術でその導入を阻むものは政治的・社会的なものでしかない。次世代炉は安全で安価だ。パリ協定ができた以上、勇気を出して原発推進を訴えるべきだ。IEAによれば全世界の原子力の設備容量は現在の400GWから2050年1,000GWにする必要がある。

ハンセン博士の思想を支持する学者や専門家、電気事業者、原発ビジネス関係者は非常に多い。多数ある専門家団体の1つである「Third Way」は小型モジュール炉(SMR)が近く実用化され、工場で組み立てられサイトまで運搬され工期も経費も大幅に縮小されると論じている。小型モジュール炉を超えて、さらに革新的な次世代原子炉の可能性も論じられている。また、今回のCOP21においてビル・ゲイツ氏らが発表した「ブレークスルーエネルギー同盟」の展開にも期待が集まっている。国としては中国とインドの原子炉建設のテンポに期待感が寄せられている。

原子力発電を推進する動きは国際的に以前から強かったが、温暖化防止が急務になるにつれて原発を切り札として推進する動きはさらに勢いを増した。ハンセン博士らの動きはその一部にすぎない。Neutron Bytesというサイトには多数の団体のリンクが掲載されている。日本語では「Forum on Energy」がある。欧州にはForatomという団体が活動している。この団体は欧州原子力産業の声を代表する団体で、「Nuclear for Climate」という旗印で運動を展開している。また、IAEAも原発推進に熱心だ。

ハンセン博士らの主張に対する反論

一方、温暖化防止の関係で原子力を位置づけることに反対する意見はすでに数年前から大きな勢力になっていて、両者の間で激論が戦わされている。原発の役割を否定する議論は概ね次のように論じている。リナルド・ブルートコ氏ジョン・メクリン氏らの論考を参考に整理すると次のようなものとなる。

…そもそも、原発はCO2を排出しないという大前提が間違いだ。原子炉の製造過程から廃炉に至る全過程では発電量当たりのCO2の排出量を再エネと比較すると、原子力は風力発電より成績が悪い。また現状において相当数の原子炉を急ぎ建設できる条件は存在しない。高度の複雑系技術の原子炉建設ができる人的資源は不足しているし、安全の問題も放射性廃棄物の処理も解決していないからだ。精緻な安全確保と中立的な規制制度の確立と適正な運用等の行政面の巨大な課題もある。原発に未経験な新興国等が乗り出せる条件は存在しない。

初期投資が膨大なので先進国でも政府保証があっても資金を提供する金融機関にとってリスクが大きい。過去数十年間、原子炉は建設コスト上昇と計画遅延などに苦悩してきた。今後増大する経年プラントの運営コストは益々高価になる。商業的に利益確保の確実性が無く、政府の電力価格支持政策に依存し、将来ともそれに左右される不安定さがある。現に苛酷事故もあったし、テロの危険もある。次世代炉は安全だとする主張は安全を将来世代に背負わせる点で無責任だ。

再エネと付帯技術の急進で「原発はベースロード電源」という概念は不要になった。再エネは信頼できる電源となり、しかもこの方が新規需要、技術革新、雇用、地域開発を生む。再エネは大規模化できないという議論も間違いだ。そもそも大規模電源を必要としない新しい体制を目指しているのだ。再エネこそ益々安価になり、原子炉は益々高価になる一方だ。建設期間も短いので再エネは簡単に大衆化される。

原発は企画から完成まで20〜25年とかかり、工期は不安定でコスト超過は日常的だ。世界総電力消費における原子力のシェアはピーク時の17%(1997年)から現在の10%に低下している。現在14か国で66基が建設中だが、遅延とコスト超過に悪戦苦闘中だ。一定の時間軸内に一定の大規模設備容量を稼働させる必要がある温暖化対策として不適格だ。

確かに中国、インド等の新興国は原発を進めているが同時にむしろ再エネの主流化を最も強力に進めている。中国が2030年に目標としている原発電力130GWが実現しても中国の総電力需要の5%以内だ。小型モジュール炉や次世代原発も稼働開始の時期も設備容量も不明で、時間軸と削減規模が重要な温暖化対策では役割を果たせない。大量の原発を世界で稼働させると核の軍事転用の危険を増大する。

エネルギーの国際機関IEA/NEAはどう論じているのか?

