今回から数回に亘り、ここ数ヶ月の間に政府審議会などで集中的に議論されている再生可能エネルギー(以下、再エネ)政策関係について論じて行きたいと思います。今回は少し前になりますが、3月10日に開催された経済産業省の第4回長期エネルギー需給見通し小委員会(以下、需給見通し小委)および3月19日に行われた第10回新エネルギー小委員会(以下、新エネ小委)の資料を取り上げます注1。
3月10日の第4回需給見通し小委では、「再生可能エネルギー各電源の導入の考え方について」と題されたユニークで興味深い資料が提示されました(新エネ小委でも同一の資料が提出)。同資料p.2では、再エネが「自然条件によって出力が大きく変動するもの(自然変動再エネ)」と「自然条件によらず安定的な運用が可能なもの」の2種類に分類されています(図1参照)。前者の「自然変動再エネ」という言い回しはあまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、英語では variable renewable energy (VRE) 注2という用語も一般的になりつつありますので、その直訳と言う点では大きな違和感はありません。問題はここから先です。
図1. 再生可能エネルギーの導入拡大と各エネルギー源の特徴
上記の「自然変動再エネ」の説明として「太陽光、風力→バックアップの火力発電設備が必要」とありますが、この部分が本コラムで取り上げるべき問題点です。多くの日本人にとって(特に電力工学にある程度詳しい方ほど)このような説明は「なるほどそのとおり」と違和感なくスルーしてしまうところかもしれませんが、再エネの系統連系に係る国際的議論からは若干違和感のある内容が含まれています。すなわち、「バックアップの火力発電設備が必要」という見解は、現在進行中の国際論争の中では複数存在する主張のひとつに過ぎず、他の見解も存在するからです。
通常、国の審議会などで複数の見解や主張がある場合は各論併記方式が取られ、その得失が評価される場合が多いですが、今回の資料では「バックアップの火力発電設備が必要」ということについて国際的に論争があることが触れられていません。このような議論をしてしまうと、多くの日本人にとってこの問題の対論や異論は存在しないものと勘違いされてしまう可能性があります。
「バックアップ」か「柔軟性」か
再エネの「バックアップ」という言葉は、日本語の文献では比較的多く登場する言葉であり、当たり前で常識的な発想と認識されているかもしれません。しかし、現在の国際的議論では必ずしもそうではないということを筆者は指摘したいと思います。もちろん、再エネ連系の海外文献でも backup(ないしback-up)という用語が使われる場合もありますが、その登場頻度は比較的稀であり、再エネの変動成分を吸収する調整能力としては、どちらかというと「flexibility(柔軟性)」という用語の方が現在では圧倒的に多く用いられます。
この「柔軟性」については本コラムでもたびたび解説してきましたが、今一度復習すると、柔軟性は (i) 制御可能な電源、(ii) エネルギー貯蔵、(iii) 連系線、(iv) デマンドサイドの4つに分類されることが国際エネルギー機関 (IEA) によって定義されており[1]、そもそも変動する再エネをマネージメントするには多様な選択肢があることが示されています。さらに(i)の制御可能な電源も必ずしも火力発電だけでなく、水力発電や分散型コジェネレーション(バイオコジェネ含む)なども調整能力を供給できることは、各国の10年以上に亘る先行事例からも実証されています(2014年11月28日号掲載「再エネが入らないのは誰のせい?:接続保留問題の重層的構造(その1)」参照)。
また特に連系線の柔軟な活用については、欧州の送電会社の協議会である欧州電力系統事業者ネットワーク (ENTSO-E) や風力発電産業の団体である欧州風力エネルギー協会 (EWEA) から実現可能性研究 (FS研究) の結果が報告されています[2],[3]。これらはEUの政府とも言うべき欧州委員会が出資する大型研究プロジェクトの一環として実施された受託研究であり、日本では国プロに相当するものです。このように火力発電によるバックアップとは、さまざまな選択肢のうちのひとつに過ぎません。
一方、公平を期すために「バックアップ」という用語を強調する海外文献も紹介すると、例えば欧州の電力産業の団体である欧州電気事業連盟 (Eurelectric) がその名も『柔軟性のある発電 – 再生可能エネルギーをバックアップする』というタイトルの報告書を2011年に発行しています[4]。また経済協力開発機構原子力機関 (OECD/NEA) も『原子力と再生可能エネルギー』という報告書を2012年に発行し、その中で再エネのバックアップコストを試算しています[5]。これらの報告書では、前述の柔軟性という新しい考え方を採用しつつも、やはり火力発電によるバックアップは必要で、それなりのコストが発生すると主張しています。
日本における情報の壁
本稿では、ここで再エネのバックアップ電源が必要か不要か、ということを早急に結論づけることはしません。ここで重要視したい点は、そのような国際的議論が存在しているにもかかわらず、政府の審議会のような政策決定の議論の場において海外情報がほとんどもたらされず、ひとつ考え方があたかも既定路線であるかのように読めてしまうことです。このままでは国民の間で広く公平に開かれた議論をしたことにはなりません。
この需給見通し小委や新エネ小委の資料では前述の「柔軟性」という用語が見当たりませんが、この概念は国際的には少なくとも5年以上前から活発に議論されているものです。このような概念が存在するということが国民に知らされなければ、「太陽光や風力にはバックアップ電源」以外の選択肢を議論する機会が失われてしまうことになります。まさに言語の壁の典型例とも言えます。
