フランスは宇宙最強の力を忘れている

ディスラプションのパターン Part 2
2022年3月22日

欧州では、化石燃料の供給不足によるエネルギー価格の高騰など、大規模なエネルギー危機が発生しています。そして、現在、フランスのマクロン大統領は、この課題を解決するために、原子力を活性化させたいと考えています。しかし、ディスラプションのパターンを理解すれば、これがそう簡単にはいかないかもしれない理由がわかるはずです。

エネルギー危機といえば、現在に限った話ではありません。1973年にOPECが石油禁輸を実施し、燃料価格が高騰したことがあります。このとき、フランスのピエール・メスメル首相は、フランスの電力系統を脱石油化し、全電力を原子力発電で賄うという「メスメル計画」を発表しました。

フランスは、初期の原子力科学に貢献した国であることをご記憶でしょうか。フランス人のアンリ・ベクレルが1800年代後半に放射能を発見し、その功績でノーベル賞を受賞しています。マリー・キュリーは人生の大半をパリで過ごし、2つのノーベル賞を受賞しました(受賞した最初の人物)。また、彼女はノーベル賞受賞者の妻であり、ノーベル賞受賞者の母でもあり、別のノーベル賞受賞者の義母でもあり、いずれも放射能に関連した仕事をしています。

放射能の有用な応用は、宇宙でもっとも強力な力のひとつである「自己強化型フィードバックループ(the self-reinforcing feedback loop)」の結果です。崩壊する原子は、他の原子を崩壊させることができます。この種の原子を十分に組み合わせると、発電に使われる蒸気をつくるのに十分なほど高温になり、壊滅的な爆発を起こすことさえあります。自己強化型のフィードバックループは、核反応、人口増加、ウイルスの大流行など、あらゆる場面で指数関数的な成長を促す力です。アインシュタインは、「宇宙でもっとも強力な力は何か?」と問われたとき、「複利」と答えたと言われています。つまり、自己強化型のフィードバック・ループです。

しかし、フランスの放射線に関する科学的発見を武器や民生用電力に転用したのは他国が先でした。フランスがはじめて核兵器を爆発させたのは、アメリカから15年後の1960年であり、最初の原子力発電所が稼働したのは、アメリカとイギリスがそれぞれ稼働した5年後の1962年でした。

原子力ディスラプション

現フランス大統領エマニュエル・マクロンが生まれた1977年末、フランスの電力に占める原子力の割合はまだ10%以下で、西ドイツ、アメリカ、イギリス、スイス、スウェーデン、ベルギー、そしてブルガリアにさえ遅れをとっていました。しかし、1983年にはフランスは原子力発電による電力の割合が世界一になり、1986年からは毎年電力の70%以上を原子力発電所から生み出しています。このように、フランスが遅れをとっていた国からリーダーへと変貌を遂げたのは、わずか10年ほどのことでした。

マクロン大統領は最近、将来に向けて、「2050年までに国営エネルギー大手EDF(フランス電力公社)が少なくとも6基の原子炉を新たに建設し、さらに8基のオプションがある」と述べ、加えて「既存の原子炉の運転期間をできるだけ長くすること」を希望しているそうです。

フランスは14基の新しい原子力発電所を建設できるのでしょうか?

Sans doute! 間違いありません! 彼らは以前にもやってのけたのです。国際応用システム分析研究所(IIASA)でおこなわれた評価によると、フランスの民生用原子力発電の増強は「工業国の最近の歴史において、複雑で資本集約的なエネルギー技術システムのスケールアップにもっとも成功したと正当に評価される」そうです。

米国は第二次世界大戦後、同じように野心的な核兵器製造計画を実施しました。Bulletin of the Atomic Scientists によると、1952年に米国が保有した核弾頭は1,000発未満でしたが、15年後の1967年には31,225発となり、この時点で最高の保有量となりました。

