本連載では、これからの10年を「バッテリー・ディケイド」(蓄電池の10年)と呼び、EVを含む蓄電池とその周辺にある領域の歴史や技術、資源、地政学、市場などの幅広いトピックスを取り上げ、バッテリー・ディケイド時代に知るべき「新しい蓄電池の教養」を眺めながら解説してゆく。なお、本稿では特に明記しない場合、蓄電池(バッテリー)はリチウムイオンを指す。
世界的なEV化の波の中で、リチウムなどの蓄電池資源を巡る議論が活発だ。リサイクルの進展や国際的な研究を踏まえ、資源制約論の実態を検証する。
CATL会長「新規採掘不要」発言の衝撃
CATL創業者兼会長の曾毓群(Robin Zeng)は、2024年1月に開催された世界経済フォーラム年次総会(通称ダボス会議)において、「2042年には、中国は成熟したバッテリーリサイクル市場のおかげで、新たな鉱物資源を採掘する必要がなくなるだろう」と発言した1South China Morning Post (Jan.19, 2024) “World Economic Forum: CATL’s Robin Zeng calls for setting aside geopolitical tensions to address EV battery materials shortage.”。
曾氏は同年9月にも同様の趣旨の発言を繰り返しており、その際には、CATLの回収率(リチウム91%、ニッケル・コバルト・マンガン99.6%)が、国際エネルギー機関(IEA)が示す2023年時点の世界平均 ――リチウム20%、ニッケル・コバルト40%―― を大きく上回っていることを根拠として挙げている2上海界面财联社科技股份有限公司 (Sept.27, 2024) “宁德时代董事长曾毓群:2042年不再需要开采新的矿产资源”「寧徳時代の曾毓群董事長は、2042年には新たな鉱物資源の採掘が不要になると述べました。」 。リチウムイオン蓄電池製造業界における世界のトップリーダーらしい、意欲的な姿勢と発言といえるだろう。
米シンクタンクRMIも、現行のトレンドにおいては2030年代半ばにバージン鉱物の需要がピークを迎えるとし、さらにAcceleratedシナリオでは、2050年以前に鉱物需要のネットゼロが可能であることを示している。また、中国については、リサイクル主導により2042年に鉱物自立を達成すると明記している 3 RMI (July 2024), “The Battery Mineral Loop – The path from extraction to circularity.” 。
回収率に関しては、テスラとも関係の深いレッドウッド・マテリアルズ社も、すでに年間20GWh(2024年時点)のバッテリーリサイクルを行っており、リチウム、コバルト、ニッケル、銅、アルミニウム、グラファイトなどの主要な材料を95%以上回収可能であると報告している 4 Redwood Materials Battery Recycling Program. 。
トヨタ統合報告書に見るBEVへの消極姿勢
他方、トヨタの統合報告書2023年版5 TOYOTA統合報告書 / Annual Report アーカイブズには、TRI(Toyota Research Institute)CEOのギル・プラット博士による、前年(2023年1月)のダボス会議での講演が収録されており、バッテリー電気自動車(BEV)への早急な移行はリチウム資源の不足を招くとの警告が掲載されている。
同報告書によれば、リチウムの供給と需要の間にギャップが生じると指摘する報告を取り上げた上で、その供給不足を回避するためには、大容量の蓄電池を必要とするBEVだけでなく、小容量の蓄電池で済むプラグインハイブリッド車(PHEV)やハイブリッド車(HEV)などに分散させることが有効であり、これにより全体として二酸化炭素(CO₂)の排出削減が可能であるとして、自社の提唱する「マルチパスウェイ戦略」の妥当性を強調している。
蓄電池リサイクルに対しても、「これから取り組むが、10年ではリサイクル量は増えない」といった発言にとどまっており、懐疑的あるいは消極的な姿勢がうかがえる。これは、すでに高いリサイクル回収率を達成しているCATLやレッドウッド・マテリアルズ社と比べて、大きな隔たりがあると言える。
蓄電池資源制約論の検証
リチウムなど蓄電池の資源制約はあるのか、再検証してみよう。
米国地質調査所(USGS)によれば、地球規模でのリチウムの確認埋蔵量は2,800万トン、資源量は1億500万トンと推計されている。2023年のリチウム生産量が18万トンであることを踏まえると、量的な余裕は十分に大きいと言えるだろう6 USGS (2024), “Lithium”.。
