石油時代の終焉が迫っています。しかし、世界は、この事態が意味することに対する備えを怠っています。私たちは、これから起こることのスピード、規模、結果を過小評価しています。これは人類史上最大の変化です。私たちはどのように備えればよいのでしょうか。
世界屈指のエネルギー監視機関が「化石燃料の時代は終わった」と言うのであれば、それは注目すべき時です。
国際エネルギー機関(IEA)が発表した「世界エネルギー見通し(World Energy Outlook)」で述べられている石油の「止まらない」減少に対して、世界の産油国の約98カ国は根本的に準備ができていません。
IEAはパリに本部を置く政府間組織で、世界のエネルギー需要の約75%を占める31の加盟国と13の準加盟国から構成されており、そこには、世界最大の産油国群が含まれています。今日、世界最大の産油国である米国も含まれています。
「世界エネルギー見通し 2023」の評決は、エネルギー産業だけでなく、地球全体に警鐘を鳴らすものです。同報告書は、既存の政策とトレンドのみにもとづけば、世界の石油、ガス、石炭の需要は2030年末までに、つまり今後7年以内にピークを迎え、その後は不可逆的な減少に転じると結論づけています。
確かに、IEAが予測する化石燃料の減少は、まだ起伏のある台地状であり、それは約20年間続いた後、さらに劇的に下降します。しかし、この保守的な減少予測をもってしても、石油時代の「終わりの始まり」に差しかかっているという考えは避けられません。
IEAによれば、2030年には、再生可能エネルギーが現在の30%から50%程度まで増加し、化石燃料の需要が全面的に減少します。世界のエネルギー消費に占める化石燃料の割合は、現在の80%から2030年には73%に低下し、それ以降も減少が加速します。
これは、もっとも権威ある世界的なエネルギー分析として広く認知されているIEAの「世界エネルギー見通し」が、化石燃料の不可避的な減少に直面していることをはじめて認めただけでなく、IAEが「化石燃料の使用を秩序正しく減少させるための措置」を求めたはじめてのことでもあります。
つまり、IEAは、私や他の人々が以前からデータが示していると言ってきたこと、つまり、世界のエネルギーシステムは不可逆的な変曲点(inflection point)に達し、変革の渦中にあるということにようやく追いついたということです。
IEAはおそらく間違っているが…
世界のエネルギー監視機関が、「化石燃料の使用量を秩序正しく減少させる」ための準備を始める時期が来ていると言うのであれば、ひとつだけ確かなことがあります。その時期は、もう過ぎ去っているということです。
なぜそう言えるのでしょうか? 第一に、IEAは20年間も間違っていました。間違っていたというのは、再生可能エネルギーが成長するスピードと規模の予測が間違っていたということです。
上のグラフが示すように(右側の青い線をチェック)、IEAは一貫して再生可能エネルギーの拡大速度を過小評価し、ゆっくりと直線的に進むと予測してきました。しかし、2000年以降、再生可能エネルギーは飛躍的に成長しています。
つまり、IEAは、石油の終わりが始まろうとしているという点では、おそらく間違いなく正しいのですが、2030年頃にピークを迎えた後、石油は徐々にゆっくりと減少し、まず20年かけてプラトー(台地)を形成し、その後はもう少し速く減少するという仮定については、破滅的な間違いを犯している可能性があります。
このため、化石燃料があと30数年は安定的に供給されると錯覚してしまうのです。
IEAが間違っていることを示唆する2点目は、IEAのモデルよりも現実のデータとの適合性がはるかに高い、経験に裏打ちされた実際のテクノロジー予測です。
Age of Transformationの読者なら、IEAの歓迎すべき警鐘が、エクセター大学グローバルシステム研究所のテクノロジー予測士たちによって裏打ちされていることをご存じでしょう。私は数ヶ月前に彼らの画期的なワーキングペーパーを分析しました。その論文は最近、権威ある学術誌『Nature Communications』に査読付きで掲載され、世界的な見出しを飾りました。
その中心的な発見は、新たな気候変動政策が実施されるかどうかにかかわらず、純粋にコストの低下と性能の向上という現在展開中の経済力学にもとづいて、太陽光発電は2050年までに世界のエネルギーシステムを「支配(dominate)」する勢いで軌道に乗っているというものです。
