COP27:もし原発やウソの解決策に固執していなかったら

COP27レポート Part 3
2023年2月15日

Part 1Part 2 に続いて、エジプトのシャルム・エル・シェイクでの気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)の内容を紹介するとともに、日本の気候変動政策、外交政策、国民の気候変動問題に対する考え方などへの影響について考えてみたい。

グリーンウォッシュな西村大臣スピーチ

11月15日、COP27閣僚会合において日本の西村環境大臣は「1.5℃目標の達成が重要であり、日本は、パリ協定の1.5℃目標と整合した長期戦略及びNDCを既に策定しました。まだそうしていない国、とりわけ主要経済国に対し、更なる温室効果ガス排出削減を呼びかけます」と述べた。

この発言は、下記の理由でグリーンウォッシュである。

第一に、日本政府の「2030年GHG排出46%削減(2013年比)」という目標はグラスゴーの1.5℃目標にもパリの2℃目標にも整合していない。各国のNDC(排出削減数値目標)の評価を実施しているドイツの研究機関 Climate Action Tracker によると、「世界全体での費用最小」という先進国に有利な負担分担基準で考えた場合でも、1.5℃目標達成のために日本は2013年比で62%削減が必要であり、一人あたり排出量の差異などの「公平性」を考慮した場合には、日本は2030年までに2℃目標達成には約90%、1.5℃目標達成には約120%の削減がそれぞれ必要だとしている。

独シンクタンク Climate Action Tracker による1.5度目標に整合的な日本の2030年排出削減目標
独シンクタンク Climate Action Tracker による1.5度目標に整合的な日本の2030年排出削減目標

第二に、日本の第6次エネルギー基本計画では、2030年の電源構成として石炭火力19%、LNG火力20%、再エネ36〜38%を目標としている。しかし、政府機関である電力広域的運営推進機関(OCCTO)の「2022年度供給計画の取りまとめ」によれば、2031年度末の電源構成は石炭32%、LNG30%、石油2%、原子力6%、再エネ29%、電源種不明1%となる。すなわち現状では、「2030年GHG排出46%削減(2013年比)」も未達となる可能性が極めて高い。

冒頭の西村環境大臣発言は、わかっていて言ったのか、それともわからずに官僚にただ言わされたのかは、よくわからない。いずれにしても、問題であることは変わりがない。なぜなら、このような発言は、事実と全く異なるメッセージを国内外に発信すると同時に、「日本はこれから何もしないですよ」ということを宣言しているのと同じだからだ。

ウソの解決策

COP27では、「ウソの解決策(false solution)」もキーワードであった。これは具体的には、水素・アンモニアと石炭の混焼や炭素回収貯留(CCS)などを示している。理由は、これらの新技術は、コストが高く、技術的な課題が多く、CO2排出の大幅な早期削減につながらないばかりか、結果的により合理的な省エネ・再エネの導入を邪魔するからだ。日本政府による信仰にも近い新技術への固執は、結局、既存の火力発電維持という大手電力会社やメーカーの短期的な利益のためであり、実際に、水素・アンモニアの発電利用を積極的に進めている国はほぼ日本のみである。また、それに関わる日本企業の多くも政府からの補助金に頼っているのが実情だ。そのような将来性が不確実な技術に国民の電気代や税金が使われるのはとても合理的とは言えない。少なくとも優先順位が間違っている。

また、火力発電に伴うCCSは、20年ほど前から世界でも日本でも政府から多額の補助金を貰いながら多くのプロジェクトが動いている。しかし、それらはことごとく失敗しており、大型の商用レベルでのCCS火力発電で計画通りにうまく行っている例は世界に一つもない。

ちなみに、最近発表されたIPCC第6次評価報告書でも、水素やアンモニアの化石燃料と混焼しての発電燃料としての使用は経済合理的な選択肢としては議論されておらず、CCSも、再エネや省エネに比較して、高価で削減ポテンシャルは小さいと評価されている。

原発も気候変動対策を遅らせるだけ

同様に、原発も気候変動対策として極めて非合理的な選択肢であり、ウソの解決策だと言える。なぜならば、今、再エネの発電コストが急激に安くなっており、原発と再エネの発電コストの差は数倍もあるからだ。すなわち、同じ金額を再エネや省エネにかけた場合と比べて、原発新設によるCO2排出削減量は数分の1で、かつそれが実現されるのは10数年後だ。