このように世界的には議論が対立しているが、国際機関はどう論じているのか?エネルギー問題の国際的な権威とされている経済協力開発機構(OECD)の内部機関である国際エネルギー機関(International Energy Agency, IEA)と原子力機関(Nuclear Energy Agency, NEA)が2015年に公表した「原子力技術ロードマップ2015年版」と「気候変動に立ち向かう原子力」の2つの文書では、その要旨を以下のように論じている。

第一に、最も注目される点は、「原子力技術ロードマップ」が2℃実現シナリオにおいて、2050年時点の世界の原子力の設備容量の予測値を1,200GW(2010年版)から930GW(2015年版)に大幅に引き下げたことだ。それは東京電力福島第一原子力発電所の事故のあと、安全確保、原料確保、炉のデザイン設計の複雑化、サプライチェーンの強化要請などにより原発コストを20%程度引き上げる必要が生じたことと、太陽光などの再エネの導入において予想を超える進捗があったためだと説明している。

これに伴い「気候変動に立ち向かう原子力」では、上記の2050年における原子力の設備容量の予測値である930GWは世界の総発電電力量に占める原子力のシェアを現在の11%から17%に引き上げることになると論じている。なお、この場合、再エネと水力で65%になると想定している。

Fig.1
2050年2℃シナリオにおける世界の電力生産の技術別割合(出典:IEA/NEA 2015)

次に重要な点は、この大幅な原子力の設備容量の増加を実現するには実際上は課題が大きいと率直に論じているところだ。それは2011年の福島での事故が世界的に原子力への支持を毀損したこと、世界的な金融危機以来、長期資金の調達は困難になっていること、電力市場の自由化が原子力発電に不利に働いていること、化石燃料の燃焼に価格が付いていないこと[1]、再エネへの価格支持政策が原発に不利に働いたこと等を淡々と説明している(同レポートP8)。

ただ、原子力はこれらの困難にもかかわらず、2℃実現シナリオでは不可欠の要素であり、そのために世界の原子力発電の大幅な増大が必要だと論じている。そして、この増大は主として途上国で起きると分析して、以下のようなグラフを提示している。(同レポートP9)

Fig.2
IEAエネルギー技術展望2015の2℃シナリオにおける原子力発電の地域別電力生産の割合予測(出典:IEA/NEA 2015)

ここでは、特に中国での設備容量の大幅な増大(現在の30GWから2050年250GWへ約8倍)が見込まれている。一方、欧州、米国、それ以外のOECD諸国(日本が含まれている)は2012年の設備容量とほぼ同じ規模で2050年まで推移する。設備容量が増大するのは中国、インド、中東、ロシア及び旧ソ連邦諸国、アジアの新興国、南米諸国となっている。

このNEA文書はさらに次のような率直な記述をしている。

…しかしこのシナリオは単なる野心的なシナリオだ。現状においては炭素価格の欠如、原子炉建設の遅延、既存の原子炉群が直面している様々な問題、再エネ補助金との価格競争等の理由で、原子力は脱炭素技術としてのポテンシャルを実現する位置にいない…. (同レポートP10)

さらに、小型モジュール炉や第4世代原子炉等の取り組みも進展しているが2050年以前にこれらが電力の脱炭素化に貢献できるという予定を立てることはできないと明言している(同レポートP10)。原子力は過去50年間に及ぶ開発の結果、今や成熟した技術であるが、これが各国で拡大するためには政府の明確で恒常的な支持が不可欠だとも論じている。

このNEA文書は原子炉の建設上の問題として着工件数の低下をあげている。2℃実現シナリオでは現在の390GWの設備容量を2050年930GWとする必要があるが、これを実現するためには2010年代で毎年12GWずつ、2020年代には毎年20GWずつ容量を増やしていく必要がある。しかし、現状では2010年以降年平均3-5GWしか増加していない(同レポートP10)として、この調子では原子力が有益な貢献をする体制になっていないとほのめかしている。

その理由として、この分析では再三にわたり、資本調達の困難さ、原子炉の複雑系技術を使いこなせる技術や人的資源の枯渇、高い固定資本を回収する長期安定的料金体系の存在が不可欠で、電力市場の自由化に伴いこれらの困難が倍加すると論じている。さらに、原子炉建設における資機材のサプライチェーンの確立やエンジニアリングコードの統一化、品質管理基準の完全化等を早くやらなければ原子力への信頼を低下させ、競争力が弱体化すると警鐘を鳴らしている。今後は原発未経験国が増えるが、国内の諸制度、規制当局の独立や軍用転換の防止などで強力な制度の設計が不可欠だと論じている。

なお、この分析は原子力発電がCO2をどれだけ排出しているのかの論争について客観的で冷静な評価を下している。原発はそのライフサイクル全部を対象としたら、発電量当たりのCO2排出量は風力と同じ程度だと結論している(同レポートP5)。原発は優等生ではないということなのだ。

Fig.3
電源種別の直接・間接GHG排出量(出典:IEA/NEA 2015)

結論として:定性的議論に過ぎない…

このIEA/NEA文書は原子力が抱えている可能性と問題点を客観的に捉えようとしている。その前提でいくつかの結論を引き出せるだろう。

第一にIEA・NEAの2℃シナリオにおける原子力の役割は基本的に定性的な議論だと見られる。数値に何らかの譲れない必然性があるというより、この規模で原子力を維持したいという原子力ステークホルダーの意見を反映しているように見える。上記の通り福島事故以降、予定数量を大幅に引き下げたことからしても、この数値は状況次第で変わる可変想定値と見るべきだ。どこかで次の事故が起きたり、再エネの急増などでさらに変更される可能性がある。

