ドイツの風力発電立地ルールをめぐる交渉

2020年3月12日

ドイツの2030年までのエネルギー・気候目標では風力発電が重要な役割を果たすことが見込まれています。一方、陸上での立地ルールが厳格化されることで期待する導入量が確保できず、目標が達成できなくなる可能性も予見されています。クリーンエナジーワイヤーによる解説記事から厳格化保留にいたるまでのプロセスを見ていきましょう。

※ この記事は、Clean Energy Wire “German industry warns government’s strict wind power rules threaten climate targets” by Benjamin Wehrmann and Julian Wettengel, Nov 13, 2019. “Design of Germany’s wind power distance rules undecided as opposition to policy grows” by Benjamin Wehrmann Nov 20, 2019 の翻訳を元に構成しています。


提案された最小離隔距離ルールは、住宅エリアから少なくとも1,000m離す必要があると規定される|写真:CLEW

ドイツ政府による陸上風力発電の立地離隔距離ルールを厳しくしようとする計画は、国の気候目標を脅かすことになると、産業界・経済団体・環境NGOが強く警告しています。彼らによれば、もっとも近い住宅エリアからの最小距離を厳しくすることで、利用可能な土地が大幅に減り、国内の風力発電の導入拡大が危機に曝され、2030年までのエネルギー・気候目標は達成できなくなるとのことです。

ドイツの産業団体および環境団体は、陸上風力発電の最小離隔距離に関するルールを厳格化する政府の計画を批判しています。クリーンエナジーワイヤーが入手した共同声明では、明らかに2030年までの国のエネルギー・気候目標を達成できなくなるにもかかわらず、政府が住宅からの最小離隔距離を1,000mにすることに固執することは「理解不可能である」と、代表的な産業団体のBDI、労働組合同盟のDGB、風力発電産業協会のBWEなどが述べています。これらの団体は「計画されている陸上風力発電への制約は、エネルギー・気候にかかわるすべての目標の実現可能性に疑問符をなげかけることになります」と述べる一方、環境団体のWWFは、この離隔距離ルールがドイツの陸上風力発電に「致命的な打撃」を加えることになると警鐘を鳴らしています。

政府は国内の電力消費に占める自然エネルギーの割合を現在の約40%から、2030年までに65%へと増やすことを計画しており、目標達成において陸上風力発電がもっとも重要な役割を果たすと見られています。自然エネルギーの割合をさらに高めていくことは、国の排出削減目標を達成する上でも必要条件であり、この先10年で原子力と石炭の発電所を段階的に廃止していく上での前提にもなります。ドイツ航空局による離隔距離要件に関する規制課題と、陸上風力発電の導入に反対する市民運動や環境団体による多くの訴訟によって、2019年の陸上風力発電の拡大はすでに過去20年でもっとも低いレベルまで落ちています。

議論されている立法パッケージは石炭からの脱却に焦点が当てられているものの、同時に論争の的となる最小離隔距離のルールも含まれています。経済エネルギー大臣ペーター・アルトマイヤー氏によってとりまとめられ、他の大臣たちとの調整にかけられています。草案は、住宅エリアの構成要件が幅広く定義されていることが批判されており、それはごく小さな家屋の集まり(village-like structures)にも最小離隔距離が適用されてしまうことを意味しています。

ロビー団体たちは、厳しい離隔距離ルールが「ドイツの風力発電の拡大を長期にわたって妨げ、停滞させることになるだろう」と述べています。また、彼らは、ドイツのエネルギー転換を進めようとするすべての努力が、このルールによって損なわれるだろうと述べています。WWFの気候エネルギー政策のリーダーであるミヒャエル・シェーファー氏は、もし草案が変更されることなく実施されるのであれば、その法律は石炭火力を減らし、終了させるだけでなく、陸上風力発電の拡大も減らし、終了させるものとなるだろうと述べています。

出典:ドイツ WindGuard

環境大臣は「拡大目標の達成を危険にさらす何事にも」与しないことを誓約

連邦環境庁(UBA)は、最小離隔距離を1,000mにすることで風力発電に利用できる土地は20〜50%減ることになり、発電設備のポテンシャルは80GWから40〜60GWへと減ることになるという警鐘を2019年の早い段階で出しています。これは、気候目標を達成する上での「風力発電の十分な拡大がほぼ不可能になる」ことを意味すると、UBAは述べています。

経済大臣は、この立法パッケージを他の大臣との調整にかけています。大臣のスポースクパーソンは「現在、この法案が内閣に提出されるかどうかは、政府の他の大臣たちの早急な法案検証にかかっており、この段階での全体的な経済の重要性に鑑みれば、党内の戦術ゲームは避けるべきです」と大臣のスポースクパーソンは述べます。風力発電の離隔距離ルールと石炭火力発電の終了に関する草案に加え、脱石炭法案パッケージには電熱併給法(CHP)、再生可能エネルギー法(EEG)、連邦自然保護法の修正案も含まれています。

