世界のエネルギー転換を図る米中

2015年11月16日

去る9月、習近平主席の訪米の際、米中は共通するビジョンで温暖化防止に協力すると宣言した。そのこと自体、地球環境保護の点で大きな進展だが、エネルギー転換に乗り出した中国は米国にとって巨大市場。米国はそういう認識で中国を取り込んだのだ。習近平主席の訪米を否定的に見る論調が日本では少なくないが、実は日本が見逃せない図柄が浮かび上がる。9月25日に発表された両首脳の共同声明からいくつかの印象深い項目を拾ってみる。

「脱炭素」への共通のビジョン

まず、両国は2℃を志向する「パリ合意」の実現に向けて協力すると宣言している(共同声明の第2項と第6項)。さらに注目すべきことは両国が「世界経済の低炭素化」に向けて世界を変えると宣言したことだ。世界経済を今世紀中に脱炭素化(decarbonization)する目標は今年6月のG7サミットが決めた。今回、中国は「脱炭素化」という用語は使わなかったが今世紀中に世界経済を低炭素化することに同意した。

両国は2℃実現へのエネルギー転換に向けた2050年戦略を確立する必要性も認めた。第6項全体を読めば中国がG7サミットと同じ観念でいることが分かる。中国が脱炭素を指向していることは重要だ。最終目的が決まってこそ有効な政策が打てる。周知のとおり中国では大気の浄化、気候変動防止、エネルギー転換は中国の成長戦略の一部になっている。

世界の大きな問題を解決するには大きな構想と目的意識が必要だ。温暖化防止という問題はその最先端に位置する。中国は大きな構想で対応しようとしている。それは最大排出国になった中国としては当然だといえる。しかし、長い過去の交渉の歴史を知る者にとっては大きな展開だ。旧来思考では済まない時代になっていることを示している。

資金提供者としての中国の出現

中国は途上国支援として31億ドルの資金協力を発表した。これは米国の30億ドルと同じ規模だ。米国議会は保守派が抵抗したため、30億ドルの内5億ドルを凍結している。中国の発表は米国議会の保守派に対するメッセージとして重要だ。中国が不熱心だからという「口実」は使えなくなる。それから2020年に1000億ドルの資金提供という先進国の誓約にも影響がある。中国が資金提供者となるのはもはや当然だが、先進国の行動にも圧力がかかる。今までなかった新しいダイナミズムが生まれてきた。

さらに、中国はこの資金で自国の再エネ技術の海外移転を拡大するだろう。アジア・インフラ銀行などの融資にも関係するだろう。2国間信用による日本の技術移転政策にも影響が出るだろう。

炭素価格支持国としての中国の出現

今回、中国はキャップ・アンド・トレード(C&T)による全国的な排出権取引制度を2017年より開始すると発表した(共同声明第12項)。電力、鉄鋼、建材、セメント、紙、非鉄等をカバーし、中国の炭素排出の約半分を対象とする。理屈上は炭素に価格がつくとより費用効果的な削減が可能になり、その限度で中国は国別排出削減量を、そうでない場合より野心的にすることができる。だから、そのこと自体は中国にとって「得になる」重要な政策展開だ。

国際的にも意味がある。現在、排出権取引は世界で40か国、23地域で実現している。中国の参加でこの国際的な動きに弾みがつく。各国の制度をリンクしてより効率的に2℃を達成するという進行中の作業にも貢献するだろう。

さらに米国に対しても大きなメッセージになるだろう。周知のとおり、米国の新しいエネルギー政策であるクリーン電力計画(CPP)においても各州に対してC&Tの採用が奨励されている。米国議会では保守党がこの種の市場政策に反対している為、連邦レベルでは導入は挫折した。今回、事もあろうに中国が米国の首都でこの市場政策を発表したことのメッセージ性は大きい。

もちろん中国の統計とかガバナンスの不備とかで問題点を指摘出来る。でも下記の通り、中国当局は多数の米国・欧州の専門家集団と綿密な共同作業をしている。次第に侮りがたい仕組みになる可能性がある。

非効率技術に融資しない中国

今回、中国は高い汚染性と炭素排出を伴う内外のプロジェクトへの公的融資は厳格に管理すると述べた(共同声明第16項)。これは米国がすでに通常の石炭火力への公的融資を止めたことに関連して述べられている。米国が石炭への融資を自主制限しても中国は輸出するだろうから市場を奪われるだけだという議論が米国内にはあった。その点で石炭火力を制限しようとするオバマ政権のCPP推進に貢献するだろう。

さらに国際的な波及もありそうだ。要するに、中国も石炭火力の輸出に一定の制限を加えるつもりなのだ。米国と共に石炭火力の拡大に反対してきた世界銀行などはこの中国の政策を歓迎している。

一方で、周知のとおり、日本は高効率石炭火力発電装置の輸出信用の制限に反対している。日本は「日本の石炭火力発電は超高効率だし、日本が輸出しなければ中国が輸出する」と主張してきた。しかし、上記の文言の意味次第だが今後日本は困難な状況に追い込まれる可能性がある[1]

エネルギー転換する中国は巨大市場:地方レベルの米中協力

共同声明の第14項は両国の州や県や市にまたがる協力の強化をうたっている。今回の両国首脳会議の直前に開かれた両国の地方自治体の協力会議(US-China Climate Leaders Summit)では、中国の地方自治体が脱炭素に向けて行動する結果、全体で12ギガトン程度の削減が出来ることを確認した[2]。ここでの合意文書では、多くの自治体が「脱炭素化する」と約束している。

