ラッペーンランタ工科大学のグローバルな100%再生可能エネルギーシステム研究

2019年6月11日

2019年4月、フィンランドのラッペーンランタ工科大学(Lappeenranta University of Technology、LUT)とドイツのエネルギー・ウォッチ・グループ(EWG)は、2050年までに世界全体が100%再生可能なエネルギーシステムへの移行が可能であり、コストも小さいことを示す研究成果を発表した[1]LUTは、数年前から100%再生可能なエネルギーシステムの研究を進めていた。今回の研究は、ドイツ連邦環境財団(DBU)による財政的支援によって行われている。

[1] Ram M., Bogdanov D., Aghahosseini A., Gulagi A., Oyewo A.S., Child M., Caldera U., Sadovskaia K., Farfan J., Barbosa LSNS., Fasihi M., Khalili S., Dalheimer B., Gruber G., Traber T., De Caluwe F., Fell H.-J., Breyer C. Global Energy System based on 100% Renewable Energy – Power, Heat, Transport and Desalination Sectors. Study by Lappeenranta University of Technology and Energy Watch Group, Lappeenranta, Berlin, March 2019.

以下にその概要を紹介し、日本に関する部分についてはWWFジャパン報告との比較を試みる。(以下では1ユーロ=125円で換算している)

主要な結論

    • グローバルな100%再生可能エネルギーシステムは現状のエネルギー供給よりも安価である
    • 2050年までに電力、熱、輸送部門における温室効果ガス(GHG)をゼロにすることが可能である

世界における現状の再生可能エネルギーのポテンシャルと技術により、1年間の各時刻についてエネルギー供給を行うことが可能である。サステナブルなエネルギーシステムは、化石燃料と原子力による現状のシステムよりも、効率が高くコストが小さい。グローバルな再生可能エネルギーシステムは、唯一のサステナブルなオプションであり、国際的な取り決めであるパリ協定に適合する。このエネルギーの移行は技術的実現性や経済性の問題ではなく、ひとつの政治的な意志であるとしている。

この研究は、全世界の9つの地域を145のサブ地域に分け、2015年から2050年まで5年ごとに、100%再生可能エネルギーへの移行をシミュレーション研究したものである。世界の人口は、2015年の72億人から、2050年には97億人になる。多くのエネルギー効率の向上があるが、最終エネルギー需要は、生活水準の高度化により毎年1.8%で増加する。

世界中で電化と分散化により効率が向上する

2050年には、主として熱と輸送部門の電化によって世界の発電量は2015年の4~5倍に達する。化石燃料が完全になくなり、残る燃料は電力ベースかバイオ燃料になるので、最終エネルギー消費は2015年の2/3に減少する。2050年には、一次エネルギーの90%を電力が占めるようになる。この高電力化シナリオでは、再生可能エネルギーの多くは、それぞれの地域での生産によって供給される。現状のシステムに比較すると、化石燃料の発電ロスがなくなるため非常に効率の高いものになる。

図1. 左図:ひとりあたり一次エネルギー(MWh/人)。電力(グリーン)が主要な供給源になり、化石燃料+原子力(黄土色)は2050年には消失する。/右図:一次エネルギー(TWh)、高電力化シナリオ(グリーン、本研究)は、現状の低電力シナリオ(ホワイト、現状)に比較して非常に効率の高いものになる。

太陽光(PV)と風力が移行を先導する

世界の2050年の一次エネルギー供給構成は、PV69%、風力18%、バイオマスと廃棄物6%、水力3%、地熱2%である。PVと風力は全電力の96%を占め、全エネルギーのおよそ88%になる。

以下の図中で2050年(右図)のPV(イエロー)、風力(ブルー)の割合を示している。

図2. 左図2015年と右図2050年の世界の一次エネルギー構成
    • 100%再生可能エネルギーは現状のエネルギーシステムよりわずかだが安い。2015年におよそ54ユーロ/MWh(7円/kWh)から2050年には53ユーロ/MWh(6.5円/kWh)に推移する。現状のエネルギーシステムの環境への悪影響を考慮すると、グローバルな100%再生可能エネルギーシステムはサステナブルでより安価なオプションと言える。
    • 2050年にゼロエミッションとなる主要な地域でのコストの低下は、中東とアフリカ(-31%)、北アメリカ(-22%)、南米(-34%)ヨーロッパ(-15%)である。電力の平準化コストは、2015年の78ユーロ/MWh(8円/kWh)から2050年には53ユーロ/MWh(6.6円/kWh)へと減少するが、熱の平準化コストは2015年の39ユーロ/MWh(4.9円/kWh)から2050年には49ユーロ/MWh(6.1円/kWh)へと増大する。
    • この移行は国家間のエネルギー依存性をなくし、エネルギーに関連する紛争を解決するのに役立つ。
    • 平準化コストは次第に資本コストが主要になり、移行期を通じて燃料コストが重要性を失ってゆく。これは再生可能エネルギーの主要なコストが初期設備費用であるためである。
    • エネルギー部門の投資は移行期に増加してゆき、主要な投資はPV、風力、バッテリー、合成燃料など各種の技術に広がる。
    • 1年間の輸送エネルギーコストは移行期を通じて減少し、2015年の2.09兆ユーロ(261兆円)から2050年の1.9兆ユーロ(238兆円)に減少する。旅客輸送コストについては乗用車で減少し、海運と航空の輸送コストは増大する。貨物輸送コストは貨物自動車で減少、鉄道と海運は変わらず、航空ではすこし増加する。
図3. 左図:平準化エネルギーコスト(ユーロ/MWh)青色はCAPEX(設備投資)、茶色は燃料コスト/右図:5年ごとの投資CAPEX 黄色系はPV、青色は風力を示す

