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日本のエネルギー政策にフェアネス精神はあるか?

原子力発電の廃炉費用の問題が世間を賑わせています。この廃炉費用が託送料金に上乗せされ、新電力(正確には新電力と契約している電力消費者)にもその料金が課せられるという議論が進行中です。この議論に対して、すでにさまざまな立場からさまざまなコメントや批判が出回っていますが、ここでは市場の「公平性(フェアネス)」の観点から、何が本質的な問題なのかを分析したいと思います[1]

まず、少し肩の力を抜くために、この問題を野球やサッカーのようなスポーツ観戦に例えてみます。一国の将来を左右するエネルギー問題をスポーツ観戦に例えるのは「如何なものか」というご意見も頂きそうですが、筆者自身は現在のように荒れたエネルギー論争の方がむしろ「如何なものか」という状態だと思っています。何がフェアネスかを再確認するには、スポーツマンシップに学ぶのが一番です。

スポーツマンシップとフェアネス

例えば阪神ファンは厳しいヤジで有名ですが(なぜトツゼン阪神の例が出てくるのかは完全に筆者の趣味です。スミマセン)、実際に甲子園球場に行くとわかる通り、実はそれは自身の応援するチームに向けて発せられるものが大半です。阪神ファンはもちろん阪神が勝つのを望んでいますが、相手チームのファインプレーにも素直に脱帽しますし、自チームでも凡ミスや怠慢プレーがあれば厳しくヤジを飛ばします。これは阪神ファンに限らず恐らく全てのスポーツファンに共通するところでしょう。

自分に甘く他人に厳しいダブルスタンダードな人間は、スポーツマンとは言えません。相手チームがどんなに素晴らしいプレーをしても何から何まで貶してケチをつけ、自チームがどんなに汚い手でズルや不正で勝っても小躍りして喜ぶ人がいるとしたら、それはもはやファンではありません。野球やサッカーをダシに他人を攻撃してストレス解消したいだけだとしたら、それはフーリガンです。

野球やサッカーに限らずすべてのスポーツを観戦する人たちがこのようなフェアネスを好むのは、やはりスポーツマンシップの精神から来るものでしょう。スポーツマンシップは本来スポーツを行うプレーヤーが遵守すべきものですが、それを見守る人たちもそれに惹かれその精神に自然と則る姿勢は、ルールやマナーの遵守という社会行動の理想的なモデルと言えそうです。スポーツのルールやマナーは比較的単純化されているため、それが理想的な形で具現しやすいのかもしれません。

貫徹委員会で議論されていること

さて、エネルギー政策の世界では、このフェアネス精神はどうなっているでしょうか。例えば、経済産業省総合資源エネルギー調査会の「電力システム改革貫徹のための政策小委員会」(以下、貫徹委員会)の下に設置された「財務会計ワーキンググループ」(以下、財務WG)では、10月19日開催の第2回財務WG配布資料4「自由化の下での廃炉に関する会計制度について」において、廃炉会計制度に関して「費用負担の在り方(需要家間の公平性や受益と負担の関係や原子力事業から享受してきたメリットとの関係)・・・について考慮」することと書かれています(p.11)。なるほど、公平性や受益・負担(費用便益)の配分を考えることは確かに重要です。

ここで「原子力事業から享受してきたメリット」という表現があるため、原子力発電に拒否感を抱く人たちからは「けしからん!そんなメリットはない!」という意見も出そうですが、ここは冷静に「原子力事業から享受してきた便益(メリット)はある」と言わなければなりません。原子力発電から電気を得るという便益は確実にあります。原発に賛成・反対いずれの立場であったとしても、その事実を素直に認めなければなりません。重要なのは、得られた便益がこれまで支払った費用(コスト)を上回るか、そして隠れたコスト(外部コスト)をきちんと考慮しているか、です。

外部コストとは、市場価格に反映されないコストであり、例えば本来きちんと講じるべき対策費をケチって不当に安く販売した(すなわち市場コストに反映されない)分の費用です。今回、財務WGでは、今まで発電単価に充分計上されずあまり議論されていなかった廃炉費用(すなわち外部コスト)がようやくある程度定量的に議論され、公表されました。今まであまり議論されていなかった、ということ自体も問題ですが、さらにより重要な問題として問われていることは、この結構巨額な費用を如何にフェアに(決して如何に無難にとか、如何に問題を大きくせず、ではなく)分担するかです。

フェアな費用負担の配分とは

費用負担の最適な配分は、経済効率性や社会正義、公平性の観点からこれまで経済学や政策学、法学などでさまざまに論じられています。一般に、発電所の外部コストを市場取引に戻す手法としては、

