人型ロボットによる労働のディスラプション

今度は私たちが馬になる
2024年6月17日

1907年から1922年までの15年間で、馬はアメリカの道路を走る自家用車の走行距離の95%を占めていたのが、20%以下にまで減少した。ニューヨークのように自動車の普及を主導した地域では、下の写真のように交通のディスラプションは迅速かつ劇的だった。

ミズーリ州セントルイスでは、1916年には自動車の登録台数が馬車の登録台数を上回った。自動車は馬車よりも年間走行距離がはるかに長く、1マイルあたりのコストはほんのわずかであるため、大量生産された自動車が工場のラインから転がり出た最初の日から、輸送手段としての馬は封印される運命にあったのである。

1900年には5番街に車1台、1913年には馬1頭
1900年には5番街に車1台、1913年には馬1頭

20世紀初頭の自動車による馬のディスラプションは、歴史を通じて見られる特徴的なパターンをたどった。新しいテクノロジーの普及はS字型の成長曲線を描き、旧いテクノロジーはそれに応じて退出する。これらを合わせて、RethinkXはディスラプションのXカーブと呼んでいる。

あらゆる種類のディスラプションがこれと同じパターンをたどる。

馬のディスラプションも同じだった。

いま、私たちは新たなディスラプションの入口に立っている。人型ロボットによる肉体労働だ。ただし、今回は私たちが馬になる

内燃機関が自動車に馬を淘汰する能力を与えたように、私たちが労働エンジン(labor engine)と呼ぶものをつくり出すテクノロジーの収束が、人型ロボットに人間の労働を淘汰する能力を与えている。新しい労働エンジンのディスラプション構成要素には以下が含まれる。

  • センサー(カメラ、傾きセンサー、圧力センサー、マイク、加速度センサーなど)が感覚データを取り込む
  • 感覚データを強力なAIで処理するコンピュータのハードウェアとソフトウェア
  • 環境内の物体を動かし、相互作用させるためのアクチュエーター
  • センシング、コンピューティング、移動に必要なエネルギーを供給する蓄電池とパワーエレクトロニクス

これらのテクノロジーはいずれも近年劇的に安価になり、より強力になっている。

今後15〜20年の間に、人型ロボットは世界経済のあらゆる主要部門にまたがる何百もの産業において、人間の労働を淘汰するだろう。労働力の淘汰は、人類史上もっとも重大な変革のひとつであり、それゆえ同時に、私たちの文明がこれまでに直面したことのない最大のチャンスであり、最大の課題のひとつでもある。

左:2025年の工場にロボット1台、右:2040年の工場に人間1人(画像:Midjourney 作成)

本記事は、人型ロボットによる労働の淘汰のもっとも重要な側面を探るシリーズの第1回目であり、その多くはまだ十分に評価されていないか、完全に見過ごされている。RethinkX は、何百ものテクノロジーディスラプションに及ぶ実証的データとあわせて Seba Technology Disruption Framework を適用することで、ディスラプションの根底にある原動力を特徴付け、何千年にも及び記録された歴史の中で私たちが何度も目にしてきたパターンにもとづいてトレンドを予測することができる。

本記事では、来るべき労働の淘汰に関する私たちの重要な洞察の概要を紹介する。本シリーズの今後の記事では、労働のディスラプションがどのように、そしてなぜ起きているのか、予想される並外れた影響のいくつか、そしてその結果社会が直面するであろう重大な選択について、詳細を掘り下げていく。

洞察1:人型ロボットの労働ディスラプションは避けられない

歴史を通じて、テクノロジーが既存システムに対して10倍以上のコスト削減を可能にするたびに、必ずディスラプションが起こってきた。自動車、LED電球、デジタルカメラに費やされる1ドルは、それぞれ馬、白熱電球、フィルムカメラに費やされる1ドルの10倍以上の効用をもたらす。何千年もの間、これらや他の何百もの破壊的テクノロジーは、人間生活のあらゆる面において大々的な変革を促してきた。

今日、100年以上前に電気と燃焼エンジンが出現して以来、私たち人間の労働にもっとも大きなディスラプションがもたらされようとしている。

多くの市場と同様、本格的な導入がはじまると、ハイエンドとローエンドの人型ロボットが提供されるだろう。説明のために、生涯コスト20万ドルの人型ロボットで、退役までに2万時間働く場合を考えてみよう。この比較的高いコストポイントでも、世界経済のかなりの部分で、人型ロボットはすでに人間の労働力に匹敵する競争力を持っている。現実には、人型ロボットの生涯コストは、最初から20万ドルをはるかに下回る可能性が高い。

