アンゲラ・メルケル首相は、2020年に「農業の未来のための委員会」を設立しました。これは、気候ニュートラルな変革に向けた取り組みに、農業分野を含めるための後発的な取り組みでした。干ばつや農業者の抗議活動により、農業が注目されていたため、この委員会は気候活動家と農業者を結びつけ、最終的に妥協点を探ることを目的としていました。1年経った今、ドイツの2045年の気候ニュートラルのビジョンに農業を組み込むための多くの方策とその見積りが発表されました。このファクトシートでは、委員会の気候関連の提言と計算結果をまとめています。これらの提言と計算結果は、2021年の選挙後、次期政府の農業政策の一部になるかもしれません。
気候変動対策や排出削減に関して、ドイツの農業部門は、さまざまな理由から長い間見過ごされてきました。ドイツの温室効果ガス排出量への全体的な貢献度(2020年の総排出量の約9%)は、エネルギー産業や運輸部門に比べて小さく、また、動物や土壌、食品に関連する多くの排出物は、現在の食習慣が続く限り回避・削減することが難しいため、農業は「脱炭素化」が難しいと考えられてきました。しかし、ここ数年で状況は一変しました。ドイツは2045年までに「気候ニュートラル」になるという新しい目標を掲げており、すべてのセクターが排出ゼロのシナリオを目指さなければならないことが明確になりました。
ドイツの農業の排出量は、ドイツ統一後の家畜数の減少などにより、1990年から約24%減少しています。さらに、農業の土地利用や土地利用の変化による温室効果ガスの排出があり、ドイツの排出量の4.4%を占めています。
ドイツの「気候行動法」では、農業部門の排出予算を、2030年に5,600万トンCO2(2020年には7,000万トン)に設定しています。「気候行動プログラム2030」には、窒素余剰量の削減、動物由来の糞尿の発酵強化、有機農業の拡大、畜産における温室効果ガスの削減などの対策に加え、腐植土の蓄積など農地における炭素貯蔵ポテンシャルの促進が盛り込まれています。
ドイツの「農業の未来のための委員会」とはどのようなもので、なぜ設立されたのか?
ここ数年、欧州連合(EU)とドイツ政府は、EU域内の農業者に支払われる多額の支援金の配分基準の一部を暫定的に変更しはじめています。農業者は、土地の広さに応じて支援を受けるのではなく、環境や気候に配慮した活動を行うことで、支援金を受け取れるようになります。
しかし、環境・気候保護活動家たちは、これらの変化は遅すぎたと考えており、動物の飼育数や窒素肥料の使用、動物飼料の国際取引など、この分野でより大きな変化を求めています。欧州委員会が2020年に発表した「農場から食卓まで(Farm to Fork)」戦略は、EUの食糧システムを全面的に見直すことを目的としており、これが後押しとなっています。
一方、多くの農業者は、すでに官僚主義の強化や大手フードチェーンの市場力による圧力を受けており、2019年末から2020年はじめにかけて、怒りを込めて街頭に立ち、政府の環境政策に抗議しました。
ドイツ政府は2020年7月に「農業の未来のための委員会」(Zukunftskommission Landwirtschaft, ZKL)を設立し、生態学的、経済学的、社会的に持続可能な農業・食料システムの提案を行うことを任務としました。農業者や消費者の代表、環境団体や研究者など31名で構成される委員会の最終報告書は、2021年7月6日に発表されました。この報告書は、委員会の各派閥の間に多くの反感があったにもかかわらず、ZKLのメンバーが全会一致で受け入れました。この報告書は、将来の対策のための共通のベースラインとなることが期待されています。これらの対策は、委員会の作業を通じて、原則としてすべての利害関係者に受け入れられています。これにより、ZKLは、石炭からの撤退を開始した2019年の石炭委員会の報告書と同様の成功を収めるでしょう。
ZKLレポートの主な前提条件
農業部門の排出量削減は、本報告書が挙げている未来の農業システムの数ある目標のうちのひとつに過ぎません。報告書の最初の部分と全体を通して、委員会は提案の根拠となるいくつかの重要な事実と理解を示しています。以下は、気候政策に関連するものです。
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- 新技術、生産量・生産性の大幅な向上、コスト面での圧力により、農業は「生態学的に適合した物質循環の中で、天然資源の限界内で運営できなくなってきている」という状況にあります。現在のシステムがもたらす外部コストを考慮すると、「現在の農業・食料システムをそのまま継続することは、経済的な理由だけでなく、生態学的・動物倫理的な理由からも問題外である」。