1. 原因者(=発電所の所有者)に負担させる
2. 受益者(=小売事業者≒電力消費者)に負担させる
3. 税として国民から徴集する

などの方法が考えられます(さらに、取れるところからテキトーに取る、問題を先送りにする、うやむやにする、などの選択肢もありますが、それらは決して推奨できるものではありません)。

まず、通常の発電所を廃止する場合ですが、この議論が発電所の建設前に議論されたのだとしたら、「1.原因者負担」も「2. 受益者負担」も結果的に同じになります。なぜならば、原因者に負担させたとしても電力料金に上乗せされ、最終的にその電力を消費することで受益を得る電力消費者に転嫁されるからです。

ただし、この議論が発電所の建設後に、しかも廃止時期が迫ってからにわかに議論されたとしたら、話は全く別になります。なぜならば、発電所廃止に伴う費用が判明する前に安い料金で受益を得ていた電力消費者と、それが判明した後でその費用を負担することになる電力消費者は同一ではないからです。公平性を期すためには20〜30年も前に安い料金を支払っていた電力消費者をすべて調べ上げて遡及して請求すべきですが、そんなことはほとんど不可能です。安い料金を享受していた世代と、それが実は高いことが判明してその分を後から負担しなければならない世代が異なってしまうのです。

このように世代を超えた費用負担の配分は、多くの場合、不公平性や不満感を伴います。例えて言うならば、今まで安さを売りに客を集めていたレストランが、実はよく計算したら採算が合わなかったので、後から来た客に前の客の分をちゃっかり転嫁するようなものです。それを知らずに後から来た客がアンフェアだと怒りだすのは当然です。

ちなみに世代を超えた費用負担といえば、再エネの固定価格買取制度(FIT)も似たような形を取りますが、今回の廃炉費用の議論とは全く真逆になります。FITは補助金の一種であり、将来の世代が便益を受け取れるように、現在の世代が少しずつその費用を負担するものです。FITが多くの先進国で受け入れられているのはまさにこのためです(そして、日本でFITに対する異論や誤解が多いのは、この世代間の富の再配分についての議論がほとんどなされていないからかもしれません)。

さらに、事故を起こして第三者に被害を及ぼした発電所の場合は、それは汚染者負担の原則(PPP: Polluters Pay Principle)に則るのが最もフェアな方法です。汚染者負担の原則は、環境問題や公害訴訟などで多く取り入れられている考え方であり、経済開発協力機構(OECD)や日本の公害対策基本法などでも謳われているものです。福島第一原発の事故については、本来遵守すべきこの汚染者負担の原則が、日本経済への影響やこれまでの国策などの理由から、早々に見送られてしまっています。もちろん経済影響や国策も大事でしょうが、この「本来取るべきフェアな原則を曲げる」という行為が、アンフェアであることを十分認識されずになんとなくいつのまにか国民の間で受け入れられてしまうとしたら、日本の行く末が心配になります。

取りやすいところから取る?

第2回財務WGの資料をさらによく読むと、原発の廃炉費用の負担が「託送料金の仕組みを利用」(上掲資料p.11) することが始めから前提として議論がスタートしていることがわかります。ここには何故「託送料金の仕組みを利用」するのか、公平性の観点から合理的な議論がなされた形跡が(それ以前の審議会の議論でも)ほとんど見当たりません。

日本も2020年までに発送電分離が行われ、電力会社は発電会社・送配電会社・小売会社に分離されます。いままで「電力会社」とひとくくりにされていた産業部門は解体され、発電会社・送配電会社・小売会社はそれぞれ似て非なる業種となります。先行する欧州の例を見ても、発電会社と送電会社の経営戦略や投資行動は全く異なってきています。その歴史的な流れの中で、送配電に関する料金体系の中に発電に関するコストを混ぜてしまうという考え方は、論理破綻を起こしているだけでなく、20世紀的な古い考え方を温存し、会計上の不透明性を助長することになりかねません。

実際、内閣府に設置された消費者委員会では、公共料金等専門調査会の下に「電力託送料金に関する調査会」が設置され、託送料金の在り方について第三者的なチェックが行われました。その報告書では「使用済燃料再処理等既発電費用、電源開発促進税等については、…(中略)…送配電のネットワークに要する費用と区別した形で、原価算定及び料金の明示を行うべきである」(p.9)と明記され、電源関係のコストや税と託送料金(ネットワークコスト)を区別することが明示的に提言されています。しかもこの報告書は今年7月に河野太郎消費者担当大臣(当時)に答申されたばかりなのですが、今回これが早速無視されている形となっています。