この文書は、この想定値ですら「野心的だ」と認め、実現までには数多くの試練と困難が横たわっていることを率直に認めている。特に資金調達の困難さと原子力由来電力に対する特別な電力価格政策が不可欠だという点が再三論じられている。また、原発を推進する場合、資金や技術などの他に、体制の問題が重要だと指摘している点も注目される。原子力発電の拡大を支える人的、制度的インフラの安定性、透明性や独立性等は非常に重要だ。

一方的な原発傾斜に警告している

また、この文書では2050年の時点での設備容量として原子力を17%としているが、再エネと水力で65%としている[2]。「再エネだけでは2℃実現は不可能だ」という点はハンセン博士らの強い主張であるが、IEA/NEAはこの主張を支持しているとは思われない。むしろ17%の原子力のシェアですら実現には困難を伴うと論じているのだ。ハンセン博士は競合する再エネの能力を過小評価する一方で原発の能力を過大評価しているようだ。実際多数の原発推進論の文献を見ても「再エネだけでは不可能」という点を説得的に論じているものは見当たらない。

また、小型モジュール炉や次世代原子炉に関しては、この文書が準備されていた2015年の段階では世界中で大々的に議論されていた。それを踏まえてこの分析が冷めた評価をしている点は注目される。また「原子力技術ロードマップ2015年版」では次のような将来展望を描いているが(同レポートP31)、当然ながら時間軸と導入規模は非常に漠然としている。温暖化対策としてどういう具体的な貢献ができるのかに回答は無さそうだ。

Fig.4
原子炉技術の進化(出典:IEA/NEA 2015)

パリ協定で決まった各国のGHG削減誓約(INDC)を見ても原発容量の拡大を主流的措置としている国は見当たらない。さらに、現状では大多数の微弱な炭素経済国はそもそも再エネで急速に脱炭素化する可能性があることを想定すると、原子力は非常に限定的な国の中で活用されて行くと見るべきだろう。

しかも、現に原子力をこれから増大すると見られている中国やインドなども、原子力を主流化するという国家政策はない。むしろ再エネ等を主流化する方が国家政策のようだ。中国については2030年までの原子力発電計画がその通り実行されても総電力の中での原発のシェアは5%を超えないとされている。要するに、原子力は脱炭素化の大きな図柄の一部でしかない。原子力は世界的には暫時増加するが限界的な存在の域を出ないだろう。

Fig.5
2015年、中国が自然エネルギー投資の多くを占める(出典:Bloomberg New Energy Finance)

問題はこれで終わらない。原子力エネルギーに関する世界的権威であるリチャード・レスターMIT教授は、最近の論文で「原子力は温暖化防止に不可欠だ。しかし、コスト、建設期間と安全面で進展がなければ有為な役割を果たすことはできない」と述べている。

上記の通り、IEA/NEAは福島事故を契機に原発の導入予測を大幅に引き下げた。今後、原子炉の数の増加に伴い、事故の頻度も増える。IEA/NEAの現在の想定では世界で1,000基近く、中国1国では300基近くの原発が稼働する計算だ。いったん事故が起きれば原子力への信頼は世界的に毀損される。原子力で温暖化を抑えようとする時の基本的矛盾だ。原発事故での死者は他のリスクより少ないなどという種類の議論が内外で行われているが、いったん事故が起きれば世界に対する説得力はゼロになるだろう。レスター教授のいう通り、「安全確保」という不安定要素が原子力の将来に陰を落としている。

マクロ経済的にも原子力発電は疑問符がつく。今回のIEA/NEA文書は原子力発電が事業として成り立っていくためには長期にわたり価格支持政策が必要だと論じている。もちろん、従来から知られていた点だ。英国のヒンクリーポイントの原発建設計画では、合意当時ですら英国政府はEDFに対して35年間92.5ポンド/MWhの買取価格を保証したが、これは卸売市場価格の2倍だった。その後、市場価格はさらに下落して34ポンド/MWhになっているので英国政府は現行の市場価格の3倍近い額で買い取りすることになる。英国の例は「原発は安価だ」という議論を真っ向から否定するものだ。この卑近な例からも明らかな通り、長期に渡り価格支持政策をとり続けるという硬直性はどっちに転んでも効率を害する。

結論としては、「原子力が温暖化を防止するカギだ」という議論は続くだろうが、実際の政策指針としてグローバル化することはないだろう。原発を運営するに当たって対応しなければならない膨大な困難に鑑みれば、原子力は温暖化防止の戦列に並んではいるが、実は信頼性が乏しい脆弱な戦力だということになるだろう。

[1] 化石燃料の燃焼が温暖化という世界の厚生へのマイナスを引き起こすので、化石燃料自体の値段の他にそのマイナス分の値段を追加的に賦課するべきだという考え方。こうして化石燃料の燃焼に価格が付くと原発由来の電気の値段が相対的に安価になるという思考。

[2] 残余の18%分はCCS技術付きの化石燃料由来の電力等が想定されている。

WEBRONZA

オリジナル掲載:WEBRONZA「原発は温暖化防止に不可欠か?」(2016年2月1日)

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