- 農業は、気候変動との戦いや生物多様性の保全に貢献しなければなりません。「目標は、農業が土地利用とともに、地球温暖化を1.5度に抑えるために積極的に貢献する可能性を利用することでなければならない。」
- 農業が提供する社会へのサービスは、社会的に評価され、経済的にも魅力的な報酬を得ることができます。
- 農業生産のプラスの外部性を高め、マイナスの外部性を減らすための対策は、通常、生産コストの増加と密接に関連しています。必要な資金は現在の公共予算を超えて、社会全体で提供しなければなりません。
- 農業と食料のシステムに必要かつ根本的な変化をもたらすには、直接影響を受ける人々に広く受け入れてもらう必要があります。そのためには、適切な期限と信頼できる枠組み条件を設定し、計画の安全性を保証しなければなりません。
ZKLの報告書では、これらの基本的な考え方にそって、さまざまなカテゴリで明確な政策手段を提案しています。
気候全般
この報告書では、気候保護の課題に適切に対応するためには「温室効果ガスを削減するために、すぐに効果的な対策を実施する」ことが必要であるとしています。
ここでは、より気候効率性の高い管理方法に焦点が当てられており、それはしばしば費用対効果も高くなります。特別な条件の下で温室効果ガスの排出量を削減したり、貯蔵したりするような管理方法への国の支援は、少なくとも過渡的な段階では継続して強化されるべきとされています。
消費者の行動、食生活、畜産
農業関連の排出物の大部分はメタンのかたちで発生しており、これは主に畜産業、特に牛の飼育に起因しています。ZKLは、肉の消費量を減らし、その結果、肉の生産量も減らす必要があると結論づけています。委員会は次のように提案しています。
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- 気候目標にそった適切な規模の牛群を作り、牧草を中心とした畜産に力を入れる。畜産は利用可能な土地に結びつけるべきである。このような分散型の家畜生産は、より地域的な飼料生産、集中的な栄養分の排出、製品や廃棄物の輸送による排出の減少につながる。
- ドイツ栄養学会の勧告に従って、動物性食品の消費を減らすべき。農業者がこれを実現するためには、動物1頭あたりの付加価値を高め、少なくとも農業者の収入が安定するようにしなければならない。
- 「家畜専門ネットワーク(Kompetenznetzwerk Nutztierhaltung)」が提案しているように、乳製品、肉、卵などの動物由来の食品に課税を導入する。
- 糞尿と給餌の管理を最適化する。
- 乳牛の生涯成績を向上させる。
- 動物用飼料や動物用食品の代替品に使用される国産農業原料の研究と販売を促進する。
温室効果ガスの吸収源の促進と創出
農業用土壌や泥炭地が土壌のCO2貯蔵に確実に貢献するために、ZKLは長期的な対策として腐植質の蓄積を提案しています。具体的なステップは以下の通り。
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- 腐植質を生成する作物の輪作、キャッチクロップ栽培、マメ科植物の栽培を促進するための国の支援策を強化する。
- 鉱物性土壌への炭素の永久貯蔵を評価できるように、腐植含有量の変化を測定する手段を開発する。
- バランスのとれた腐植質の含有量を「優れた専門的実践」の拘束力のある目標とする。
また、ZKLは、自然の炭素吸収源でありながら農業に使用されることで温室効果ガスの排出につながる湿原を保護するための「差別化」措置を提案しています。
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- 現在、農業利用されている湿原を畑から草地に変え、この草地を保護し、その製品や牧草の管理を支援する。
- 気候保護の可能性が高い地域を再湿潤化するとともに、影響を受けた農場の収入の見通しを確保する。
- パルディカルチャーの使用と促進。
- 再湿潤化には特に費用がかかるため、資金を調達し、同時に気候目標を確実に達成する方法のひとつとして、有機土壌からの排出量を対象とした排出権取引制度が考えられる。しかし、モニタリングや実施が複雑であるため、短期的にはそのようなシステムを構築することはできない。
土壌、栄養素の循環、肥料