人型ロボットは、労働力として時給10ドル以下で市場に参入し、2035年までには時給1ドル以下、2045年までには時給0.10ドル以下となる。

これだけでも、人間の労働のかなりの部分が淘汰されることは避けられない。人型ロボットは、どんな条件下でも、休暇も病気も不平不満もなく、週に人間の3倍以上の時間働くことになる。しかし、コストが下がると同時に、能力も向上する。当初、人型ロボットは比較的単純な作業しかできないだろう。しかし、日を追うごとにその能力は向上し、2040年代には人間ができることはほとんど何でもできるようになり、それ以上のこともできるようになるだろう。

覚えておいてほしいのは、現在の人型ロボットは、これまでにないほど高価で、能力も低いということだ。

人型ロボットは、RethinkX が「下からのディスラプション(disruption from below)」と呼ぶものだ。当初は、多くの地域で人間の労働者を雇うよりも時給が安くなるが、同時に能力も低くなる。私たちはこれまで何度も下からのディスラプション(デジタルカメラなど)を見てきたが、既存企業の反応は予想通りだった。新しいテクノロジーがより良く、より安くなる速度を無視する一方で、低性能であるとしてそれをバカにする。

洞察2:ディスラプションはまったく新しい労働システムを生み出す

これが「相変化ディスラプション(phase change disruption)」と呼ばれるものだ。相変化ディスラプションは、新しい特性、新しいビジネスモデル、新しい評価基準を備えた、まったく新しい、はるかに大きなシステムを生み出す。

電気は単に安い鯨油ではなかった。自動車は馬が速くなっただけではない。農業は狩猟採集の生産性を高めただけではない。インターネットは、単に手紙を送ったり、新聞を読んだり、音楽を聴いたりするのが簡単になっただけではない。これらのディスラプションは、エネルギー、輸送、食料、情報に関して、より大きく、より高性能なシステムをつくり出した。新しいシステムには根本的に異なる特性があり、それを測定するための新たな指標、利用するための新たなビジネスモデル、統治するための新たな制度が必要とされた。

今日、それが再び起こりつつある。太陽光、風力、蓄電池は化石燃料を置き換えるだけでなく、まったく新しいエネルギーシステムを生み出すだろう。自律走行する電気自動車は、単に内燃エンジン車に取って代わるだけでなく、まったく新しい交通システムを生み出すだろう。精密発酵と細胞農業は、畜産に取って代わるだけでなく、まったく新しい食料システムを生み出すだろう。また、人型ロボットは人間の仕事を置き換えるだけではない。それどころか、まったく新しい、より大規模でより有能な労働システムを生み出すだろう。

新しい労働システムが現在とどう違うのか、その詳細を事前に知ることは不可能だが、重要な特徴は、労働の限界費用が急速にゼロに近づくということだ

ここから、他の多くの新しいシステム特性や動作が生まれるだろう、インターネットとデジタルテクノロジーが、情報と通信の限界費用をゼロに近づけたときのように。

洞察3:労働のディスラプションとは、仕事ではなくタスクのことである

歴史は、ディスラプションが新たな指標を必要とすることを示している。

かつて白熱電球は、消費電力量に応じて販売されていた。一般家庭で使用される電球の定格は、40ワット(収納スペース用など)、60ワット(読書をするようなリビングエリア用)、100ワット(広い部屋で多くの照明が必要な場合)などである。

しかし、最初のLED電球が市場に登場したとき、人々はすぐに旧い指標がもはや役に立たないことに気づいた。LEDは白熱電球に比べて消費電力が非常に少ないため、消費電力で旧来の電球と比較することは容易ではなかったのだ。その代わりに、新しい電球は単純に発光量(ルーメン)と光の色(ケルビン度で測定される色温度と呼ばれる尺度)で評価されるようになった。

人型ロボットの場合、旧くて誤解を招きやすい指標は仕事(jobs)だ。

ほとんどの仕事は、単一のタスクをこなすだけではない。通常、さまざまなタスク群を担当することになり、それぞれのタスクをこなすには、さまざまなトレーニング、経験、スキルが必要となる。多くの場合、雇用者と被雇用者の双方に複雑な契約上の義務がともなう。また、個人のキャリアやアイデンティティ、さらには地域社会や文化と深くかかわっている。

