科学者はフェイクニュースにどう対応すべきか?

英国・気候変動委員会の役割と科学 後編
2026年3月24日

気候変動をめぐるフェイクニュースや科学否定論が広がるなか、科学者はどのように発信し、社会の支持と信頼を守るべきか。英国・気候変動委員会のベル教授へのインタビューから、メディア環境の変化とサイレントマジョリティ、そして科学リテラシーの課題を読み解く。

サイレントマジョリティと分断を生むメディア環境

安田:メディアの反応は、英国ではいかがでしょうか?

ベル教授:ちょうど昨夜のBBCラジオ4『ザ・モーラル・メイズ』でもこの話題が取り上げられました。今回はネットゼロがテーマでした。証人が問題となっているテーマに賛否を論じる法廷討論のような構成で、今回は気候変動がテーマであり、相変わらず意見が真っ二つに分かれました。この意見が二分したことは「国民は実際に何を考えているのか?」という重要な社会科学上の問いにつながります。

世の中には国民は強力な気候変動対策を支持していないという前提があるようです。人々は「今はその余裕がない」「延期すべきだ」と考えているという前提です。しかし、レベッカ・ウィリス教授はこれに異論を唱えています1気候変動に対する最近の英国の変化:英国・気候変動委員会の役割と科学 中編」参照。。彼女の研究によれば、気候変動対策を支持するサイレントマジョリティが存在するとのことです。

なお、最近、下院・エネルギー安全保障・ネットゼロ特別委員会は気候変動対策に対する国民の意識に関する公聴会を開催しました。これらの公聴会は一般公開されており、議会TVで視聴可能です。レベッカ・ウィリス教授も証言者の一人でした。彼女の証言は説得力があり、一見の価値があります。とはいえ、現在のメディア環境で、気候政策への支持を維持するのは難しいでしょう。人々が政治的議論に参加する方法は完全に変化してしまいました。

昔は人々の情報源といえばテレビ、ラジオ、新聞といったメディアが主流でした。しかし今ではソーシャルメディアが大きな役割を果たしており、そのアルゴリズムは、短く単純化された発言や、しばしば分断を招くような言葉を好む傾向があります。

細やかな議論や根拠にもとづいた複雑な議論が展開される余地はほとんどありません。主流メディアもまた状況を改善しているとはいえません。英国では、主要全国紙の大半(2紙を除く)が右寄りのオーナーによって所有されています。もちろん、ジャーナリズムのすべてが悪いわけではなく、エネルギーや科学分野の記者の中には、真に正確な報道を心がけている人たちもいます。しかし見出しの担当者や論説コラムニストは、往々にしてオーナーの政治的意図を押し進める傾向にあります。

あるいくつかの新聞は、気候問題について誤った情報を繰り返し掲載しています。気候とエネルギー分野で幅広く執筆しているサイモン・エヴァンス氏というジャーナリストが、この点を分析し、あるいくつかの新聞の気候に関する報道には事実誤認が多いことを明らかにしました。これは驚くべきことではないかもしれませんが、それでもなお懸念すべきことです。これは、気候変動委員会にとって大きな課題となっています。

安田:気候変動に関するメディアの無関心や誤情報は日本でも問題になっています。それに対して気候変動委員会はどのように対応しているのでしょうか?

ベル教授:私たちは政治的に中立を保つ立場にあるため、あらゆる公開討論に飛び込んだり、日々流れる誤情報に逐一反論したりすることはできません。私たちの役割は、政府に対して明確で根拠にもとづいた助言を行うことであり、社会との議論は基本的にはジャーナリストや研究者などの他の人たちに任せるべきものです。

気候変動委員会は設立当初、活動は効果的であったにもかかわらず、一般にはほとんど知られていませんでした。この状況が変わったのは、2018年頃にクリス・スターク氏が事務局長に就任した時です。彼は卓越したコミュニケーション能力を持ち、テレビやラジオのインタビューに積極的に応じて、委員会の活動を説明し、気候政策を人々にわかりやすく伝えました。2024年に退任し、現在は政府のエネルギー安全保障・ネットゼロ省内のクリーンエネルギーミッション部長を務めていますが、在任中、彼は委員会の認知度向上に大きく貢献しました。

認知度が高まったことには良い面も悪い面もあります。良い面は、気候変動とその緩和策・適応策の必要性に対する国民の理解が深まったことです。しかし同時に、ここ過去2年ほど、気候変動委員会は攻撃の的ともなりました。それでも私たちは客観性と政治的中立性を保つよう細心の注意を払っています。どの政党が政権を握っていようと、エビデンスベースで政府政策を評価し続けるのです。

諏訪:気候変動委員会の可視化によって、一般社会の一部からの攻撃のリスクが高まったということでしょうか?