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- 窒素肥料の使用による亜酸化窒素(笑気ガス)の排出を削減する。そのために、ドイツの持続可能性戦略に従って、肥料の効率を高め、1ヘクタールあたりの窒素余剰量を削減する。
- 窒素効率最適化のためのインセンティブシステムを確立する。
- 個々の農場ごとに、シンプルで透明性が高く、検証可能なマテリアルフローバランスを迅速に実施する。
有機農業
ドイツでは、農地の20%を有機農業にすることを目標としており、EUの「農場から食卓まで(Farm to Fork)」戦略では、2030年までに25%を目標としています。ZKLは、有機農業を、ドイツ国内で年間約150億ユーロの売上がある「独自の重要かつ極めてダイナミックな市場を持つ唯一の持続可能性プログラム」と考えています。提言は以下の通り。
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- 有機農場は、研究やイノベーション、トレーニングやアドバイスを通じて、生産性をさらに向上させなければならない。例えば、デジタル化、天然の殺虫剤、輪作、影響の少ない土づくり、生物多様性に配慮した草地管理、有機肥料の効果向上、適切な植物や家畜の飼育などの分野である。
- 想定される有機農場の増加を可能にするために、EU資金が適切に配分されるようにする。
- 有機食品産業を促進する。
官僚主義とルール
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- 気候、生物多様性、動物福祉などの公共財を犠牲にすることで実際の生産コストを外部化させ、競争力を高めることにつながっている(国内法およびEU法の)法的前提を改革する。
- 既存の規制法は、部分的に非常に詳細で管理コストが高いため、最低基準を設定し、その違反を制裁するという実際の機能に縮小すべき。
外部性と市場
ZKLが引用した報告書によると、排出ガス、土壌劣化、水質汚染、生物多様性の損失に起因するドイツの農業部門の外部コストは、少なくとも年間900億ユーロに達するとのことです。これを内部化すると、例えば1kgの牛肉の価格は、現在の5〜6倍にならなければなりません。ZKLは「これらのコストの多くを負担しなければならない将来の世代の利益を考慮すれば、生態学的理由だけでなく、経済的理由からも、現在の農業・食料システムを変更せずに継続することは最初から不可能である」と結論づけています。
ZKLは、現在の農業部門のビジネスモデルが持続不可能であることを認めた上で、報告書で提案されている持続可能性を高めるための対策には、多額の費用がかかることを強調しています。また、農業者が単独でコストを負担すると「ドイツの農業生産を危険にさらすことになる」として、移行にかかるコストを抑えるために社会全体の協力を求めています。
外部費用を回避または削減し、農業生産とフードシステムの外部便益を促進するための追加的な経済的インセンティブとして、ZKLは次のように提案しています。
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- 生産者側で現在外部化されている負の影響を回避することが経済的に魅力的であること。
- 市場機会は、環境と社会の持続可能性と密接に関連していること。
- 公的補助金は、農業部門による公共財の提供を目的とした資金調達に役立つこと。
移行にかかる費用
ZKLは、持続可能で気候変動に配慮した農業部門への転換に必要な資金は「現在の市場規模や農業政策における既存の公的資金を超えている」と当初から述べています。
ZKLは独自のコスト試算で、さまざまな施策に以下のような見積りを出しています。
ZKLの試算では、農業部門の変革に必要な資金は、年間70〜110億ユーロに上るとされています。その一方で、EUの共通農業政策(CAP)にもとづいてドイツの農業部門が受け取っている年間62億ユーロの資金もあります。しかし、ZKLは、この資金のほとんどが、少なくとも短期的には、気候や環境に直接影響を与えない土地の大きさに応じた農業者への直接支払いやその他の振興策に使われているため、変革には利用できないだろうと警告しています。ZKLによると、今後数年間でこのギャップを埋めるためには、年間50〜90億ユーロの資金を確保しなければなりませんが、CAPの調整が完了すれば、この金額は年間15億〜55億ユーロにまで減少します。
ZKLは、持続可能で社会に受け入れられる農業・食糧システムへの転換にかかるこれらのコストは、現状を変えずに継続した場合の外部コストである数十億ユーロをはるかに下回ると強調しています。