人型ロボットが感覚をもたない限り、ロボットに仕事はない。彼らはタスクをこなすだけなのだ。したがって、世界を変えるような意味を持つ労働のディスラプションは、タスクという正しい分析単位と、それに対応するコスト能力の指標としての時間・金額当たりタスク数(tasks per hour per doller)があってはじめて理解できる。

ディスラプションがはじまる当初は、ロボットがこなせるタスクは狭く、廃棄までの耐用年数で働ける時間はわずか数年分に限られ、初期コストも高くつくだろう。しかし、重要なコスト能力の指標であるこれらの各要素は、今後10年間で急速かつ大幅に改善されるだろう。

洞察4:すべての製品とサービスは安くなる

労働力は、グローバル経済全体におけるあらゆる製品とサービスのサプライチェーンのあらゆるリンクに不可欠な投入物である。つまり、労働コストが下がれば、他のあらゆるもののコストも下がるということだ。このことは、人型ロボットが大規模に導入されるにつれて、ロボット自体のコスト能力が不変であったとしても当てはまるだろう。しかしもちろん、人型ロボットのコスト能力も、普及が進むにつれて同時に(そして劇的に)向上していくだろう。これは、普遍的なコスト削減のダイナミズムを増幅し、加速させる。私たちは、人型ロボットによる労働のディスラプションの機能として、世界経済全体に供給主導型(需要主導型ではない)のデフレ圧力が押し寄せることを予期し、計画しなければならない。

洞察5:すべての製品は良くなる

事実上、すべての製品の品質は向上する傾向にある。これは、ロボットには人間のようなスキルや注意力の限界がないからだ。製造業者は、手抜きや精度の低下を防ぎ、作業を細心の注意を払って実行できるようになる。人間の労働者とはまったく対照的に、人型ロボットはコストを削減するために品質を犠牲にすることがないからだ。すべての人型ロボットは、実行可能なすべてのタスクを、実行可能な最大の品質で、毎回実行する。

さらに、あらゆるものと共に高級品の原価が軒並み急落するにつれて、手抜きによって達成できる節約の絶対額はあまり意味をなさなくなる。卸売業者や最終顧客は、低品質の製品に98セントを使う代わりに、高品質の製品に99セントを使うことをためらわなくなるため、今日「ローエンド」とみなされている製品の市場は劇的に縮小する。消費者の視点に立てば、あらゆる場所で品質が一挙に上昇しているように見え、「安いジャンク品」はあっという間に過去の遺物となる。

繰り返すが、これはロボット自体が改善されなかったとしても成り立つことだ。しかし、ロボットの普及が進めば進むほど、ロボット自身も改善されていくだろう。そうなれば、世界経済全体における普遍的な品質向上のダイナミズムが増幅され、加速される。

洞察6:生産性は急上昇する

技術的能力の向上と、さまざまな形態の資本(設備、インフラ、知識、社会的関係等)の蓄積は、時代を超えて、特に産業革命以降、一人当たりの生産性を高めてきた。しかし、労働力は常に生産の制限要因であり続け、これまで利用可能な労働力の量は人口の関数であった。そして、より多く、より安い労働力を持つ地域は、結果として競争上の優位性を享受してきた。

人型ロボットはこの方程式を根本的に変える。人間の労働力は人口と同じ速さでしか成長しないが、人型ロボットの労働力はロボットが製造・導入されるのと同じ速さで成長することができる。この違いは爆発的だ。

ダムが決壊するように、人型ロボットは生産性の激流を解き放つだろう。これまでは有限な大人の人間にしかできなかった無数のタスクを、人型ロボットがはるかに安価にこなせるようになるのだ。これは、既存のあらゆる用途や産業に影響を与えるだけでなく、人間の手ではコストが高すぎたり、危険だったり、他の制約があったりして実現できなかった、まったく新しい用途や産業を可能にする。また、人型ロボットの労働力は、ほとんどどの地域や国でも、ほとんど制約を受けることなく拡大することができるため、今日見られるような低コストの労働力による地域的な競争優位性のほとんどが否定されることになる。