ベル教授:はい。英国にはトニー・ブレア2 第73代首相。労働党。1997年5月〜2007年6月政権下で導入された情報公開法があり、公的機関が保有する情報を誰でも請求する権利が認められています。気候変動委員会もその対象に含まれるため、市民、ジャーナリスト、研究者は、文書や通信記録の開示を求めることができます。これは公的機関として果たすべき説明責任の一環なのです。

私も時折メディアのインタビューに応じています。最近では7月、気候変動委員会がスコットランドのカーボンバジェットに関する助言を発表した際、BBCスコットランドのポッドキャスト『スコッツキャスト』に出演しました。公平で建設的な場であれば、こうした活動はむしろとても楽しいものです。もっとも、すべてのメディアがそうとは限りません… 私がラジオ番組やポッドキャストに招待を受ける際は、「討論番組か、単なるインタビューなのか」を必ず確認しています。露骨に対立を煽ったり事実が歪められる可能性のある場には、参加を控えるようにしています。

とはいえ、私が接してきたジャーナリストの多くは公正で、むしろ独立した専門家よりも、政治家に対してより厳しく臨む傾向があります。ありがたいことに、私はこれまで嫌な経験をしたことがありません。

諏訪:ええ、あなたのような専門家は情報を提供し、説明するためにいるのであって、「挑発」されるためではありませんよね。

ベル教授:おっしゃる通りです。でもジャーナリストは物事を煽るのが好きなんです。視聴者を引きつけるのも彼らの仕事の一部ですから。

国民の支持を維持するために私たちができる最善の策は、単に「行動が効果を生むことを示す」ことかもしれません。電気自動車やヒートポンプがその好例です。牛肉や羊肉を少し減らすだけで、健康的な食生活を楽しみながら、健康的に暮らすことは十分可能です。人々がこうした方法を実際に試し、手頃で、効果的だと実感すれば、口コミで自然に広がります。こうして公衆の信頼は育まれるのです。ただし、それには適切な導入体制、例えば訓練を受けた施工業者や誠実な助言、質の高い消費者情報などが不可欠であることを意味します。

スコットランド政府は『ホームエネルギー・スコットランド』というウェブサイトを運営し、こうしたガイダンスを提供していますが、改善の余地はまだ大きいと感じています。私自身もヒートポンプ導入の経験をまとめ、改善点についてフィードバックを送る予定です。エネルギー転換の成否は、こうした実践的な細部にこそかかっているのです。

居心地の悪さを越えて:科学者のメディア発信

安田:私たち科学者や研究者はフェイクニュースや科学否定論に対してどのように対応すべきでしょうか?

ベル教授:うーん…そうですね、私も完璧な答えは持っているわけではありません。ただ、誤った情報を正す機会があるなら、それはやるべきだと思います。可能な限り、誤りを正すことです。とはいえ、学者としてそれはかなり居心地が悪い作業でもあります。研究者にとっては居心地が悪いかもしれませんが、が、誰かがやらなければなりません。メディア活動は、居心地の良い領域から引きずり出されますからね…

ジャーナリストと話す時、みなさんがどうお感じになっているかはわかりませんが、私自身は決して完全な自信を持っているわけではありません。何か間違った言い方をしてしまったり、明確に伝えられなかったりするのではないかと、常に心配しています。それでも、誰かが挑戦しなければなりません。そして時には、「あなたのインタビューを聞きました、とても分かりやすかったです」と言われると「よし、またやれるかもしれない」と思えるのです。

これは自分の居心地の良い領域から一歩踏み出すことなのです。そのための訓練や、メディアスキル研修は確かに役に立つでしょう。コミュニケーション能力に長けた同僚を励ますことも大切です。遠慮せず、みんなで一緒に訓練したり、メディアトレーニングを受けたりしましょう。本当に役立ちます。

安田:そうですね。私もメディアからの取材は積極的にお引き受けしています。より広く市民に対して働きかけることは、小さな一歩だったとしてもきわめて重要と思います。

ベル教授:その通りです。その一環として、科学が実際に何であるか、どのように機能するかを人々に理解してもらうことが重要です。「科学的プロセス」がきわめて重要だからです。

より広く言えば、科学的プロセス ― すなわち証拠、仮説、検証、修正 ― を説明し、人々がいつどんな情報を信頼すべきか理解できるようにする必要があります。学校教育はこれを明確に教えるべきでしょう。

ただし、情報の伝達経路は変化しています。30歳未満の多くはテレビを見ず、YouTubeやTikTokが大きな役割を担っています。ネットには優れた独立系科学コンテンツが確かに存在しますが、それは限られた層にしか届きません。そうしたコンテンツは優れた科学者を育てる可能性を秘めていると思いますが、私の懸念は「その他大勢」にあります。知識格差が拡大していることに強い危惧を抱いています。

私が学生だった頃、この科学的プロセスについて先生から明確に説明を受けた記憶はあまりありません。生物学や化学では、主に事実を学びました。物理学は少し違っていて、教師は実験や証拠の重要性、仮説の立て方や検証の大切さを示そうとしていました。それでも、科学的知識がどのように積み上げられるか、理論が検証され、挑戦され、そして新しい証拠によって置き換えられるという「プロセス」にもっと焦点が当てられていればと思います。これこそが科学の核心なのです。