本来、再エネのバックアップにどれだけの火力発電が必要かどうかは、その国や地域の置かれている自然環境や系統構成、地政学的状況に大きく依存します。例えば水力発電が豊富にある地域ではその柔軟性を期待できる可能性がありますし、他国(日本国内では他地域)への連系線を豊富に持つところであれば、連系線の運用ルールを変えるだけで大きなポテンシャルを得られるかもしれません。既存の揚水発電を豊富に持っているところはそれを有効に使う手もありますし、近年では通信機能が具備された分散型コジェネを需給調整に参加させることも可能です。さらには電力市場が適切に設計されている国では、デマンドレスポンスやネガワット取引などでも柔軟性を供給することが可能となりつつあります。
このようなさまざまな柔軟性の選択肢をすべて考慮した上で、さらに足りない場合は火力発電による「バックアップ電源」も必要となります。バックアップ電源が必要か、それをどれだけ見込めばよいかは、当該国や地域(およびその周辺の国や地域)における電力系統を出来るだけ詳細に模擬した系統解析(グリッドスタディ)をきちんと行わなければ本来知ることができません。もちろん、単なる技術的観点からだけでなく、経済性や社会受容性などの問題も考慮しなければなりません(例えばドイツでは再エネの導入には賛成でも送電線の建設には反対する人は多く、系統増強の計画が遅れがちです)。
特に電力系統の設計や運用に関する問題は、すべての国や地域で共通のユニバーサルなベストソリューションがあるわけではなく、各国・各地域で固有の問題や固有の解を持つものです。したがって、当該国・地域の詳細なグリッドスタディが必要となるわけです。そして、欧州や北米の各国ではこのグリッドスタディは2000年代初頭から始まっていますが、日本ではグリッドスタディと言えるFS研究はまだほとんどなされていない状態だというのは既に述べた通りです(2014年12月14日掲載「再エネが入らないのは誰のせい?:接続保留問題の重層的構造(その3)」参照)。
おそらくきちんと解析すると大抵の国ではバックアップ電源は全く必要ないということにはならず、ある程度は必要となると予想されますが、その量をどれだけ見積もればよいかは丁寧に議論を進める必要があります。さらに、それを将来どのように減らしていけるか(他の柔軟性に置き換えていけるか)ということこそ、今後日本でますます真剣に議論すべき課題です。このような状況で、最新の国際的議論が紹介されず「バックアップの火力発電設備が必要」ということが唯一の前提のような形で議論が進められるとしたら、公平性や透明性を欠いていると言われても仕方ないでしょう。
国際的議論から乖離した想定
さらに同資料のp.5以降も疑問符のつくイメージ図が並びます注3。太陽光・風力の拡大のイメージが「火力を代替していくケース」と「原子力を代替していくケース」(図2参照)に分けて描かれていますが、このような分け方は筆者の知る限り、海外文献では見あたりません。そもそも、海外では石炭火力や原子力ですら出力調整してベースロードという運用方法が消滅している国もありますし(ドイツ、フランスなど)、発電電力量 (kWh) ベースで原子力と風力がともに20%程度と肩を並べている国もあります(スペインなど)。バックアップ電源が必要であると主張している欧州電気事業連盟や経済協力開発機構原子力機関の報告書でもある程度学術的な解析に基づいて議論しており、さすがにここまで極端な考え方ではありません。
図2. 太陽光・風力の拡大(原子力を代替していくケース)
このような国際的議論から大きく乖離した前提で、「太陽光・風力が発電しない時間に火力を焚き増してバックアップすることとなるため、CO2排出量と自給率は悪化する」というあたかも結論のような文章が掲げられても、国民や市場や国際社会からどのような反応で迎えられるかは目に見えています。たとえこのような資料を拡大解釈して「日本は世界と違いこのような独自路線を進むのだ」という主張が出てきたとしても、十分な説得力を持つとは思えません。
日本の電力系統に関する議論なので、日本の環境に則した独自性も考慮しなければならないのは確かですが、21世紀のグローバル社会においては、まず議論の出発点として公平公正な海外情報の紹介やその分析をすることが必須となります。なぜなら我々は現在、鎖国をしているわけではないのですから。日本が海外から笑い者にならないためにも、胸を張って技術やノウハウを海外にアピールするためにも、国際感覚を持った論理的でエビデンスに基づく議論がもっと必要そうです。
注
注1 本稿は、「環境ビジネスオンライン」2015年3月30日号に掲載されたコラム『バックアップ電源以外の選択肢』を加筆修正したものです。原稿転載をご快諾頂いた環境ビジネスオンライン編集部に篤く御礼申し上げます。
注2:VREに関しては、つい最近、国際エネルギー機関(IEA)の興味深い報告書が翻訳され無料でWeb公開されたので本稿でもご紹介しておきます。同報告書では「技術的観点から年間発電電力量における 25%~40%の VRE シェアを達成できる」など、今まで日本語ではあまり語られない技術情報などが紹介されており、一読をお薦めします。
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- 国際エネルギー機関:「電力の変革–風力、太陽光、そして柔軟性のある電力系統の経済的価値」, 2015
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注3:同様の図は、4月28日に開催された第8回需給見通し委の資料にも修正されることなく登場し、2030年のエネルギーミックスを決定する根拠の一部を形成しています。すなわち、3月10日の時点で布石が打たれていたということがわかります。
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- 経済産業省総合資源エネルギー調査会基本政策分科会長期エネルギー需給見通し小委員会第8回資料4「長期エネルギー需給見通し骨子(案) 関連資料」, 2015
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