洞察7:人型ロボットへの投資は、今や国益の問題である

全国的な労働力の拡大

人型ロボットによって、どの国も労働力を大幅に拡大し、これまで物理的に不可能だった一人当たりの生産性で経済を成長させることができる。

子供を育て、中所得国の国民的労働力に加わる準備をさせるには、ほぼ20年の歳月と10万ドル以上の費用がかかる。生活費の高い裕福な国では、大学での高等教育を除いて30万ドルを超えることもある。

これとは対照的に、人型ロボットは、製造と同時に労働力を増やすことが可能であり、その単価は、商業展開がはじまったとしても、安価な自動車を超えることはないだろう。つまり、例えば2035年までに、ある国の労働人口を100万人増やすには1,000億ドルと20年かかるのに対し、人型ロボットを100万人増やすには100億ドルと1年で済むということだ。

文明として、私たちは少なくとも自動車を製造するペース(年間およそ1億台)、そして最終的にはスマートフォンを製造するペース(年間数十億台)で人型ロボットを製造できるはずである。したがって、人型ロボットによる肉体労働は、先に示したディスラプションのXカーブの他の例と同様に、人間による肉体労働に取って代わると予想する十分な理由がある。

国家インフラ

計画や投資の目的からすれば、人型ロボットの導入はインフラへの投資に似ている。公共であれ民間であれ、インフラは他の活動を可能にする条件として機能する。これにはもちろん経済的生産性も含まれるが、快適性や安全性から旅行やレジャーに至るまで、生活の質を高める活動も含まれる。国家は歴史的に、基本的なインフラに莫大な投資をおこなってきた。そして、道路や電力インフラへの投資が、再帰的にさらなる展開を可能にしたように、人型ロボットもまたそうなる。

国の経済的自立

国家の生産能力が高ければ高いほど、経済的な自立能力も高くなる。かつては、これは資源を多く持つ人口大国にとってのみ現実的なことだった。しかし、大規模なロボット労働力と、私たちが他の研究で分析したエネルギー、輸送、食料のディスラプションを組み合わせれば、世界の小国でさえ、外国貿易への依存度をはるかに低くすることができるだろう。孤立主義という選択肢が、国際関係にとって有益となるか有害となるかは、まだわからない。

国家安全保障

今日、一国の軍隊の規模は、その国の人口の一部でしかありえない。将来、国家や非国家主体は、自国の人口規模に関係なく、現在の最大規模の軍隊よりも大規模で能力の高い人型ロボット軍隊を育成できるようになるだろう。

生産的な仕事ができる人型ロボットであれば、国家安全保障の分野でも、支援的な役割であれ前線での役割であれ、配備することができる。そして、徴兵や訓練、配備があらゆる面で困難でコストのかかる人間とは異なり、人型ロボットは文字通り一晩で再利用できる。

つまり、良くも悪くも、大規模なロボット労働力をもつ国は、大規模なロボット軍隊を持つ国でもあるということだ。これが21世紀の国家主権保持のための国防の必須条件となるかどうかはまだわからないが、人型ロボットが明確かつ明白な軍事的意味をもつという事実は無視できない。

洞察8:国家総動員で人型ロボットに莫大な投資をすることは正当化され、もはや時間がない

人型ロボットは、その生産台数の規模だけで、これまででもっとも収益性の高い物理的製品カテゴリーのひとつになる可能性が高い。世界の労働市場の大きさと、このテクノロジーが解き放つ潜在需要を考えれば、今後20年間で人型ロボットの導入台数は10億台を超えると予想するのが妥当だろう。

しかし、投資家への直接的な経済的リターンだけでなく、生産性の爆発的向上、物質的な豊かさ、そして全体的な繁栄がもたらす広範な意味を考えれば、人型ロボットへの投資による社会全体へのリターンは、驚異的としか言いようがない。

したがって、政府や大学などの公的機関が果たすべき役割はきわめて重要である。一般的な原則として、政府、大学、その他の公共機関や組織は、国益の問題として、自国社会における人型ロボットの開発・普及を支援するために莫大な資源を提供する準備を進めるべきだ。これには、以下のような資金提供や支援が含まれる。

  • 基礎研究開発
  • 製造
  • 普及を支援するインフラ

これらの能力を急速に発展させるためには、必要な人的専門知識、施設、原材料やエネルギーの投入、さらには関連するサプライチェーンの各要素を調達するための巨額の投資が必要となる。