言い換えれば、今後30年間で、化石燃料産業をますます劇的に衰退させるような、世界的なエネルギーの相転移が加速するということです。
しかし、エクセター大学の研究は、太陽光発電だけに焦点を当てているため、おそらく保守的だと思われます。
エネルギーシステムは、このようなサイロ化されたレンズを通しては正確に理解できません。この論文は素晴らしく、技術的にもしっかりしていますが、採用したレンズのせいで、太陽光発電と風力発電と蓄電池が一緒にスケールアップすることで、エネルギーセクター内ではるかに速い指数関数的な変化を促進する自己強化型フィードバックループがどのように生まれるかを考慮していません。
そして、他の2つの基礎的なセクター、つまり輸送と食料システムで今まさに起こっているテクノロジーディスラプションが考慮されていません。電気自動車、輸送のサービス化(Taas)、精密発酵、細胞農業などは、すべて同じように指数関数的にスケールアップしています。
これらのテクノロジーが進化し、コストと性能が向上すれば、輸送と食料部門に自己強化的なフィードバックループが生じ、化石燃料の需要をさらに押し下げることになります。
エネルギー、輸送、食料セクターの既存産業は、世界の炭素排出量の90%を占めており、化石燃料消費の大部分を占めています。つまり、従来の研究では、今後の変革の全容を把握できない可能性が高いのです。
私が編集責任者を務めたRethinkXの研究「Rethinking Climate Change」(主執筆者:アダム・ドーア、トニー・セバ、ジェームズ・アービブ)では、ディスラプションを遅らせる最悪の「立ち往生」シナリオでも、化石燃料需要は2020年代後半から2040年にかけて急速に減少することがわかっています。それでも、気候変動の危険水域を脱するにはまだ十分なスピードではないのですが、既存のエネルギー産業や各国の化石燃料生産者が準備しているスピードよりもはるかに速く転換が進みます。(「立ち往生」シナリオでは、2℃を突破してしまう期間が10年近くあり、これは不可逆的な転換点を引き起こしてしまうのに十分な時間です)
さらに、IEAの「世界エネルギー見通し」が考慮に入れていないもうひとつの要因があります。それは、米国の石油・ガス生産が今後10年以内にピークを迎え、減少に転じるであろうスピードです。
より速い衰退 − 米国のシェール
一見すると、米国産原油の減少が間近に迫っていることを示す証拠は、矛盾していないとしても乏しいように思えるかもしれません。しかし、もう少し注意深く見てみると、一貫した糸が浮かび上がってきます。
その一端が、エクソンモービルがパーミアン・シェール盆地の石油・ガス資産を購入したという話です。これはこのセクターに大きな興奮を巻き起こし、パーミアンが世界最大の巨大石油会社の傘下で救済されることを示唆しているようでした。
有利なM&A取引によって米国のシェール業界を統合しようとする努力は続くだろうし、できるだけ多くの石油とガスを絞り出すために効率を向上させ、衰退を長引かせようと技術的な策略が働くのかもしれません。しかし、データはかなりはっきりしています。エンベラス・インテリジェンス・リサーチの報告書は、数ヶ月前にその評決を発表しています。報告書の著者であるデーン・グレゴリスは、『石油技術ジャーナル』誌にこう語っています:
米国のシェール産業は大成功を収め、過去10年間で平均的な油井からの生産量はおよそ2倍になったが、その傾向は近年鈍化している。坑井密度が増加するにつれて、生産量が時間とともに減少する割合を意味する減少曲線が急になっていることが観察されている。まとめると、業界の踏み車はスピードアップしており、これによって生産量の増加は以前よりも難しくなっている。
報告書では、米国の石油生産は引き続き増加すると予想していますが、その増加は減少の加速によって制限されるでしょう。増産と掘削強化のための資本支出増を促す唯一のものは、原油価格の上昇です。しかし、原油価格の上昇は世界経済を締め付けるだけでなく、飛躍的に向上するクリーンエネルギーテクノロジーとの競争力をさらに失わせます。
つまり、これらの要因は、シェールの衰退と再生可能エネルギーの成長を加速させる経済的フィードバックループを生み出すことになります。