世界全体のエネルギー起源のGHGは、各エネルギー部門について、2050年までにあるいはそれより早く、減少する

    • 1年間のエネルギー起源のGHGは、2015年の30ギガトンCO2から2050年にはゼロに減少する。2018年から2050年までの累積的GHGは422ギガトンCO2になる。2015年には、エネルギー起源のGHGはGHG合計の60%を占めている。
    • 100%再生可能エネルギーシステムは2050年には全世界で3,500万人の雇用を生み出し、PV産業は2,200万人以上の雇用を生み出す。バッテリー、バイオマス、水力、風力発電の雇用もこれに続く。
    • おおよそ2015年には石炭産業には900万人の雇用があるが、2050年にはゼロになり、1,500万人以上の再生可能エネルギーの新しい雇用がこれを補償する。
図4. 左図:部門別GHG排出量(MtCO2、緑:電力、赤:熱、青:輸送)/右図:2015~2050年の各エネルギー別の雇用の数(1,000人)

世界の再生可能エネルギーの発電と貯蔵は、効率を向上させエネルギー自給を促す

    • 2050年には再生可能エネルギーの発電の96%が太陽光と風力から供給される。多くはローカルな発電であり、システムの効率が高い。
    • エネルギー貯蔵は電力需要の23%、熱需要の26%になる。2050年にはバッテリーはもっとも有効な電力貯蔵技術となる。
図5. 左図:2015~2050年におけるエネルギー貯蔵によりカバーされる電力需要(TWh)/右図:2015~2050年におけるエネルギー貯蔵によりカバーされる熱需要(TWh)|(緑:電力貯蔵、赤:熱貯蔵)

日本の電力供給

下図は世界各地の主要な電力供給源を色別に示している。低緯度地域では黄色(PV)が、高緯度地域ではライトブルー(風力)が主要な供給源になっている。さらに寒い地域では合成燃料が主要な供給源になっている。

図6. 主要な発電源 黄色:PV、ライトブルー:風力、ブルー:水力、緑:合成燃料

日本は黄色の地域であり、PVが主要な役割を果たす地域になっている。日本は「北東アジア」の地域に、中国や韓国とともにまとめられている。報告本体と付属のエクセルデータファイルをみてみると、日本だけを取り出せる部分はそれほど多くない。その部分についての記述をみると以下のようになっている。

図7. 2050年の北東アジアの発電容量GW(左図)と発電量TWh(右図)

この図から、日本の数値を読みとることができる。日本は東西ふたつの部分に分かれてあつかわれており、発電容量と発電量が示されている。

    • 日本の東部:発電容量 693GW 発電量 1,094TWh(設備利用率を計算すると18.0%になる)
    • 日本の西部:発電容量 745GW 発電量 1,264TWh(設備利用率を計算すると19.4%になる)

なおWWFジャパン報告では、設備利用率はPV13%、風力28%であり、2050年に発電容量はPV440GW、風力105GWとしている。

このLUT研究では、日本の東西の合計は発電容量1,438GW、発電量2,358TWhである。この発電量は2050年の日本のエネルギー供給のおよそ90%であるとしている。2015年の日本の最終エネルギー需要は11,853PJ(電力換算で3,292TWh)であり、効率向上によって2050年にはおよそ30%のエネルギー需要の減少が見込まれていることになる。

太陽光と風力で発電した電力を、既存の電力用途だけでなく電気自動車などの輸送用エネルギーに供給する。さらに電力により水を電解して水素を生産して、これをバイオマスと反応させてメタンなどの合成燃料を生産する。これはPower to Gasと呼ばれる方法であり、電力を熱エネルギー需要に供給することを想定している。

図8. 2050年の東北アジアのPV(左図)と風力(右図)の発電容量

カラーから推定すると、2050年の日本の東西地域のPVの発電容量は、ライトグリーンの地域であり東西それぞれ約400GW、風力の発電容量は東西それぞれ約100GWである。