今や、社会が人型ロボットへの投資にGDP全体のごく一部を割くことは合理的である。

人類は以前にもこのような状況に陥ったことがある。多くの社会が、道路、水道、電気、電話、ブロードバンド・インターネットサービスを各家庭や企業に整備してきた。これらの基本サービスは繁栄をもたらすだけでなく、生産性も大幅に向上させる。社会は今、すべての家庭とビジネスにロボットを導入することを目指さなければならない。

人型ロボットへの投資を本当の価値に変えるには、多くの実験と学習が必要だ。自律走行車のテストコースがそうであったように、ロボット企業が高い学習率と人間へのリスクの低い実験に取り組めるような、工場や病院、さらには屋外の都市部に似たテストゾーンが必要だ。あらゆるレベルでテクノロジーの導入と実験を奨励するために、あらゆる種類のインセンティブ・プログラムを試みるべきだ。また、規制要件や基準は、開発や導入の邪魔にならないよう、市場主導の普及を最大限にサポートするよう、慎重に制定されるべきである。

人型ロボットの能力が人間の労働者の能力に近づき、そしてそれを上回るようになるにつれ、将来、社会は人型ロボットによる労働ディスラプションを受け入れ、このテクノロジーを可能な限り迅速に開発・導入するようになるだろう。

洞察9:労働のディスラプションは、エネルギー、輸送、食料といった他の基盤的なディスラプションを加速させる

私たちのこれまでの研究で、エネルギー、輸送、食料の分野ですでにディスラプションが進行していることが明らかになっている。人型ロボットによる労働のディスラプションをミックスに加えることは、すでに燃え盛る地獄にガソリンを注ぐようなものだ。あらゆる商品とサービスをより安く、より高品質にし、全体として生産性を拡大することで、人型ロボットは、他の3つのディスラプションを支える各構成技術(エネルギー分野では太陽光発電、風力発電、蓄電池、輸送分野では電気自動車、自律走行車、食料分野では精密発酵と細胞農業)の展開を加速させるだろう。

エネルギー、輸送、食料のすべての分野で資産とインフラを製造し、導入し、維持することは、膨大な労働力を必要とする。これらの分野で働く労働者は広範な訓練を必要とし、仕事自体も肉体的に負担が大きく、危険で、しばしば困難な条件下でおこなわれる。それにもかかわらず、これらの職種は米国やその他の地域でもっとも急成長している職種のひとつである。まさに、ディスラプションが多くの需要を生み出したからである。

逆に、特にエネルギーと輸送の分野ですでに進行中のディスラプションは、人型ロボットの開発と導入を加速させるだろう。

この4つのディスラプションが相互に作用し、増幅し、加速することで、欠乏(scarcity)ではなく超豊富(superabundance)という新しい経済学にもとづく、まったく新しい生産システムへの扉が開かれる。

洞察10:人型ロボットは繁栄を飛躍的に増大させ、それによってあらゆる主要な社会的、経済的、地政学的、環境的問題をより解決しやすくする

先進工業国では人口動態が大きく変化している。定年退職を迎えるたびに、労働人口が1人減るだけでなく、年金を受け取る人が1人増えるという二重苦に見舞われているのだ。各国は人口の急速な高齢化、労働力の減少、場合によっては総人口の減少を目の当たりにしている。これに対して各国政府は、自国民のベビーブームを煽り、他国から熟練した移民を呼び込もうとしている。

一方、気候変動は、降雨パターンの変化、海岸線の浸水、暴風雨や洪水のリスクの悪化、農業用地の適性の変化などの影響により、世界中の地域を不安定化させる恐れがある。

住宅不足や医療需要の増大、水や資源の不足、内紛や戦争に至るまで、困難な課題は山積している。天災であれ人災であれ、問題は避けられない。それらを克服するカギは、今も昔も「繁栄(prosperity)」である。実際、繁栄そのものを問題解決能力として定義することは有益である。

労働のディスラプションは、特にエネルギー、輸送、食料のディスラプションと組み合わさることで、物質的な豊かさを世界的に大きく拡大し、その結果、あらゆる場所のすべての人々の繁栄を大きく増大させる可能性を秘めている。人型ロボットのコスト・能力向上のスピードがこのまま続けば、私たちは今後10~20年の間に、これまでSFの世界以外では想像もできなかったような物質的な超豊富と繁栄の時代を迎えることになるだろう。しかし、AIやロボティクスのテクノロジーが、ソーラーパネルや自動運転車やインポッシブル・バーガーとともに、すべてがSFの領域から科学的事実へと移行するにつれて、その深遠な意味合いもまた変わってくる。

