温暖化とエネルギー転換

トランプ氏は何をしようとするのか?
2016年7月1日

化石燃料を増産し、環境規制をやめる。そしてパリ協定をキャンセルする。これがトランプ氏が5月26日ノースダコタ州で発表したエネルギー政策の核心だ。彼が大統領になれば問題は深刻だ。米国の主要論調[1]をもとに整理してみる。

トランプ氏は何を論じたのか?

この演説で最も強調された点は米国のエネルギーの完全な自給自足(Energy independence)であった。英語では次のように言っている:

Under my presidency, we’ll accomplish a complete American energy independence. Complete.(「完全な」と二度も言ってダメ押し)

エネルギーの完全な自給自足のため、米国は国内で化石燃料を大増産し、中東などへの依存を断ち切り、石炭産業を再興させ、石炭は安価になり必ずカムバックすると、トランプ氏は述べた。キーストンXL原油パイプライン建設を支持し、洋上や北極海域、国内の公有地での石油等の掘削を推進する。オバマ政権の中心的エネルギー転換政策であるクリーン・パワー計画(CPP)は廃止する。およそこういう議論だ。

もう一つの大きなポイントは連邦政府の規制に対する強い敵意だ。政府は勝者・敗者を決めるなと強調し、連邦環境保護庁(EPA)によるエネルギーや環境への規制に強く反対する姿勢を打ち出した。再エネの存在は認めるが補助金を出しているので高価だと論じている。また環境活動家が極端な法令を作ることを許さない。すべからくエネルギー政策はアメリカの労働者にとって利益かどうかを基準に決めて行くと述べた。

国際的に最も深刻な点はパリ協定を就任100日以内に「キャンセルする」としている点だ。同氏は、従来、温暖化は「人を騙すための作り話(hoax)」だといってきた。中国の作り話だといったこともある。今回はこの用語は使わなかったが、気候変動問題は国際官僚に支配されているので、アメリカのエネルギー政策を彼らに支配されることには絶対に反対すると述べた。また、パリ協定に基づく気候変動基金への拠出はしないとも述べた。

直ちに批判や反論が巻き起こっている

米国国内では反発が広がっている。有力な環境保護団体であるシエラ・クラブは演説全体を「完全な戯言」だと切り捨てた。これが実行されたら取り返しのつかない大惨事になると述べた。

エネルギー問題の専門家たちは、まず、米国のエネルギー自給自足などそもそもあり得ないと論じている。シェールガスや石油生産が全盛であった時点でも米国は需要の半分を輸入していた。それに石炭を再興する等はあり得ない。石炭はガスや再エネの価格低落によって競争力を失った。石炭への環境規制を廃止してもカムバックするはずがない。それに世界の原油価格は低下している。こんな時に増産すれば原油価格はさらに低下し、エネルギー産業の雇用はさらに減るだろう。本来なら需要管理を進めるべき時に生産拡大をやろうとするのはモノごとを知らない人間のすることだ…。およそこういう批判である。

さらに、これは共和党の古びたエネルギー政策の焼き直しであり、トランプ支持を表明していない石油大資本に媚を売ったものだとも評されている。民主党の資金提供者であるトム・ステイヤー氏は「これは大資本へのラブレターだ。米国のエネルギー転換を阻止し、国民の健康を害し、地球環境を破壊するだけだ」と酷評している。

トランプ氏の間違った孤立主義

トランプ氏が温暖化問題やエネルギー転換などへの認識がほとんどないことは誰の目にも明らかだ。温暖化の危機には全く言及がない。ましてや国内のエネルギー転換等という概念は同氏の頭の中には全く無いらしい。

化石燃料を増産して米国の成長を図るというが、はっきり言って判断ミスだ。エネルギー転換で新しい成長を指向している世界中の動きとは懸け離れている。それに、米国がパリ協定をキャンセルしたら、それは地球環境を破壊し、米国の国際的指導性を一気に毀損するトンデモナイ自傷行為だ。

この演説は他の類例と同じく、トランプ氏という人間のビジョンや能力や器量に大きな疑問を投げ掛けるものだ。大事業を成し遂げた偉大なビジネスマンと自称し、「アメリカ再興」を最大のテーマとしている人物にしては判断と戦略の両面で大きな間違いをしている。しかもこれは共和党のエネルギー専門家グループが同氏に教え込みながら作り上げたものだ。この期に及んでも共和党とトランプ氏は、温暖化防止という人類的挑戦に、米国だけの利害を判断基準にすると公言した。この視野狭窄性には驚くばかりだ。アメリカの石油大資本はこの視野狭窄性に乗っかって行って損をしないのか?… 疑問が湧く。

WEBRONZA

オリジナル掲載:WEBRONZA「トランプ氏は何をしようとするのか?温暖化とエネルギー転換のトンデモ政策」(2016年6月7日)

[1] 参照した主な記事は以下の通り。

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元外務省欧亜局長。1999年OECD大使時代より気候変動問題に関与し、2005年より気候変動担当大使、元内閣官房参与などを歴任。一貫して国連気候変動交渉と地球環境問題に関係してきた。現在は日本国際問題研究所客員研究員。

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