原発の再稼働や運転延長の際の主なコストである運転コストも再エネの新設コストに比べて高くなりつつある。例えば、世界中の投資家が参照する米 Lazard 社による米国の発電コスト比較の最新版(2021年10月発表)では、再エネ(太陽光および風力)の初期投資を含めた総発電コストと原発の限界発電コスト(運転コストとほぼ同じと見做される)は、同じ程度か、あるいは再エネの総発電コストの方が安くなっている。また、国際エネルギー機関(IEA)の2020年の報告書 Sustainable Recovery でも、太陽光発電新設の方が原発運転延長よりも温室効果ガス排出削減コスト(USドル/トンCO2)が小さくなっている。

すなわち、原発新設の場合、メガソーラーの場合に比べて同じコストで19分の1しか削減できず、かつそれが実現するのは10数年後だ。原発運転延長でも、実現時期は大きく変わらないものの6分の1しか削減できない。言い換えれば、メガソーラーの場合、同じコストで、原発の運転延長に比べて早急に6倍の量、原発新設に比べて19倍の削減ができる。資金や必要な電力設備容量は限られており、早急になるべく多くの削減が必要とされる状況で、原発を選ぶのは非合理的でしかない。原発に公的資金が向けられるのはさらに問題である。原発が維持されることで、結果的に、まさに出力抑制などで再エネがクラウドアウトされる。

さらに、原発の場合は、事故リスク、核拡散リスク、攻撃対象となるリスク、放射性廃棄物の管理など固有のリスクや問題がある。

高すぎ、少なすぎ、遅すぎ、危険すぎ、不確実すぎ

すなわち、原発は気候変動対策としては、高すぎて、少なすぎて、遅すぎて、危険すぎて、不確実すぎるというのが多くの専門家の評価であり、限られた資金を原発に投資するというのは、実質的に気候変動対策を遅らせることになる。すなわち、合理性という意味で明らかに間違った選択だと言える。

それでも選択しようとしている国には別の目的がある。それらは、(1)大手電力会社の経営資産である原発や火力発電などの大規模発電所の維持、(2)1〜2兆円が必要とされる建設時に発生する利権、(3)原発推進による核兵器転用技術ポテンシャル維持、核兵器産業保護、原子力潜水艦の開発、などだ。3番目に関しては米国、フランス、英国などの核保有国では「常識」であり、例えば2020年12月8日に、マクロン仏大統領は仏東部にある原子炉メーカー・フラマトムの工場での「原子力の未来」と題したスピーチで、「原発なくして核兵器産業なし、核兵器産業なくして原発なし 」と話している。

原発には、ロシアの影もある。現在、世界において原発を建設しているのは主に中国とロシアの原発関連産業だ。稼働中の原発も、ウラン燃料は、ロシアとロシアの同盟国と言えるカザフスタンに大きく依存している。このことは、日本でも話題になったEUタクソノミー(気候変動対策に資する技術として原発と天然ガスをリストアップしたもの)にも影響している。このEUタクソノミーは、ロシアのフランスへのロビーイングのもと、タクソノミーに原発を入れたいフランスと天然ガスを入れたいドイツとの妥協の産物だと言える。実際には、策定の過程でEU加盟国の間で激しい議論があり、今でもいくつかの反原発の国と環境NGOは欧州司法裁判所などへの訴訟を計画している。

2022年5月、グリーンピース・フランスは、EUタクソノミーによってロシアが得る利益を、(1)天然ガスでは年間40億ユーロの追加収入(2030年までに合計320億ユーロ)、(2)原発ではロシア国営原子力会社ロスアトムの5,000億ユーロの売り上げ増加、と推定した。これらをもとに、侵略されたウクライナの活動家や政治家は、「EUタクソノミーはプーチンへの贈り物になる」として欧州議会メンバーに拒否を要請していた。

周知のように、現在、ロシアとウクライナとの戦争によって、エネルギーをめぐる地政学的状況が変化している。原発が攻撃対象となるリスクも増大した今、「EUタクソノミーは死んだ」と言うEU関係者は少なくない。

今、儲けているのは

「損失と被害」を先進国に求める途上国には、気候変動被害で苦しむ「現実」がある。一方、日本を含む先進国には、格差や分断が広がる中、多くの国民にとっては、とても途上国のことまで考えられないという「現実」もある。世界には、それぞれの矛盾あるいは相対立する「現実」があり、それは仕方がないことなのかもしれない。しかし、国際援助という意味では、90年代に比べて、日本の援助額はほぼ変わらないものの、米、英、ドイツ、フランスは援助額を大きく増やしている。それも「現実」である。