洞察11:人型ロボットの労働エンジンのテクノロジー収束が今起きており、製造可能性がきわめて重要になる

ロボット工学のハードウェアとソフトウェアのあらゆる要素は、今後10年間で劇的に改善される可能性が高いが、ハードウェア設計のある特定の側面 − 製造可能性(manufacturability)− は、ここで特に強調されるべきものである。

人型ロボットの価値と競争上の優位性の多くは、最初から大規模に展開することにある。最初は能力が限られていたとしても、AIが急速に向上するにつれて、無線アップデートで継続的にアップグレードすることができる。すでに述べたように、現在、ロボットをできるだけ早く製造し、導入するために、あらゆる業界内の競合だけでなく、業界間や国家間でも、掛け金の高いグローバルレースが繰り広げられている。

一見「未来的」であるにもかかわらず、人型ロボットは、ボールペンからプリント回路基板に至るまで、他の大量生産される製造品と同様に、大量市場力学の圧力にさらされることになる。このような大量生産される商品は、生産コストを最小化し、生産量を最大化するため、製造可能性を明確に設計しなければならない。人型ロボットも同様である。

さらに、製造施設自体のデザインも、人型ロボットの「拡張表現型(extended phenotype)」の一部となるだろう。少なくとも、これらの施設は人型ロボット自身によって部分的に(そして最終的には完全に)操作されることになるからだ。

洞察12:少なくとも今後10年間は、ヒューマノイドのフォームファクターがロボット工学のアプリケーションを支配するだろう

人間の形にとらわれないロボット工学の専門化と最適化はいずれ意味を持つようになるだろうが、ディスラプションの第一段階で開発・導入されるロボットはヒューマノイドの形をとるだろう。

既存の環境との適合性

既存の施設、設備、インフラはすべて人間の形を中心に設計されている。そのため、近い将来に大量生産されるロボットに人型が選ばれるのは自然なことだ。

データ収集の容易さ

ディスラプションの初期段階では、ロボットを動かすAIの能力はまだ未熟である。そのため、AIの能力を向上させるためには、膨大な量の学習データを収集する必要がある。人間自身が必要なデータの収集を容易にすることができるため、大規模なデータ収集を容易にするためには、ヒューマノイド型が明確な選択肢となる。このデータは、人間が作業をしている様子を録画したビデオ、人間が人型ロボットを遠隔操作している様子、人間がセンサースーツを着用している様子などのかたちで(すべて人間中心の環境で、人間中心のツールを使って)収集することができる。

汎用能力

私たち人間の能力そのものが、ヒューマノイドという形態が汎用的な「プラットフォーム」としていかに成功しているかを物語っている。ロボットは人間よりもはるかに迅速に再スキルアップや再配置ができるため、この汎用能力は人間よりもロボットにおいてさらに重要となる。人間とは異なり、ロボットの再スキルアップはソフトウェアのアップデートをダウンロードするのと同じくらい簡単であるため、ロボットは、ある日は工場、次の日はレストラン、その次の日は戦場といったように、1日ごとにまったく異なる環境でまったく異なる作業をおこなうことができる。したがって、ロボットの再スキルアップと再配置が容易であることは、特化型に比べて汎用型の価値を大きく高める。

親しみやすさ

人型は私たちに馴染み深いものであり、仮に他の汎用的な形態(例えばカニのような形態や車輪のような形態)が機能的に優れていたとしても、私たちはそのようなロボットと一緒に働くことに威圧感や恐怖感さえ覚えるかもしれない。さらに、人間以外の形態は私たちにとって馴染みが薄いため、私たち自身の経験をその開発の指針にすることはできない。セキュリティ/保護のための犬の形態や、物を運ぶための馬やロバの形態など、他の馴染みのある形態はヒューマノイドのフォームファクターに追随するだろう(実際、私たちはすでに開発中の初期バージョンを目にしている)。