核弾頭の純増数の3分の1以上は、1959年と1960年のわずか2年間です。フランスの原子炉群のほとんどが1977年から1987年までの10年間に建設されたように、アメリカの核弾頭の備蓄量のほとんどは、1955年から1965年までの10年間に起こったものです。

これは非常に驚くべきことです。最初の自立した人工的な核反応がシカゴ大学で実証されたのは、1942年12月のことでした。それから3年もたたないうちに、アメリカは機能的な核爆弾を手に入れました。その20年後には、アメリカの核兵器は史上最高の水準に達していました。合理的に考えれば、ピーク時に核兵器製造に携わったもっとも若い人たちでさえ、彼らが働いていた業界全体よりも年上でした。

ディスラプティブ・テクノロジーの例として、核兵器は史上最大級の規模でした。1945年3月、約300機のB-29爆撃機が東京に対しておこなった「ミーティングハウス作戦」は、通常爆撃としては史上最大規模でした。その半年足らず後、広島と長崎に対する核ミッションは、B-29爆撃機にそれぞれ1個の爆弾を搭載し、他の数機のB-29を随伴させました。原爆投下は、使用機体や投下量では東京の100分の1程度でしたが、より大きな破壊力を発揮しました。

RethinkX では、この「ディスラプションのパターン」をこれまで何度も目にしてきました。新しい技術が開発され、その性能対価格比が既存の技術より何倍も高くなるという現象です。

新技術がS字型の普及曲線を描きながら、既存の技術は10〜15年程度で大幅に廃れます。

そして、その間に、例えばフランスの石油火力発電所が立ち行かなくなり、廃炉が必要になったように、資産は負債となりました。同様に、米軍は、核弾頭を念頭に置いて設計・製造された新世代の爆撃機群が必要となることに気づいたため、B-29爆撃機の製造は1946年が最後となりました。

再生可能エネルギーコストの「好循環」

では、フランスは原子力艦隊を復活させることができるかというと、そうでもありません。

50年で大きく変わったことをマクロン氏も実感しているようで、演説では太陽光発電の設置容量を10倍にすることや、現在フランスにはほとんどない洋上風力発電の建設も呼びかけました。その理由は簡単です。

クリーンエネルギーシステムの重要な構成要素である太陽光発電、風力発電、リチウムイオン電池のコストは、ここ数十年で劇的に低下しています。私たちのレポート「気候変動再考(Rethinking Climate Change)」では、「2010年以降だけでも、太陽光発電の設備コストは80%以上、陸上風力の設備コストは45%以上、リチウムイオン電池の設備コストは90%近く低下している」と述べています。

マクロン氏が生まれる前年の1976年、太陽光パネルのワット単価は100ドルを超えていました。100ワットの電球1個を動かすのに十分な大きさのパネルが1万ドルもしたのです。1977年になっても、全世界で生産された太陽光パネルは1メガワットにも到達していませんでした。

それからわずか4年後の1980年には1Wあたり約35ドルと67%下がり、1987年には1Wあたり8.56ドルとさらに75%下がりました。これらの価格の推移を見れば、1954年に最初の商業用太陽光パネルが製造されてから、太陽光発電が世界の電力供給のわずか1%に達する2017年まで、半世紀以上を要したのも理解できます。

しかし、太陽光パネルの累積生産量が増えれば増えるほど、次の1枚をつくるための価格は下がり、太陽光発電の普及をさらに後押しすることになりました。上記のグラフは、各軸を10の倍数でプロットした「学習曲線(もしくは経験曲線)」であり、このように表示すると、マクロン氏の半生に相当するほとんどの期間で、驚くほど直線的であり続けたことになります。

2019年には、太陽光パネルの1Wあたりの価格は、1979年の1Wあたりの価格の1%以下になっていました。40年の間に100倍以上の下落です。風力発電やリチウムイオン電池の価格にも同様の傾向が見られ、いずれも下げ止まりの気配はないようです。