これはまた、世界の生産量増加の大部分を占める米国産シェールの重要な役割を考えると、シェールの黄昏は、IEAが期待する10年ごとの台地が長続きしそうにないことを示唆しています。業界関係者がますます認識を強めているように、米国のシェールが限界に達するにつれて、世界の生産量は予想よりも早くピークを迎え、減少していくことになります。
存亡の危機
既存産業は、これから起こることに対して根本的な準備ができていません。IEAは、私や他の人々が何年も前からおこなってきた予測に追いつきはじめています。しかし、まだ的外れです。
その結果、さまざまな深刻なリスクが待ち受けることになります。
経済の崩壊
石油・ガス資産は、投資家に約束したリターンを実際に生み出すことができないため、座礁します。そのような投資の基礎となる予測評価には欠陥があるのです。これは、何兆ドルもの資産が暴落することを意味します。原油価格の高騰は、この危機を覆い隠すでしょう。なぜなら、投資家や業界関係者に、自分たちは莫大な利益を上げているのだから心配する必要はないと思わせるからです。
問題は、エネルギー、輸送、食料のディスラプションが指数関数的に拡大するにつれて、需要が予想よりも早く減少するのは避けられないということです。その時点で、投資額・資産価値が印刷された紙に価値がないことが明らかになってしまいます。
化石燃料産業で働く何百万人もの人々が、その雇用が危機に瀕しているという事実に直面することになります。化石燃料産業に従事する人、そこに依存する産業や国への経済的影響は広く波及し、エネルギー部門だけにとどまらないでしょう。その結果生じる経済危機は、エネルギー転換を加速させるために必要な資本やその意欲を減退させるかもしれません。
政治の崩壊
莫大な経済損失、産業の衰退、数百万人以上の失業者は、もちろん政治的大惨事を招くことになります。気候変動の影響が強まり、その結果のひとつが大規模な移民であることを考慮すれば、極端な政治的二極化のレシピができあがります。
こうした大惨事が結合すれば、左右両方の政治思想が急進化するでしょう。これは権威主義政治を後押しし、統治モデルとしてのリベラルデモクラシーへの幻滅を煽ることになります。
また、国際機関に対する信頼も損なわれるでしょう。
地政学的な崩壊
98の産油国が、自国の主力製品がもはや経済的に事業継続を正当化するのに十分な需要がないと知った場合の、地政学的な甚大な影響について考察しようと試みた人はほとんどいません。
石油収入の喪失は、公共支出を石油収入に依存している多くの政府を不安定にします。GDPが崩壊する可能性もあります。政治的な影響も相まって、これまでとは比べものにならないほど大規模な内乱の拡大が予想されます。
特に石油産出大国では深刻で、これまでの支出を維持する資金がなければ、国家機構は崩壊し、ひいては過激派グループの台頭に道を開くことになります。例えば、シリアで見られたような現象です。
社会・文化的な崩壊
また、化石燃料産業の崩壊は、「グリーンラッシュ」(greenlash=環境政策が社会問題の解決につながっていないとする世論の反発)というかたちで見られる現在の傾向を増幅させるかもしれません。激化する生活費高騰を緩和するために何もおこなわれていないという認識や、環境への投資はものごとを悪化させるだけだという懸念のもと、すでにグリーンラッシュが気候変動対策に対する国民の疲労感を高めています。
こうした傾向が強まり、クリーンエネルギープログラムが中途半端かつ最適とは言えないかたちで展開された場合、世界は最悪のシナリオをたどることになります。つまり、既存のエネルギー産業が、より競争力のある新しいクリーンエネルギーシステムによって経済的に淘汰されるものの、それは行き当たりばったりの方法で展開され、結果的に安価で堅牢なシステムは実現できません。
そうなれば、エネルギー転換や気候変動対策への幻滅がさらに強まり、変革がさらに損なわれることとなるでしょう。潜在的には、取り組みが完了する前に中止される可能性もあります。
これらのリスクの最悪の結末は、世界的な気候の転換点を超えてオーバーシュートする一方で、エネルギーシステムが本質的に淘汰され、長期的な崩壊過程に陥ることです。
これらはリスクではあるのですが、そのリスクのひとつひとつがまた、前例のないチャンスを開くものでもあります。
もしくは新しい経済への道なのか?