勉強熱心でない生徒や、芸術や音楽を好む生徒であっても、科学とは何か、その仕組みを理解すべきです。それは人生の後半で、どの情報を信頼すべき時を見極める助けになります。ワクチンであれ、橋であれ、飛行機であれ、科学的理解は不可欠なのです。

安田:将来の科学者だけでなく、すべての人々のための科学リテラシーが重要なのですね。

ベル教授:ええ、まったくその通りです。科学に対する一般的な理解が失われつつあります。人々は「なぜ科学者を信じなければならないのか?そもそも科学者とは何なのか?」と問いかけます。結局のところ、これは学校のカリキュラムや科学教師の養成方法に行き着く問題です。非常に根本的な課題だと言えるでしょう。科学を教える際には、科学が何を解明してきたかだけでなく、科学がどのように機能するかという点も教えるべきなのです。

安田:そしておそらく、メディアや日常生活を通じて、科学とは何かががどのように伝えられるかも重要ですね。

ベル教授:その通りです。コミュニケーションもその重要な一部です。英国の30歳未満の半数は、もはやテレビをまったく見なくなったと言われています。BBCもITVも、他のチャンネルも。

諏訪:そうですね。それは社会の中の「知識の分断」ということでしょうか。

ベル教授:その通りです。知識の分断です。深く理解している人もいれば、ほとんど何も知らない人もいます。でも少なくとも、あなたたちのような人が動画を作って、その隔たりを埋めようとしています。それは称賛に値することです。

安田:ありがとうございます。私もYouTubeチャンネルを開設しています。視聴者は少ないですが、頑張りたいと思います。

諏訪・安田:本日はいろいろ貴重なお話しをお聞かせ下さりありがとうございました。

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このインタビュー記事について
本稿は、英国・気候変動委員会の委員を務めるキース・ベル(Keith Bell)・ストラスクライド大学教授への聞き取り調査(インタビュー)の一部を再構成したものであり、2025年9月11日に英国・グラスゴーの同大電子電気工学科の研究室においておこなわれた。インタビューは、諏訪亜紀・京都女子大学教授および安田陽・ストラスクライド大学アカデミックビジターがおこなった。

なお、本稿は、日本学術振興会 科学研究費(科研費) 基盤研究(C)「自然エネルギー80%,脱石炭火力を可能にする地域エネルギー計画と電力需給解析」(研究代表者・竹濱朝美 立命館大学教授)の助成を受けた研究成果の一部を一般向けに公表するものです。聞き取り調査実現にご協力頂いた竹濱朝美 立命館大学教授および歌川学 産業技術総合研究所 主任研究員に御礼申し上げます。

@energydemocracy.jp「気候変動なんてウソだ」「今はネットゼロどころじゃない」 そんな声がバズりやすい時代に、科学者はどう戦う?🤔🔥 英国・気候変動委員会ベル教授に聞きました👇 🌍 サイレントマジョリティは本当にいるのか 📱 アルゴリズムがつくる“知識の分断”とは 🎙️ 居心地の悪さを越えてメディアに出る理由 📚 すべての人のための科学リテラシー教育 フェイクニュースに流されないための「科学的プロセス」の話です。 詳しくは記事本編へ📝 #気候変動 #フェイクニュース #ミスインフォメーション #科学コミュニケーション #ネットゼロ #エネルギー政策 #EnergyDemocracy #知識の分断 #ForYou

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環境エネルギー政策研究所(ISEP)主任研究員 / ストラスクライド大学 電子電気工学科 アカデミックビジター / 九州大学洋上風力研究教育センター 客員教授。1989年3月、横浜国立大学工学部卒業。1994年3月、同大学大学院博士課程後期課程修了。博士(工学)。同年4月、関西大学工学部(現システム理工学部)助手、専任講師、准教授、2016年京都大学大学院 経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座 特任教授を経て、2024月4月より現職。専門分野は風力発電の耐雷設計および系統連系問題。現在、日本風力エネルギー学会理事、日本太陽エネルギー学会理事、IEC/TC88/MT24(国際電気標準会議 風力発電システム第24作業部会(風車耐雷))議長など、各種国際委員会専門委員。主な著作として「2050年再エネ9割の未来」(山と渓谷社)、「世界の再生可能エネルギーと電力システム」シリーズ(インプレスR&D)、翻訳書(共訳)として「風力発電導入のための電力系統工学」(オーム社)など

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京都女子大学現代社会学部教授。専門は環境政策・再生可能エネルギー政策。主に再生可能エネルギーに関する合意形成の研究に取り組んでいる。著書として”Local energy governance : opportunities and challenges for renewable and decentralised energy in France and Japan” (2022年Routledge)、 “Sustainability and the Automobile Industry in Asia: Policy and Governance” (2020年Routledge)、『コミュニティと共生する地熱利用』(2018年、学芸出版社)など。International Geothermal Commission for Standards (IGCS)専門委員。

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