洞察13:人型ロボット生産の自己触媒作用は、個々の企業と国家経済の成功のカギを握るだろう

人型ロボットの利点は、個々の企業から産業、地域、国家全体に至るまで、あらゆるレベルの分析において非常に顕著であるため、上述したように、人型ロボットを可能な限り迅速に導入することが競争条件であることは明らかである。また、迅速な導入には、研究開発、製造能力、導入を支えるインフラへの莫大な投資が必要であることも明らかである。

しかし、あまり明らかでないのは、人型ロボットは、その生産と導入の弾み車を加速させるために、できるだけ早い段階でそれ自身の製造に導入されなければならないということだ。コンピュータのハードウェアとソフトウェアは常に、より優れたコンピュータのハードウェアとソフトウェアを設計するために使われてきた。このように、自己触媒作用(autocatalysis)もしくは自己加速(self-acceleration)は、個々の企業のビジネスモデルから国家全体の政策決定に至るまで、あらゆるレベルにおける人型ロボットの投資と展開戦略の重要な一部となる必要がある。

洞察14:技術的失業は依然として避けられないが、労働力に対する潜在的需要はまず満たされる

労働力の需要は、供給可能量を大幅に上回っている。欧米を含む多くの国々で、幅広い産業にわたって慢性的な労働力不足が続いている。また、既存の職務というかたちでの労働力需要だけでなく、低賃金であったり、危険であったり、人間の労働者が供給するにはあまりに望ましくないために、永久に満たされることのない膨大な量の潜在的労働力需要も存在する。

さらに歴史は、資本(設備、機械、知識など)が労働を何度も代替し、置き換えてきたにもかかわらず、労働は資本を補完し続けるように進化してきたことを示している。直感に反して、このことが労働の価値を時代とともに上昇させてきたのである。このダイナミズムは、新しいテクノロジーが労働者の能力を拡大することで「レバレッジ」を高めるという、労働の技術的エンパワーメントとしてとらえられることもある。例えば、建設労働者は電動工具によって文字通り力を与えられ、オフィス労働者はコンピュータやその他のITによって比喩的に力を与えられてきた。この歴史的パターンに従えば、人型ロボットにも同じことが当てはまる時代が短期間訪れるだろう。

近い将来、おそらく10年程度の間は、人型ロボットは、現在人間が担っている仕事から人間の労働者を直接置き換えるのではなく、現在人間が担っていない労働需要を満たすために主に導入されるだろう。このことは、人型ロボットが既存の仕事や労働者にとって脅威ではなく、ほとんど純粋に力を増大させる存在に見えるという、明白でない、直感に反する状況を生み出すだろう。

この通りになることは、よろこばしいことなのだが、その状態が長く続くわけではないことに注意しなければならない。人型ロボットの個人的なチームを指揮することができれば、個々の人間の能力が大幅に向上するかもしれない。しかし、そのロボットのチームが自らを直接指揮できるのであれば、人間をそのループに参加させることには雇用主に何のメリットも生まない。特に、ますます有能になるAIによる実行支援があればなおさらだ。

つまり、労働と資本の相互補完の時代は終わりを告げようとしているのだ。「仕事(Work)」はやがて機械だけがするものになる。労働のディスラプションが完了すれば、希少性や外生的な全要素生産性といった基本概念はもはや通用しなくなるため、経済学そのものを再考する必要が出てくる。労働エンジン(それ自体が新しい種類の「資本」である)は自立的かつ自己拡張的になり、超豊富は例外ではなく、むしろルールになるだろう。

人類のあり方の変容がどれほど根源的なものになるかを誇張することはほとんど不可能である。これまではほとんど想像もつかなかったような、純粋にユートピア的なSFの領域まで解放されるのだ。しかし、それはまた、AIやロボット工学による技術的失業に対する一般市民の広範な懸念が、おそらく2030年代後半以降までの長期にわたって、ずっと存在し続けることを意味する。 

各領域の指導者の間で非常に思慮深い意思決定がなされず、社会全体の基本的な社会契約そのものが再考される可能性が非常に高くなければ、労働のディスラプションによって引き起こされる不安定化は破滅的なものになりかねない。

したがって、私たちは自己満足に陥ることなく、この中間期を、労働のディスラプションから最終的に生じるはずの避けられない技術的雇用を計画するための、短期間かつ幸運な機会であると認識することが肝要である。