経済の変革
社会は、いますぐ化石燃料への投資を取り下げ、エネルギー、輸送、食料に関わる新たなテクノロジーに再投資することで、石油・ガス・石炭のディスラプションによる経済的な影響に対するレジリエンスを構築することができます。
経済危機と崩壊の無秩序なスパイラルではなく、IEAが提案するように、石油・ガス・石炭からの「秩序ある」移行を確実にするために、科学的根拠にもとづいたスケジュールで、投資・補助金・大手化石燃料企業そのものを縮小することに焦点を当てるべきです。
その一環として、既存のエネルギー企業がクリーンエネルギー市場に大規模に投資し、進出することを奨励・支援すべきです。最終的には、このピボット(軸足転換)に成功した企業が生き残ることになります。それ以外の企業は、いずれ姿を消すでしょう。
また、分散型オーナーシップと起業家精神がより現実的なものとなるよう、新興産業をより適切に支援するための法整備を急ぐ必要もあります。これにより、新たなテクノロジーの分散展開が加速し、個人・家庭・企業・地域社会による資産所有が急速に進みます。その結果、これまでとは異なるタイプの活気ある経済モデルが生まれます。
政治の変革
化石燃料産業の必然的な陳腐化が明らかになれば、労働者を将来の新興エネルギー産業、運輸産業、食品産業に移行させるための政府支援の必要性は急速に高まります。
失業の見通しと現実に対する広範な不満や苦境は既存の勢力が作り出したものです。これらの問題は、繁栄と革新が維持できる新産業への人々の統合を促進することによって克服されるべきです。これにより、方向転換が可能となります。
政府、企業、ビジネスがこのことに気づけば気づくほど、より早く準備をはじめることができます。産業の垣根を越えて、労働者たちは、社会の変革を先導することを前提とした運動の土台を築くことができます。惑星の境界線内ですべての人に豊かさをもたらすという目の前の見通しに夢中になり、政治は新しいタイプのエネルギーに満たされるでしょう。
地政学的な変革
石油輸出に依存している社会は、クリーンエネルギーのインフラ整備を急ぐために、今すぐ大規模な投資をおこなうべきです。当面の焦点は、国内需要に対応することです。
また、今後数年から数十年の間に、すでに規模が拡大している、あるいは指数関数的に拡大する可能性がある輸送・食品・情報・素材などの新興分野のディスラプションに広く投資することで、経済の多角化を図るべきです。
石油の輸入に大きく依存している社会も同様です。唯一の解決策は、国産のクリーンエネルギーで自立することであり、石油への依存から脱却するための集中的な緊急プログラムへの投資が必要です。
化石燃料がもはや「大物(big fish)」ではないという認識が広まることで、これらの資源に関連する紛争は大幅に改善するでしょう。他の問題をめぐって紛争が勃発するリスクがなくなるわけではありませんが、第二次世界大戦以降、化石燃料のエネルギー資源が紛争の先鋭化に中心的な役割を果たしてきたことを考えれば、これは国際システムにおける大きな変曲点となるでしょう。
社会・文化の変革
上記のすべてを急ピッチで進め、根本的な変革にコミットする意思を明確に表明することで、社会は利益を最大化し、可能な限り広く分配しながら、世界的な相転移を利用することができます。その道のりは容易ではありませんが、甚大な被害を軽減し、大きな実を結ぶことになります。
同時に、そのような行動に踏み出せない人々に間違いなく降りかかるであろう被害を回避することにもつながります。これらの行動は、変革は妨げるのではなく、むしろ加速させることがもっとも合理的な道であることを示します。
新たな文化的パラダイムが出現する可能性があります。それは、惑星の境界線の中で、新たな豊かさのモデルを活用することに焦点を当てるものです。社会は、参加型ネットワーク、協力、共有こそが価値を解き放つカギであることを理解しはじめるでしょう。自己目的化したゼロサムゲームにおける虚無主義や物質主義的競争ではなく、相互利益の最大化につながる健全な競争力学に焦点が当てられます。
上記のシナリオや選択肢は決して網羅的なものではありません。あくまでも可能性に触れているに過ぎません。本当に可能性のある「豊かさの時代」1翻訳:ナフィーズ・アーメド(2023)「地球規模の太陽文明の到来」Energy Democracy.を前進させるために、どのように私たち自身を位置づければよいのか、これからの時代を建設的に考える上での一助となれば幸いである。
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元記事:Nafeez Ahmed “The Beginning of the End of Oil is Here… Now What?” Age of Transformation, 9 NOV 2023. 著者の許可のもと、ISEPによる翻訳
@energydemocracy.jp 石油の終わりの始まり… さあ、どうする?/ナフィーズ・アーメド – https://energy-democracy.jp/5400 石油時代の終焉が迫っています。しかし、世界は、この事態が意味することに対する備えを怠っています。私たちは、これから起こることのスピード、規模、結果を過小評価しています。これは人類史上最大の変化です。私たちはどのように備えればよいのでしょうか。 #エネデモ #テクノロジーディスラプション #IEA #世界エネルギー見通し #グリーンラッシュ ♬ Runner – Gan Gemi
- 1翻訳:ナフィーズ・アーメド(2023)「地球規模の太陽文明の到来」Energy Democracy.