特に環境大臣スヴェニヤ・シュルツ氏(SPD)は、他の草案の条項と同様に最小離隔距離ルールに対して批判的です。国務長官ヨッヘン・フラスバート氏がtaz誌述べているように、環境省は「拡大目標の達成を危険にさらす何事にも与しない」つもりであり、草案はあくまでもの交渉の手始めにすぎないとしています。

これらのコメントは、生物と自然保護の法律にかかわる問題を引用しつつ、風力発電の拡大が遅れている点について、経済大臣アルトマイヤー氏が環境省を批難した後に出されました。

環境省のスポースクパーソンは「経済省は風力発電の本当の問題から目をそらすべきではなく、風力発電の劇的な導入停滞は実際には自然保護とは関係ありません。本当のボトルネックは、土地の利用可能性と不透明な枠組み条件に対する受容性にあります。」と述べています。

ドイツのメディアは、当初予定されていた翌週までの草案合意の可能性はますます低くなっていると報道しています。

無煙炭からの離脱 – 強制力なき停止

脱石炭法の核心には、ドイツで石炭を使った電力生産を段階的に減らし、終了させるための詳細が書かれています。この法案は、2019年のはじめに出された脱石炭委員会の勧告に従ったものであり、国内の電力市場で将来的にどの程度石炭火力発電の設備が残るのかを述べています。

これまでのところ、法案の文章では無煙炭(hard coal)に焦点が当てられています。2018年に最後の炭鉱が閉鎖されたため、ドイツは無煙炭を100%輸入しなければならない状況です。発電設備の削減は、連邦ネットワーク庁(BNetzA)が2026年までにおこなう入札によって実施されます。これらの入札では、石炭火力発電所の運営者が閉鎖する設備と閉鎖に必要となる資金の量を入札することができます。最初の入札は2020年の中ごろに4GWで計画されています。

褐炭はドイツ国内の3つの地域で採掘されているため、既存の無煙炭よりも深刻な経済構造の転換をともないます。そのため、褐炭からの段階的離脱に関する条項については、いまのところ空欄となっています。

ドイツ中部チューリンゲンの風力発電(写真:BWE)

風力発電の立地に関する最小離隔距離ルールについて、産業団体および環境団体による集中的な批判を受け、経済大臣ペーター・アルトマイヤー氏は、このルールがどのように実行されるか、政府はまだ最終的な決定を下していないと述べています。エネルギー転換にかかわるすべての人々が参加する必要があり、風力発電の拡大に反対する市民も考慮しなければならないと、大臣は主張しています。しかし、メディアの報道によれば、経済省内部にも風力発電に反対する動きがあるようです。連邦環境庁は、計画されている最小離隔距離ルールによって風力発電の拡大が停滞に抑え込まれると述べています。

経済エネルギー大臣ペーター・アルトマイヤー氏は、全国放送のラジオ局 Deutschlandfunk でのインタビューで、陸上風力発電の住宅エリアからの最小離隔距離を1,000mにするという新しいルールの詳細について、政府はまだ決定に至っていないと述べました。政府提案に対する産業団体、労働組合、環境NGOなどの激しい批判に応えるかたちで「私たちは5件の集落の話をしているのか、10件なのか、7件なのか、12件なのか? まだ決定したわけではありません」と述べています。

風力発電の規制についての正確な定義は脱石炭法案パッケージの草案に含まれており、ここでの「ごく小さな家屋の集まり(village-like structure)」を何件の家屋とするかによって、風力発電に利用することができる土地の広さが決まることになります。

新しい調査研究にもとづいて、連邦環境庁は、最小離隔距離ルールが導入された場合、風力発電の拡大を危機にさらし、停滞が生じるとしています。「2030年までに67〜71GWの陸上風力発電を導入するという政府の目標は、理論的には現行の指定エリアでのみ達成可能である」と環境庁は述べます。これらのエリアでの導入拡大には、動植物の保護種や航空制御、特に不十分な風況による経済効率の欠如など、「かなりの不確実性をともなう」と調査研究では述べられています。2030年までに電力消費に占める自然エネルギーの割合を65%にするという目標を確実に達成しようとするならば、ドイツは、より少ない土地ではなく、もっと多くの土地が必要であると環境庁は述べます。

経済大臣は、2019年11月18日に風力発電業界の代表者に招かれ、陸上風力発電の急速な衰退について議論し、そこでの会話は非常に「ファクトにもとづいた」ものであったと述べました。彼は、政府提案が国内の陸上風力発電の状況を悪化させるという考えは否定しました。「まだ私たちが最小離隔距離について議論をする前から、彼らはすでに過去数年間にわたって取り組みはじめていました。」