図9. 2050年の東北アジアの発電シェア、PV(左図)と風力(右図)の発電割合

図9は、各地域の発電シェアを色別に示している。カラーから推定すると、日本の東西地域のPVの発電シェアは黄土色でおよそ65~70%、風力の発電シェアはライトブルーでおよそ25~30%である。この割合はWWFジャパン報告(PV:風力の発電量の比=2:1)と似ている。

図10. 東北アジアの地域別電力貯蔵容量(左図)と年間電力貯蔵量(右図)
    • 日本の東部 電力貯蔵容量 806GWh、年間電力貯蔵量 245TWh
    • 日本の西部 電力貯蔵容量 787GWh、年間電力貯蔵量 218TWh

貯蔵技術は多くがバッテリーであるが、PHES:揚水発電とA-CAES:圧縮空気貯蔵 も含まれている。東西合計で電力貯蔵容量は1,593GWhになっている。多くの熱需要に電力ベースで供給するためである。

WWFジャパン報告との比較

このLUT研究とWWFジャパンの「100%自然エネルギーシナリオ」[2]について、2050年のエネルギー状況を比較するために以下の表を作成した。

[2] システム技術研究所(2017)「脱炭素社会に向けた長期シナリオ2017 – パリ協定時代の2050年日本社会像」WWFジャパン

表1. LUT研究とWWFジャパン報告の比較

2050年

LUT研究

WWFジャパン報告

LUT/WWFの比(倍)

エネルギー需要

2,600TWh (*)

1,721TWh

1.51

発電容量

1,438GW

889GW

1.62

発電量

2,358TWh

943TWh

2.5

太陽光

800~900GW (*)

445 GW

1.8~2.1

風力

200~300GW (*)

104GW

1.9~2.9

電力貯蔵容量

1,593GWh

560GWh

2.8

(*)LUT研究には明示されていないため推定した値

LUT研究の2050年のエネルギー需要は、WWFジャパン報告の1.5倍であり、2015年比で80%に人口が減少することは考慮されていないのかもしれない。再生可能エネルギーによる発電量は、WWFジャパン報告の2~2.5倍である。これは熱需要にも電力から合成燃料などに転換してエネルギー供給を行うためである。

日本の再生可能エネルギーのポテンシャルについての調査によると、太陽光700GW(NEDO報告、太陽光発電協会)、風力1,800GW(環境省の調査)の規模である。太陽光は太陽の光がくるところであればどこでも設置可能であるので、700GW以上の設置が可能と思われるが、2050年までに建設するには時間的な問題があるかもしれない。WWFジャパン報告では、熱需要などにバイオマスの利用を考慮しているが、LUT研究では、バイオマスの利用は小さく、太陽光と風力で発電した電力により水を電解して水素を生産して、これをバイオマスと反応させてメタンなどの燃料を生産する、Power to Gasを想定している。

まとめ

このLUT研究は、2050年には、世界のエネルギー供給を化石燃料や原子力なしで100%再生可能エネルギーによって行うことが可能であることを示している。その大きな要因は、太陽光(PV)と風力とバッテリーのコストが低下しており、化石燃料や原子力のコストに対抗できることである。世界全体がパリ協定のめざす温室効果ガスの排出を2050年にはゼロにすることが、経済的にも現実に可能であることを示している。

日本については、効率向上によってエネルギー需要が減少し、2050年には太陽光と風力でその90%を供給できるとしている。これは世界の多くの国々を一括して扱うために太陽光と風力に集中して試みたモデルである。

日本についてみると、太陽光については、かなりの発電規模が計上されているので、森林伐採などメガソーラーが惹き起こしている環境問題が懸念されるかもしれない。耕作放棄地、道路、建物の壁、自動車などに、環境に大きな影響を与えない太陽電池の設置方法や、景観上目立たない太陽光パネル技術などが重要になると思われる。また、日本には太陽光と風力だけでなく、バイオマス、地熱、水力、太陽熱など開発余地のある資源が多くあり、とくに太陽光と風力だけに大きく依存しなくてもよいと思われる。

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株式会社システム技術研究所 所長。1967年に日本で最初のコンピュータグラフィックス、1989年には電子ブックの開発を行った。エネルギー効率向上と100%自然エネルギーシナリオの研究を行っている。国立環境研究所「脱温暖化2050」アドバイザーなど政府の温暖化対策委員会委員をつとめる。IPCC第2次報告書作成に協力。著書は『エネルギー耕作型文明』(東洋経済)、『エネルギーのいま・未来』(岩波ジュニア新書)、『燃料電池』(ちくま新書)、『これからのエネルギー』(岩波ジュニア新書)など。

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