繰り返しになるが、政策立案者や業界のリーダー、その他の人々は、歴史上、他のディスラプションが現状を脅かすものではないとしてきた既存勢力の振る舞いに見られたように、人型ロボットが失業危機を引き起こすことはないというふりをしたくなるだろう。しかし、これはとんでもない間違いであり、人間の労働市場が回復の見込みなく崩壊しはじめたときに、甚大な苦しみと混沌を招くだろう。また、「雇用を守るため」に人型ロボットを禁止するのも間違いだろう(これを求める声が上がるのはほぼ確実だが)。なぜなら、これは競争力の低下、欠乏の長期化、経済の停滞、ひいては貧困から内乱、その他多くの社会問題に至る悪循環につながるからだ。

その代わり、私たちは束の間の猶予期間を利用して、ソフトランディング、つまり労働のディスラプションに対応した社会全体の安定的かつ公正な変革に備えなければならない。

洞察15:労働力に対する需要は非常に大きく多様であるため、ディスラプションの初期には、さまざまな企業が同時に成功を収めるだろう

電球、電話、コンピューター、その他多くの破壊的テクノロジーと同様、人型ロボットの需要は膨大なものになるだろう。ディスラプションがはじまる当初は、まだ需要が供給を大きく上回っているため、単一のメーカーがすべての市場を獲得することはできないだろう。つまり、新興企業も既存企業も含め、多くの企業がさまざまなビジネスモデルを駆使して、何十、何百もの市場のニッチをターゲットに、幅広い用途向けの人型ロボットを急速に開発するだろう。

そのため、人型ロボットの分野でトップクラスのテクノロジー開発企業が、自社の人型ロボットを工場への導入やリースのみのユーザー契約に限定したとしても、人型ロボットの需要は非常に高いため、リーダー格企業群の下位に位置する他の企業は、他のビジネスモデルで他の市場に参入する大きなチャンスを享受することになる。例えば、ある大手企業が工場で使用するロボットをリースのみにすると決めた場合、他の1社以上の企業が、たとえそのロボットの能力が多少劣っていたとしても、家庭で使用するロボットを販売する機会をつかむだろう。

何よりも: 雇用や企業、産業ではなく、人々を守る

歴史上の他のディスラプションでは、既存産業が新しいテクノロジーに対する保護を政府に求めてきた。こうした保護は、旧産業への補助金や手当て、新しいテクノロジーを基盤とする新しい産業の発展を妨げる規制や禁止、旧産業が必然的に崩壊した場合の救済といったかたちをとる。

ほとんど必ずといっていいほど、こうした保護の恩恵は、ディスラプションによって生活を失う個人や地域社会よりも、既得権益を所有し支配する少数の特権階級にのみもたらされる。

世界の労働市場全体が壊滅的な打撃を受けかねないこの同じ過ちを犯さないためには、国の人口と経済生産の関係を再考し、社会そのものを変革する準備をしなければならない。

労働のディスラプションは避けられず、エネルギー、輸送、食料のディスラプションとともに、かつてない自由と繁栄の新時代の到来を告げるかもしれない。しかしそれは、私たちが実験し、学び、過去の限界を超越しようとする意欲があればこそのことだ ― 今すぐはじめよう。 

2020年の書籍で説明したように、人類文明を再考する時が来ている。

著者:トニー・セバ、アダム・ドーア、ブラッド・リビー(RethinkX)

元記事:RethinkX Blog “This time, we are the horses: the disruption of labor by humanoid robots” May 9, 2024. RethinkX の許可のもと、ISEPによる翻訳

@energydemocracy.jp 人型ロボットによる労働のディスラプション − 今度は私たちが馬になる/RethinkX(2024年6月17日)- https://energy-democracy.jp/5474 新しい「労働エンジン」である人型ロボットが、能力向上とコスト低減で人間の肉体労働に取って代わる時代が来る。この労働ディスラプションは他の分野とも重なり、繁栄を導く可能性があると同時に、国と経済、社会のあり方の根源的な見直しを迫る。 #エネデモ #人型ロボット #労働エンジン #ディスラプション #RethinkX ♬ Philosophy(Le Knight Club MIX) – FANTASTIC PLASTIC MACHINE

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RethinkXは、テクノロジーがもたらすディスラプション(破壊)の速度と規模、そしてそれが社会に与える影響を予測する独立シンクタンクです。トニー・セバ氏とジェームズ・アービブ氏によって設立されました。

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