ドイツのすべての住宅エリアから1,000mの最小離隔距離とした場合の風力発電への影響(左:州、右:地域)|出典:BMWi 2019、Fraunhofer IEE、Navigant

ドイツの低炭素エネルギーシステムにおいてもっとも重要な陸上風力発電の拡大は、過去20年で最低レベルまで下がっており、2017年の年間約1,800基に対して2019年の前半は86基でした。国内で計画されていた数千基の陸上風力発電プロジェクトは、現在、保留されており、もし製造の状況が改善されなければ、数万人の雇用に影響を与えると産業団体は警鐘を鳴らしています。

ドイツでもっとも重要な風車メーカーであるエネルコンの発表では、約3,000人の雇用が失われるとされており、風力発電の規制に対する政府の姿勢を明確にするよう、経済大臣にさらなるプレッシャーが加えられています。国内でもっとも重要な風力発電立地地域であるニーダーザクセン州の首相ステファン・ヴァイル氏(SPD)は、政策立案者がつくり出した「障害物コース」によって国内の風力発電産業全体がリスクにさらされていると述べています。同州では1,000mルールを実施しないと、彼は述べています

メディアは「エネルギー転換に反対する」CDUが経済省に対する影響力を強めていると報道

一方で、アルトマイヤー氏はいまや全国に広がる1,000件以上の市民による風力発電反対のイニシアティブに悩まされており、彼は反対がある中で自然エネルギーへの転換をたしかなものにしなければなりません。しかし、2018年に政府は最小離隔距離ルールを示さないことが市民の風力発電受容の増大へとつながると述べています。アルトマイヤー氏は、国の航空局と軍による法的介入の結果として生じている新規風車のライセンス問題について、電波コミュニケーション安全規制を緩和し、すべての州の法律を整理することで、その削減に取り組むと述べています。

風力発電をさらに抑制するアプローチの背後には、アルトマイヤー氏の経済省における新しいエネルギー政策課長のステファニー・フォン・アーレフェルド氏がいると、Tageszeitung紙でマルテ・クロイズフェルド氏が述べています。彼女は、以前、CDUのカーステン・リネマン氏のもとで働いており、リネマン氏はCDUの中でも影響力が強い経済派の首領を務め、数々のエネルギー転換政策を声高に批判してきました。経済省の情報筋によると、アーレフェルド氏はエネルギー政策の方向転換を目指し、「CDUによるエネルギー転換反対の先兵」として動いていると、クロイズフェルド氏は書いています。彼は、大規模な風力発電反対ロビーグループ Vernunftkraft の代表ニコライ・ジーグラー氏がデジタル化政策の補佐官として経済省で働いていることにも言及しています。記事によれば、最近、ジーグラー氏は省内でエネルギー政策に関する活動に集中しているようです。

一方、脱石炭政策を妨害するためにCDUの経済派がアーレフェルド氏を新しいエネルギー政策課長に据えるようにアルトマイヤー氏に「後押し」したと、ジェラルド・トラウフェッター氏とフランク・ドーメン氏がシュピーゲル誌でレポートしています。

市民エネルギー連合は、拡大阻止ではなく、資金面で人々を包摂することを要請

ドイツの自然エネルギー連盟(BEE)と全国市民エネルギー連合(BBEn)は、当初の建設許可を取得することなしに風力発電入札に参加することができる市民プロジェクトの権利を取り除くという新しい風力発電規制を歓迎しています。これが入札に深刻な遅れを生じさせており、風力発電停滞の一因となっています。「しかし、間違ったルールをひとつ止めるだけでは十分ではありません」と彼らは述べています。彼らは、将来の陸上風力発電の拡大における「本当の市民参加のためのメカニズム」を導入することを政府に要請しています。

BBEnのレネ・モノ氏は、最小離隔距離ルールは風力発電の受容に対する「煙幕」でしかなく、市民が資金面でプロジェクトにかかわる機会を増やすことが、人々の技術に対する受容をより高めると述べています。「政府はエネルギー転換についてもっと熱意をもたなければならないと思います」


上記のような議論を経て、風力発電の立地に関する最小離隔距離ルールを保留したまま、2020年1月29日に内閣は脱石炭法を決定しました。

2月25日時点でのシュピーゲル・オンラインによれば、その後、経済省は最小離隔距離ルールに関する新たな草案を作成しています。そこには1,000mを最小離隔距離ルールとして採用するかどうかは州が判断するという条項が加わり、すでにいくつかの州が1,000mルールを採用しないことを発表しています。

元記事:Clean Energy Wire “German industry warns government’s strict wind power rules threaten climate targets” by Benjamin Wehrmann and Julian Wettengel, Nov 13, 2019. “Design of Germany’s wind power distance rules undecided as opposition to policy grows” by Benjamin Wehrmann Nov 20, 2019. ライセンス:“Creative Commons Attribution 4.0 International Licence (CC BY 4.0)” ISEPによる翻訳

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