もう一つの「現実」は、今、世界で巨額の利益を得ているのは、兵器産業と化石燃料産業だという事実だ。海外だけでなく、日本の ENEOS などの化石燃料会社も過去最高益を上げており、値上げする側が未曾有の利益をあげるのは、やはりおかしい(それを可能にしている寡占状況や制度もおかしい)。実際に、COP27でバルバドスのモトリー首相は化石燃料会社の利益の1割に課税し支援に充てるよう提案し、「過去3カ月で2,000億ドル(約30兆円)の利益を上げた企業が、なぜ損失と被害に拠出できないのか」と怒りの声を発した。

もしエネルギー転換が進んでいたら…

歴史にもしは存在しないものの、もし福島第一原発事故後に日本政府の公約通りにエネルギー転換が進んでいたら、何が「現実」になっていたかを考えてみてほしい。

まず、年間約35兆円(2022年推計)のような巨額の国富が化石燃料輸入代としてロシア、中東の国々、化石燃料会社などに流出することはなく、そのお金が戦費や軍事費として使われることもなかった。逆に、省エネや再エネのような分散型電源の普及によって電気代などのエネルギー関連コストは安くなり、同時に大型電源喪失による停電リスクは減っていたはずだ。また、ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)などで農業経営は改善し、省エネ・再エネの国内投資による雇用創出とも相俟って、地方での良質な雇用が増えて過疎化の進展は抑制されていただろう。

さらに、石炭火力からの微小粒子状物質(PM2.5)などの大気汚染物質排出による年間千人単位の死亡者も発生しなかった。外国からの攻撃や事故で原発が破壊されて日本全体が壊滅するような不安の中で生きていくことを強いられることもなかった。わたしたちが過去の世代から受け継いだ美しい国土を、安心して将来世代に引き渡すことができた。

縦型の太陽光パネルを設置したソーラーシェアリング。朝と夕方に発電のピークがくるので調整電源としても活用できる|出典:Ryoeng社のプレスリリースから
縦型の太陽光パネルを設置したソーラーシェアリング。朝と夕方に発電のピークがくるので調整電源としても活用できる|出典:Ryoeng社のプレスリリースから

今、日本政府は、経産省主導のGX実行会議において、国会での議論なしに、パブコメや熟議型世論調査などで国民の意見を事前に聞くこともなく、拙速に原発回帰・火力温存策をすすめ、それに巨額な公的資金をつぎ込もうとしている。すなわち、国民全体から見れば極めて経済的に不合理な政策を進めようとしている。夢と思いたいものの、日本のエネルギー政策は東日本大震災前のものに逆戻りしている。

福島第一原発事故では、さまざまな偶然が重なって東日本に住む約3,000万人が全員避難するような状況は免れた。しかし、人は往々にして歴史や経験からは学ばず、非合理的な選択をする。しかし、今回だけは、日本にとって何が合理的な選択かを十分に考えるべきだ。そのためにも、本稿で書いたような省エネと再エネによるエネルギー転換こそが気候変動対策に資するものであり、それは日本にとって極めて経済的に合理的なものであることをぜひ理解してほしい。

論座「グリーンウォッシュだった西村環境相のスピーチ−改めて国連気候変動会議(COP27)の意味を考える(下)」(2023年1月25日)」より改稿

@energydemocracy.jp COP27:もし原発やウソの解決策に固執していなかったら − COP27レポート Part 3/明日香壽川 – https://energy-democracy.jp/4840 Part 1、Part 2 に続いて、エジプトのシャルム・エル・シェイクでCOP27の内容を紹介するとともに、日本の気候変動政策、外交政策、国民の気候変動問題に対する考え方などへの影響について考えてみたい。 #エネデモ #COP27 #EUタクソノミー #GX実行会議 #ウソの解決策 #グリーンウォッシュ #損失と被害 ♬ no, regrets – Rob Araujo

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東京生まれ。東北大学東北アジア研究センター・同環境科学研究科教授。東京大学農学系研究科修士課程修了(農学修士)、インシアード(INSEAD)修了(経営学修士)、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(学術博士)。京都大学経済研究所客員助教授などを経て現職。2010年〜2012年は(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターも兼務。著書に、『グリーン・ニューディール: 世界を動かすガバニング・アジェンダ』(岩波新書、2021年)、『脱「原発・温暖化」の経済学 』(共著、中央経済社、2018年)、『クライメート・ジャスティス:温暖化と国際交渉の政治・経済・哲学』(日本評論社、2015年)、『地球温暖化:ほぼすべての質問に答えます!』(岩波書店、2009年)など。

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