重要な点は中国がこの地方自治体の努力を糾合して、2030年に予定されている中国の排出ピークを前倒ししようとしている点だ。すでに2030年のピークは早まるという評価があるがこれはそれを裏付けようとするものだ。上記合意文書は米国と中国の主要都市がどれだけ脱炭素を実現しようとしているかを詳細に記述している。

米国が中国の県や地方都市と関係を強化しようとしていることは注目に値する。欧州も同じことを狙っている。なぜか?中国のような大国のエネルギー転換は文句なしに巨大ビジネスになるからだ。一例だが、中国の地方のエネルギー転換やエネルギー効率の拡大に関して、米国はソフトとハードの両面で一括受注を目指している。水事業の地域包括受注と永続的運営に似た図式で大きなビジネスの機会があると見ている。これはオバマ政権にとっても重要だ。議会の保守派は温暖化防止と再エネへのエネルギー転換は米国の成長と雇用への足枷だと主張してきた。オバマ政権は中国を抱き込むことで米国の成長と雇用に大きなプラスになることを示そうとしているのだ。

すでに両国間で官民、地方政府、学術、ビジネス等あらゆるレベルで広範な協力が進行中だ。米国や欧州の学術機関、科学技術推進機関、専門家集団等は中国のカウンターパートと共同作業を推進している。温暖化・エネルギー関係の世界的なNGOは、ほぼすべて中国に事務所を持ち、内外の多数のスタッフが活動している。欧米の有力大学も中国の有力大学と協定を結び、人員と資金を提供し、共同研究や交流を進めている。MITと清華大学の共同プロジェクト等はほんの一例だ。

中国の大都市で行われているC&Tは欧州と米国と中国の専門家の共同作業の結果だといっても過言でない。米国と中国ではChinaFAQsのUnited States-China Cooperation、EUと中国ではRenato Roldao氏のレポート等を見れば中国が米国や欧州とどれ程綿密に共同作業をしているかが鳥瞰できる。日中間でも同じような協力が進行中だ。本気でエネルギー転換を図ろうとする中国とその大きなポテンシャルを巡って、先進国間での競争は熾烈になるに違いない。

パリでの交渉へのインパクト

中国の内実やガバナンスの問題、統計の杜撰さ等、今後に向けて課題は多い。しかし、中国と米国がこのような協力の精神を具体策で裏打ちしていることは過去を知るすべての者にとって印象的だ。温暖化防止交渉に新しいダイナミズムを与えるものだ。もちろん、中国が直ぐに協調的になるとは思えない。途上国の盟主としての立場は維持していくだろう。しかし、その盟主が以前よりも前向きになったことは他の途上国にも刺激を与えるだろう。

その結果、温暖化防止の国際的作業に消極的な勢力は、従来の中国の否定的姿勢に「言い訳」を見出すことはできなくなるだろう。そういう点でこの米中合意は重要だ。もちろん、最大排出国が責任ある行動に出るのは当然だ。もっと早くから、そうすべきだった。でもそれが始まったらその他の国も行動しなければならない。日本はいつも「全員参加」を主張して前向きな行動を手控えてきたが、行動する時がきた。

オバマ政権は単に「遺産形成」に必死なだけだと見るのは危険だ。米国議会の保守派の執拗な反対を迂回して各州に炭素市場を実現するように画策し、温暖化対策のコスト効率化を図り、中国を抱き込み、中国大陸のエネルギー転換に深く関与して巨大なビジネス・チャンスをアメリカに齎す可能性がある。そしてパリ合意の実現に必死だ。遺産形成だったとしても立派な遺産だというべきだろう。

本当に国別削減方式で良いのか?成功する制度設計とは?

ところで、パリの合意では国別目標案(INDC, Intended Nationally Determined Contributions)を合計しても2℃実現は確保されないと予測されている。そのため、パリ合意以降、国別削減量の深堀に向けて交渉が継続することになっている。この点があるので、パリで国別目標案の合計が2℃に到達しなくても失敗とは非難されないだろう。しかし、国別削減方式が本当に温暖化から人類と地球を救い出す正しい制度なのか?疑問が湧く。

何が問題なのか?この国別削減方式では、どの政府も地球全体で必要とされる総削減量とは関係なく、とにかく自国の削減負担を低くしようとする。それは結局、他国の負担を大きくしようとするダイナミズムを生む。そうすると結局、合計の総削減量は低位に収斂する。紛れもなく、自国の負担を少なくすることが国別削減のゲームでは「国益」なのだ。そして「国益を守れ」が交渉に臨む第一戦略になる。国益を損なっても地球益(温暖化防止)を守ろうとする政府は存在しない。このように国別削減のゲームでは、そもそも構造的に各国政府は地球益より国益を重視するようなっているのだ。

しかし、新しい事態が生まれている。再エネの価格破壊の結果、160ヶ国近くの微細な炭素経済の国は早晩エネルギーのクリーン化が実現すると予測できる。残る35ヶ国あまりが全球排出量の90%以上を占めているが、これらの国が化石燃料を燃焼し続けることになる。これらの国が、科学が示唆する期限内にクリーン・エネルギーに転換できれば2℃目標は実現することになる。そういう大きな展望の下で、どういう世界制度を構築するべきか?日本はそこを考える必要がある。

参考

[1] Reuters “China ‘highly polluting project’ decision to spur coal subsidy talks” Sep 30, 2015.
[2] White House “Fact Sheet: U.S. – China Climate Leaders Summit” September 15, 2015.

WEBRONZA

 

 

オリジナル掲載:WEBRONZA「世界のエネルギー転換を図る米中」(2015年10月8日)および「続・世界のエネルギー転換を図る米中」(2015年10月9日)

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