その上で、急増する需要を満たせるかどうかは、採鉱・精製・リサイクルを含む供給能力にかかっている。IEAは、2035年時点で確定している鉱山プロジェクトだけではリチウム需要の50%しか賄えず、追加のプロジェクトを加えてもなお供給ギャップは解消されず、投資不足が最大のリスクであると指摘している7 IEA (2024), “Global Critical Minerals Outlook 2024”。
その他の研究機関やシンクタンクもほぼ同様の見通しを示している。
「2040 年までに世界のリチウム供給量をほぼ 4 倍にしないと需要を満たせない」— Benchmark Mineral Intelligence 8 Benchmark Mineral Intelligence (2025) “Benchmark modifies price assessment methodologies with regards to publication rights”
「今後10年以内に一次供給が赤字に転じる恐れ。2050 年ネットゼロを達成するには鉱山投資1兆ドルを要す」— Bloomberg NEF 9 Bloomberg NEF (2024), “Transition Metals Outlook 2024”
「2035 年までにリチウム・希土類元素(REEs)・銅などは依然不足。ただし開発期間が短いリチウムの資源は豊富で、開発スピード次第」— McKinsey 10 McKinsey (2024), “Global Materials Perspective 2024”
すなわち、資源制約は鉱山や精製能力への投資・開発のペースと、リサイクル回収量および回収率の向上・拡大のペース次第であることが分かる。
あらためて、リサイクルに注力するCATL会長のRobin Zeng氏やテスラ(レッドウッド・マテリアルズ社)の前向きな姿勢の重要性と、それに対して資源制約を「マルチパスウェイ戦略」の根拠に用いながらも、どこか他人事のような姿勢を見せるトヨタの姿勢との違いは大きい。
資源論におけるバッテリーEV車と化石燃料車との根源的な違い
ところで、資源論に関して、EVと化石燃料車とのもっとも重要かつ根源的な違いを理解しておく必要がある。それは、化石燃料車は膨大な量の石油をワンスルーで使い切るのに対して、EVの資源は一度採掘すれば、その大半はリサイクルできるという点である。この違いを図1は視覚的に表現している11 Transport and Environment (2024), “Batteries vs oil: A comparison of raw material needs”。
図1. EVと化石燃料車の資源的な違い

すなわち、BEV化は、エネルギーや気候危機対応に有効なだけでなく、資源論的にも有効な解決策なのである。
@energydemocracy.jp 🔋バッテリーの資源問題、どうなる?🌍CATL会長は「2042年には新しい鉱物はもういらない!」って言ってるけど、トヨタはまだ慎重派。リサイクル技術が未来を変えるかも!?♻️🚗#バッテリー #EV #リサイクル #未来予想 ♬ オリジナル楽曲 – Energy Democracy JP
- 1South China Morning Post (Jan.19, 2024) “World Economic Forum: CATL’s Robin Zeng calls for setting aside geopolitical tensions to address EV battery materials shortage.”
- 2上海界面财联社科技股份有限公司 (Sept.27, 2024) “宁德时代董事长曾毓群:2042年不再需要开采新的矿产资源”「寧徳時代の曾毓群董事長は、2042年には新たな鉱物資源の採掘が不要になると述べました。」
- 3RMI (July 2024), “The Battery Mineral Loop – The path from extraction to circularity.”
- 4
- 5
- 6USGS (2024), “Lithium”.
- 7IEA (2024), “Global Critical Minerals Outlook 2024”
- 8Benchmark Mineral Intelligence (2025) “Benchmark modifies price assessment methodologies with regards to publication rights”
- 9Bloomberg NEF (2024), “Transition Metals Outlook 2024”
- 10McKinsey (2024), “Global Materials Perspective 2024”
- 11Transport and Environment (2024), “Batteries vs oil: A comparison of raw material needs”