これは「ディスラプションのパターン」のもうひとつの要素です。つまり、新しい技術の普及が、価格の低下と新しい技術の導入加速の間の強力なフィードバックループによって推進されるのです。

技術や経済に関する多数の著書を持つティム・ハーフォードは、BBCニュースのサイトで、「学習曲線はフィードバックループを生み出す… 人気のある製品は安くなり、安い製品が人気になる」と書いています。

これが、エネルギー、交通、その他の技術分野におけるディスラプションが「予想よりも速く」起こり、そのS字型普及曲線のもっとも劇的な部分が離陸する時点を予測することが困難である理由の背後にある「ディスラプションのパターン」の重要なメカニズムです。

旧技術としての原子力

原子力発電のコストもフィードバックループによって左右されますが、国際応用システム分析研究所(IIASA)が2000年に公開されたデータを使っておこなった研究によると、フランスの原子力発電計画は「負の学習」、つまり1970年代、80年代、90年代を通じて原子力発電所を建設すればするほど、追加的に原子炉を建設するコストも高まっていくという逆説的な現象を示していることが明らかになりました。

IIASA の調査では、この傾向は他のフィードバックループ、すなわち規制によるものであるとしています。新しい原子力プロジェクトが実施されるたびに、規制当局はより多くの安全対策、より多くの国産の機器や部品、新世代の原子炉を要求し、学習曲線は効果的にリセットされ、新しくより高い出発点が設定されてきました。

これはフランスに限った話ではありません。この研究では、原子力発電のコストにおいて、「大規模なプログラムを持つすべての国が必ず負の学習を示す」ことが明らかになっています。

しかし、太陽光・風力・バッテリー(Solar, Wind and Battery, SWB)エネルギーのコストが急速に低下していることと、原子力の「負の学習」の力学との相互作用は、爆発的なものになる可能性があります。私たちが「気候変動再考」で述べたように。 

「ディスラプションは、新技術の収束によって引き起こされ、市場やセクター内およびセクターをまたがる因果的なフィードバックループを引き起こします。これらのループは相互に作用し増幅し、新技術の普及を加速させる好循環と、旧技術の放棄を加速させる悪循環に陥ることが、歴史的に示されている。このようなシステムダイナミクスの正味の結果として、ディスラプションは驚くべき速さで展開する傾向がある。この基本的なパターンは、あらゆる種類のテクノロジーや産業で繰り返されている。」

フランスにおける原子力の台頭の例は、国全体がわずか10年程度でエネルギーシステムを劇的に変化させることができることを示しています。しかし、これは唯一の例とは言い難いものです。

1960年代、北海で天然ガスが発見されると、オランダの炭鉱産業は崩壊しました。生産量は1961年の1,200万トン超をピークに、1975年にはゼロになりました

1960年代前半まで石炭や石油ストーブに頼っていたオランダの家庭用暖房は、1980年にはほぼ完全に廃止されました。

英国では、2012年時点では電力の40%近くを石炭で賄っていましたが、2020年には2%を下回るようになりました。

そして、日本は2011年の福島原発事故の後、急速に原子力発電を廃止しました。2010年、日本の電力に占める原子力の割合は25%以上でした。そのわずか2年後には、2%以下になってしまったのです。

この最後の教訓、つまり、原子力発電は建設されたときよりもさらに早く廃止される可能性があるということは、マクロン氏にとってもっとも重要な教訓かもしれません。自己強化型フィードバックループによって劇的に変化する経済により、私たちは今、新たなエネルギーディスラプションの真っ只中にいます。今回は例外的に、原子力発電はまだ稼働してはいますが。

著者:ブラッド・リビー(Bradd Libby)RethinkX リサーチフェロー

元記事:RethinkDisruption “France is Forgetting the Most Powerful Force in the Universe (The Pattern of Disruption, Part 2)” February 17, 2022. RethinkX の許可のもと、ISEPによる翻訳

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