第2回財務WGの資料では、「着実な費用回収を担保する」(上掲資料p.11)という文言も見られますが、着実な費用回収を急ぎ過ぎるあまり問題をうやむやにして「取りやすいところから取る」のであれば、それはやはりアンフェアと見られても仕方ありません。さらに、電力システム改革を貫徹するための委員会の下部会合が率先して電力システム改革に逆行する提案をするというのであれば、露骨なダブルスタンダードと取られても仕方ないでしょう。

廃炉費用は「1. 原因者(=発電所の所有者)の負担」とするのが最も公平な費用負担の方法です。もしそれが百歩譲って何らかの方法で難しいとしても、次善策は「2. 受益者の負担」では決してなく、「3. 税として徴集」が妥当でしょう。受益者負担の場合は、費用負担の配分が世代を超え公平でないからです。ましてや託送料金に混ぜてしまうという考え方は、いわゆる新電力を含む小売事業者に直接課されることになり、電力システム改革や発送電分離の理念からも乖離し、フェアな方法でありません。

一方、税として徴集する場合、税が電力消費に対して課されるとしたら結果的に徴税対象者と電力の受益者(=電力消費者)が同じになる可能性もありますが、両者は意味が全く異なります。税であることのメリットは、これまで国策として行ってきたことに一部誤りがありそれを修正した、ということを国民にはっきりと示すよい手段であることです(ゆえに無謬主義に拘泥すると、この方法を選択するのが難しいのかもしれません)。不公平感や不満感は大いに残るでしょうが、他によい手段がないので過去の負債を将来の国民が少しずつ平等に負担することをお認め下さい、と不人気政策ながらも正直に国民に説得することを、誰かが責任もって行わなければならないでしょう。

国民は何を議論すべきか?

本稿では、昨今話題になっている原発の廃炉費用について、特に費用便益の配分の公平性の観点から、問題整理してきました。ここで冒頭のスポーツ観戦の例に戻ると、きわどいタッチプレーでアウトかセーフか、審判のジャッジが正しいか?という状況に似ています。ここで重要なのは、あなたが阪神ファンか巨人ファンかということではありません。そのジャッジが公平に行われているかどうかです。あなたがどちらかのチームの熱狂的なファンで、そのジャッジがどんなにアンフェアでも自分のチームが勝ちさえすればよい、と考えているのであれば、日本のスポーツのレベルはどんどん凋落し、世界の舞台で勝てなくなるでしょう。

同様に、この廃炉費用の問題は、あなたがどの発電方式を支持するか、ということとは全く関係ありません。どの発電方式を支持するとしても、問題は国全体でフェアネスが担保されているかどうか?が議論されるべきです。廃炉費用の問題は、実はフェアネスの観点からは、再エネに対しても全く同様に発生する可能性があります。発電ビジネスは十数年〜数十年、地道にメンテナンスを行いkWhを稼ぐことが重要で、最後に撤去するまでが仕事です。この撤去費用をきちんと引当金として適切に計上している再エネ事業者はどれだけいるでしょうか。特定の発電方式に対して好きか嫌いか、賛成か反対かという白黒論争ではなく、ダブルスタンダードではないフェアな議論を望むことこそ、日本の将来を救う道だと筆者は考えます。

[1] 本稿は、「環境ビジネスオンライン」2016年11月14日号に掲載されたコラム『日本のエネルギー政策にフェアネス精神はあるか?』を加筆修正の上転載したものです。原稿転載をご快諾頂いた環境ビジネスオンライン編集部に篤く御礼申し上げます。

1989年3月、横浜国立大学工学部卒業。1994年3月、同大学大学院博士課程後期課程修了。博士(工学)。同年4月、関西大学工学部(現システム理工学部)助手。専任講師、助教授、准教授を経て2016年9月より京都大学大学院 経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座 特任教授。 現在の専門分野は風力発電の耐雷設計および系統連系問題。技術的問題だけでなく経済や政策を含めた学際的なアプローチによる問題解決を目指している。 現在、日本風力エネルギー学会理事。電気学会 風力発電システムの雷リスクマネジメント技術調査専門委員会 委員長。IEA Wind Task25(風力発電大量導入)、IEC/TC88/MT24(風車耐雷)などの国際委員会メンバー。主な著作として「日本の知らない風力発電の実力」(オーム社)、翻訳書(共訳)として「洋上風力発電」(鹿島出版会)、「風力発電導入のための電力系統工学」(オーム社)など。

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