長期的には、この変革により、食料生産と食料消費の外部コスト(主に医療システムと環境)が削減され、すべての消費者に利益がもたらされます。食料コストの上昇が低所得世帯に余計なプレッシャーを与えることを防ぐため、ZKLはこれらの消費者への補償金と高額の移転を提案しています。食料コストの上昇をさらに抑えるために、ZKLは、例えば、果物、野菜、豆類に対する付加価値税の引き下げ、無料で良質なキンダーガーデンや学校給食の提供などを提案しています。
共通農業政策(CAP)の変更
ZKLは、EUにおける持続可能な農業食品システムへの転換を達成するために、CAPは「大きく貢献」しなければならないと書いています。現行の面積ベースの農業者への直接支払いは、「将来の要件を満たしていない」ため、再調整する必要があるとしています。ZKLは特に、2023年以降のCAPの資金調達期間を2つにすることを提案しています。
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- 直接支払いや条件付き支払いを徐々に減らしていく。代わりに、変革目標の達成を目的とした、(農業者にとって)経済的に魅力的なプログラムを導入する(例:エコスキームに支払われるプレミアム)。
- 直接支払いを減らしながら、CAPの第一の柱であるエコスキームの割合を直線的に増やす。
- 第一の柱から第二の柱に再配分された資金は、生物多様性と気候保護対策のために使用されるべきだが、第二の柱ですでに農業環境対策に充てられている資金は維持される。
- 遅くとも2028年には、ドイツは「ナチュラ2000」地域や有機土壌での温室効果ガス削減のための具体的な対策に資金を提供するための連邦資金を持つべきである。この資金は、CAPの第一の柱であるエネルギー・気候基金やその他の連邦予算から拠出されるべき。
- CAPの第二の柱であるエコスキームと農業環境対策は評価を受けるべきであり、2024年の評価結果は2028年のプログラムの設計に使用されるべき。
国際貿易
ドイツの現在の農業システムは、主に南米からの大豆製品などの飼料の輸入に依存しており、また、ドイツ自身も豚肉、牛肉、乳製品などの大きな輸出国である。ドイツ農業の総生産量の3分の1は輸出されており、ドイツの農産物輸出の約20%は第三国に輸出されていると、連邦農業省(BMEL)は述べています。
ZKLは、ドイツの農業改革が取り組むべき2つの課題として、国際競争の中でより高い持続可能性基準を確立することの難しさと、農業貿易が南半球の国々の生物多様性、気候、食料主権に及ぼす悪影響を挙げています。欧州委員会は、国際的な農業食品貿易において公平な競争条件を実現するには、「欧州のソリューションと国際的に認められた持続可能性認証システム」が必要であるとしています。「中期的には、サプライチェーンにおけるデューデリジェンスに関するEU全体の規制と、可能であればグローバルな合意を模索すべきである」と述べています。生産拠点が基準の低い国に移るのを避けるためには、国境炭素調整などの関税、輸入基準、輸入禁止などの措置をとるべきだと、ZKLはアドバイスしています。
同委員会は、ドイツは「南半球の開発途上国が自らの食料品サプライチェーンを構築するのに役立つ限り、彼らが輸入から食料品市場を守ることを認めるべき」としています。
ZKLレポートに対する反応
ZKLの最終報告書は、ほとんどの関係者から称賛と同意を得ていますが、具体的な対策の実施に関しては、新たな断層が現れることになります。アンゲラ・メルケル首相は、この報告書には次期ドイツ政府が取り組むべき多くの課題が含まれていると述べています。メルケル首相は、この報告書に記載されている提案は、EUの農業への多額の支出を「食糧供給と環境保護を同時に確保する、大きな持続可能性プロジェクト」に変える可能性があると述べています。他のステークホルダーの声は以下の通りです。
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記事:ケアスティン・アップン(Kerstine Appunn)Clean Energy Wire記者
元記事:Clean Energy Wire “Climate-friendly farming: The proposal of Germany’s agriculture commission” by Kerstine Appunn, 16 August 2021. ライセンス:“Creative Commons Attribution 4.0 International Licence (CC BY 4.0)” ISEPによる翻訳